カエルラ領に到着
シトラとミルの不安が少なからず解消されたのか、落ちつきを取り戻した。両者ともに僕にぎゅっと抱き着いて列車が再び動き始めるまで待つ。
一時間ほど経つと、列車は再度動き出した。一度の大きな地震しか起こらず、長く連続して起こらなくて本当によかった。
勉強した内容の中に地学もあったのだが、地震は一度だけではなく二度目の方が大きくなる時があるらしい。
建物が壊れ、大地が割け、人の文明が築き上げた品など容易くひねりつぶされる。
その先にさらに恐怖が襲ってくることも知っていた。あまりにも恐ろしくて口が裂けても言いたくない。もしも、その現象が起こったら、フレイが作り出した死地よりも悲惨な光景が広がる。でも、そんな現象が起こるなんて、滅多にない。きっと大丈夫。安全な旅行になるはずだ。そう、胸の内で唱えながら微動だにしない月の姿を窓の隙間から覗く。
次の日、シトラとミルに貰った品を使って珈琲を試しに飲んでみた。
体に流れる疲れが一瞬でさーっと抜けていくような心地よさに見舞われ、最高の一杯と言っても良い。そんな、素晴らしい品だった。
列車に乗って八日目、とうとう海の都、カエルラ領が見えてきた。
カエルラ領は珍しく外壁が無い領土で有名だ。理由は単純。領土の外がすぐに海だから。
大昔、他国と戦っていたルークス王国の中で、海から攻めてくる国がおらず、来たとしても優秀な魔法使いを大量に排出している領土だった為、城壁が必要なかったと言うのをスージア兄さんから貰った歴史の教科書で知った。
今では船で他国に物資を運んだり、運び込まれたりと言った経済が盛んで国内総生産の内、三割強を占めていると言う。まあ、数年前の教科書なので今はどうか知らないが……。
「うわぁ~っ! すごい、すごいっ! キースさん、真っ青です! 地面が空になっちゃってます!」
ミルは窓から顔を覗かせ、外の景色を見ていた。列車が進む先に、白い街と真っ青な海が水平線となって広がっている。
夏の暑さが吹き飛ぶほど涼しげで、吹き抜ける風が少々しょっぱい気がする。
すでに心臓が跳ね、観光して回りたい気持ちでいっぱいだ。
海に行って泳いでみたいと言う気持ちを胸の内に秘める。
八月一三日、すでに暑さが限界を突破しており三八度近くある。もう、四〇度を超えてしまうんじゃないかと心配だ。なのに、青すぎる海のおかげか、風があり涼しげな雰囲気を楽しめる。
カエルラ領の街が見えてから早かった。列車はカエルラ領の駅に止まり、目的地に到着。
建物が全体的に白い。地が平たいため、土砂崩れを防ぐための木を植える必要が無かったのか緑が大分少ない。
王都と同じくらい緑が無かった。そのため木製の建物は少なく、レンガや石作りの建物が多い。
でもやはりお金がある領土だからか、地面の舗装はしっかりしてあり、石畳で道がずっと繋がっていた。まあ、石灰を撒いたような真っ白な床で、光が反射して目がちかちかする。
カエルラ領の民のほとんどが薄着にローブを羽織った姿だった。やはり皆暑いと思っているのだろう。
数日前の地震の影響は……ところどころの建物に亀裂が入っているくらい。鉄筋でも入っているのかと思うほど頑丈そうな建物が多いので、滅多に壊れなさそうだが、自然は人間の予想をはるかに凌駕する。そう、歴史が物語っていた。
「海抜一八メートル……。この看板、何ですかね?」
ミルは駅を出て近くに見つけた看板を指さしながら訊いてきた。
「平均海面から地面がどれだけの高さにあるかを示した看板だよ。駅でも一八メートルくらいしかないなんて、本当に土地が低いんだな……」
「一八メートルもあれば十分なんじゃないですか?」
「まあ、ちょっとやそっとじゃ問題ないけど……」
僕は口をつぐみ、言葉を遮る。何か話題を反らせるものを探すために視線を回りに向けた。
「う、海に向かうための道はこっちだって。行ってみよう」
「ちょ、キースさん。いきなり走らないでくださいよ」
「もう、なにを怖がっているのやら……」
僕たちは人生初の海に向った。駅から結構近くの場所にあり、土地が低いから建物隙間からでも光を反射してキラキラと光って見える海が視界に飛び込んでくる。
初っ端から海に向かうのももったいない気がしたので、沢山寄り道していく。寄り道と言っても、馬車が通れるような広い道路が見当たらない。水路が多く、船やゴンドラが人々や物資を運んでいた。
なんなら、髪色が青い魔法使い達が水上を凍らせたり、水の上を歩けるようにしたりして移動を支えている。もちろん、お金を受け取って……。
「えっと……、すぐそこのお店に行きたいんですが……」
観光に来ていると思われる老人の夫婦が、水路の奥にあるお店を見ながら腕を組んでいる青髪の男性に話しかける。水路の幅は八メートルほど、近くに橋らしき建造物は無く、大回りしなければお店に行けないような場所だった。
「銀貨二枚支払ってくれりゃあ道を作ってやるよ」
「銀貨二枚……。わかりました」
老夫婦は銀貨一枚を取り出す。
「おいおい、二人なんだから、銀貨四枚だろ」
「な……、一度で道を作れるなら銀貨二枚でも構わないだろうが」
「ちっちっちっ、爺さん婆さん、銀貨四枚はお得なんだぜ。二人の脚じゃ、遠回りするのも難しいだろ、馬車が通れるような場所は滅多にねえ。その分、距離がかさむから金貨一枚以上は掛かるだろう。船やゴンドラなら、一人銀貨四枚くらい取られるぜ。なら、ここで銀貨四枚支払って、すぐに食事をとる方が良いと思わないかい?」
「ムムム……」
老夫婦は口をつぐみ、懐から銀貨を取り出そうとした。
「すみません。通って良いですか?」
僕は青髪の男性に声をかける。
「ええ、どうぞどうぞ。一人銀貨二枚です~」
青髪の男性は両手を擦り合わせ、話しかけてくる。
「えっと、別に道はいらないんで、普通に通りますね」
僕は老人を抱きかかえ、軽く跳躍し八メートルの水路を飛び越える。
「は?」
青髪の男性は口を開けながら僕の姿を見ていた。僕は弧線を描きながら、反対側の道に衝撃なく着地する。
「失礼します」
シトラはお婆さんを抱きかかえ、八メートルの水路を軽々と飛ぶ。
「ちょ、ちょっと! そりゃないっすよ!」




