誕生日の過ごし方
「なんて、美しい女性だ。ぜひ、僕の妻になってほしい」
「きゃぁああああああああああ~っ! 喜んで~!」
シトラとミルは互いに抱き合い、珍しく発狂していた。そんなに喜んでもらえると、恥ずかしさを忍んで服を着たかいがあった。
真っ白なズボンに真っ白な上着、上着の至る所に金色の刺繍が施され、裾にも金の糸が縫い込まれている。真っ赤なマントが肩から垂れ下がり、色合いと合う真っ白なアダマスがいつも以上にカッコよく見えた。
「キースさん、王子様の服装が似合い過ぎてヤバヤバです~!」
「ほんと、白い王子服と相性ばっちり。ちょ、カッコよすぎて鼻血出て来た……」
ミルとシトラが選んでいた衣装は王子の服装だった。
実際、ルークス王の子供に男児がいないため、後継ぎがいない状態。このままだと、ビオレータ第一王女が結婚した勇者、又は大貴族の者達、なんならビオレータ第一王女自らが女王の座に就く可能性すらある。
第二王女第三王女共に王族から離れるとなれば、第一王女が王の座に就く可能性が高いか。まあ、今、フレイとどういう関係になっているのかわからないが、フレイが王になったら、国はどうなってしまうのだろうか。あまりに怖いのでやめてほしい……。本当なら、スージア兄さんに王になってほしかったが、難しいところだ。
「この衣装、恥ずかしいからもう脱いでいい?」
「駄目です~。今日はその恰好で過ごしてください」
ミルは僕の腕に抱き着き、着替えられないようにさせて来た。
シトラも同じように抱き着いて来て冷房が効いているはずなのに、暑くなってくる。二名の熱い要望により、今日は王子の衣装で過ごす羽目になった。
僕が王子なんて厚かましいにも程がある。今すぐ脱ぎたい気持ちを堪え、妻の気持ちに答えた。今日は僕の誕生日なんだけどな……。
王子の衣装で生活していると、予想以上に窮屈だった。
王子に生まれていたらどんな生活を送っていたのだろうか。全く想像できない。王子って何をしているのだろう。どんな思考なんだろう。そんな感情をずっと抱きながら、勉強する。
誕生日だからと言って怠けることは無く、昨日と同じような生活を送る。列車の中なので、出来ることが限られているのだから仕方がない。まあ、外だったとしても、たいして変わらない。
「キース王子、紅茶とお菓子はいかがですか」
「もらおうかな」
「かしこまりました」
受付嬢の服装のシトラは僕に冷たい紅茶とケーキを差し出してきた。どうやら、買った品をそれっぽく提供してくれているらしい。そう言うのも面白いな。
ミルはせっかく魔導士の服装をしているのだから、魔法を放つ振りして楽しんでいた。
まあ、ミルは三原色の魔力を持っていないので、魔法が使えないのが当たり前だ。だから、鍛錬して格闘術や戦術を学んでいる。
ミルの魔法を使っている姿を見てみたいと思わなくもないけれど、すでに十分強いので、何も心配する必要が無い。
強さに限界は無いし、どれだけでも強くなってくれたら、僕は気楽になるので、とことん強くなってもらって構わない。なんなら、僕以上に強くなってくれれば、いろんな人を守れる。力を付けるのなら、大きな力を世のため、人の為に使ってほしいな。
昼食が運ばれてきたので、皆で椅子に座りしっかりとたべる。いつもの昼食よりも豪華だったので、駅員さん達も配慮してくれたのかもしれない。それか、たのだ思い違いだろうか。それだったらちょっと恥ずかしすぎるかな。
昼食の後、上着を脱ぎ軽く鍛錬をする。鍛錬と言っても剣を振るわけではなく腕立て伏せや腹筋など、基礎的な鍛錬だけだ。
それを、汗を掻くまでやり込み、力を付ける。
休みを開けると、体が訛ってしまうので訛らない程度に筋肉を何度も使ってあげる。それだけだと体の動きが鈍くなってしまうので、出来る限り毎日体を動かす。
そうしておけば厳しい鍛錬を始めた時に、成長率が格段に上がる。気がするだけなので、誰かにお勧めはしないし、皆にやってほしいとも言わない。
ただただ、自分でやるだけ。周りを巻き込む必要なんて一切無いのだ。鍛錬とは実際、孤独なもの。孤独だからこそ、己に集中できる。集中力を鍛えるためにもただひたすら単純な鍛錬を繰り返して行く。もちろん全力で。
シトラとミルが引くくらいの鍛錬量で追い込んでいた。
午後三時、休憩の時間。外の景色を眺めながら紅茶を飲む。温かい紅茶を飲むと一息付けるので心地よかった。
三〇分ほどの休憩の後、再度鍛錬と勉強。シトラとミルの引き具合が増した。でも、僕は鍛錬をするしか能がない凡人だ。強くなるために、己を鍛える必要があるし、時間がもったいない。周りが引くくらいやって丁度いいまである。
夕食時になり、今日が僕の誕生日だったと思い出した。
「キースさん、お誕生日おめでとうございます」
ミルは良い匂いがする紙袋を手に取り、手渡してきた。紙袋の表紙に珈琲豆と書かれており、高級な品だとわかる。袋から香る匂いだけで、すでに美味しい。消費する品だが、それはそれで嬉しかった。
「珈琲豆だけあっても使えないでしょ」
シトラは珈琲を淹れる時に必要な道具が一式そろった小さなトランクを手渡してきた。
コーヒーミルにドリッパー、ドリップポットなど、質が良い品がそろっている。
ミルがくれた高品質の珈琲豆と一緒に使えるように用意してくれたようだ。日頃の休憩のひと時がさらに質が高まりそうで顔が緩む。今すぐ淹れたいところだが、夜に珈琲を飲むと眠れなくなってしまうので、楽しみは明日に取っておくとする。
運ばれてくる料理の質がいつもより高く、量も多い。牛肉のヒレステーキや出来立てかと思うほど暖かいパン。具沢山のスープなど、列車の中で食べられる品とは思えないほどの数だ。
その料理を僕とルパ、シトラ、アルブの四名でいただく。この料理もお替りできてしまうのがすごい。
沢山食べる前に……、僕は氷でキンキンに冷やしてもらった蒸留酒が入ったガラス瓶を手に取る。ガラス製のグラスに透明度が高い氷を入れ、蒸留酒をそそぐ。
スージア兄さんがくれた一本で、とても質が良い蒸留酒らしい。
蒸留酒なんて飲んだら、僕は普通に酔っぱらうだろう。大量に飲むのも体に悪いので、ステーキの油っぽさを緩和させる程度にたしなむ。すっきりとした飲みごたえで、質の良さが伺えた。
僕が飲んできたお酒の中で一番質が良い品かもしれない……。そう思えるほど、飲みやすい。




