実家で誕生日会
「コース料理なのに、量が多いってすごく贅沢じゃない?」
「でも、その方が嬉しいでしょ。シトラはお腹がいっぱいになった方が幸せになれると思ったんだ」
「なにそれ……。まあ、確かにお腹がいっぱいになった方が嬉しいかな」
僕たちはコース料理を堪能し、お腹と心を満たしてお店を出た。
「はぁー。お腹いっぱい。王都であんなに沢山食べたらいったいいくら払ったのよ」
「それは内緒。シトラはお金のことなんて気にしなくていいんだよ」
「き、気にするに決まってるでしょ。大金を使い過ぎたら申し訳ないもの」
「そう言うことは気にしなくてもいいんだよ。シトラが楽しんでくれたら、僕は満足だから」
「はぁ……」
シトラは視線を下げ、心のコリを取るような長い溜息をつき、顔をあげる。
「気にしても仕方ないし、今日は気にするのをやめるわ」
「うん。そうしてくれるとありがたい」
僕はシトラの手をそっと握り、昼過ぎの王都を歩く。じりじりと照り付ける日の光が体を焼いてくる。地面から上がってくる熱のせいで息苦しい。さすがに昼は外にいると暑すぎて身が焼けそうだ。建物の中に入ると、魔法か魔道具によって気温が低くなっていた。
五度下がるだけでも辛さが緩和された気がする。美術館や博物館の中を巡り、シトラと感情を探り合って会話する。絵の色使いがいいねとか、彫刻の筋肉の浮き上がり方がいいねとか。
涼しい場所だと、気持ちが落ち着く。口から吐く息が熱を帯びているのは大好きな相手が近くにいるからに違いない。心臓の高鳴りだって止まるところを知らない。
午後三時になったので喫茶店に入り、ケーキと紅茶を頼む。皆で食べるとやはり、美味しい。夜にも食べる予定なので一ホールの八分の一程度を食した。
「うん、美味しい」
「そうね。甘いお菓子は心に沁みるわ」
シトラはチョコレートケーキを食し、紅茶をストレートで飲んでいた。やはり一七歳にもなると物凄く大人っぽく見える。ケーキを食べる仕草や紅茶を飲む動作だけでも可愛いと思ってしまう。
見惚れていると、銀色っぽい瞳を僕に向け、すぐに視線を逸らした。その繰り返しだ。なにがしたいのか理解できない。でも、尻尾と耳が軽く動いているのを見て楽しんでくれているのだとわかると心が軽くなる。楽しい時間なんてあっという間に過ぎて行ってしまう。今日と言う日が来る子とは二度とない。
シトラの誕生日が来るのは一年後だ。今日失敗したら、一年待たなければならないと思うと、失敗は許されない。気持ちを固めて夕方の王都に繰り出す。
夏の王都の日は長い。午後七時になっても空は明るいのだ。でも、気温は少しだけ過ごしやすい適温になり、息苦しさは無い。周りに見える鉢植えの草花は午前中よりも元気がなくなっているが、明日に凛と咲くために休憩しているのだろう。
僕たちは王都の中にあるお店を回った。一五歳まで過ごした街なのに、ほとんど行った覚えがないお店ばかりだった。今年の四月までこの街で生活していたが、クルス君の家と市場、家を行ったり来たりする日々。たまに冒険者ギルド支部に行って仕事をしていたくらいだ。そんな僕達が王都の中を堂々と歩き、高級なお店に出入りしている。
周りの者から凄い嫌な視線を向けられることもあるが、身に付けられた小物に視線を送ってくるとそれ以上干渉してこない。なにを思われているかわからないが、周りから腐った卵を投げつけられないだけで、心から世の中を愛せそうだ。
午後七時前、僕たちは大きな屋敷の前に立っていた。
「キース、ここって……」
シトラは無駄に大きな建物を見上げ、尻尾を下げている。
「こんばんわ。ようこそお越しくださいました。キース男爵様」
夏の夕暮れに照らされてる黒い燕尾服を着たオーリックさんが頭を下げる。
僕はシトラの手を引きながらドロウ家の敷地内に入る。そのまま歩いて扉を叩く。
「いらっしゃーい」
扉を開けたのは青髪と青いドレスが綺麗なイリスちゃんだった。
「さあ、入って入って~」
「い、イリス様……」
「今日はシトラちゃんの誕生日だから、私も来ちゃった」
僕たちは屋敷の中に入り、手洗いうがいしてから食堂に向かう。
「シトラ、誕生日おめでとう。今までろくに祝ってあげられなくてごめん」
「シトラちゃん、誕生日おめでとう。イリスはおっちょこちょいな所があるから、新婚生活の時に手を貸してあげてね」
スージア兄さんとテリアさんは正装で食堂にいた。シトラの前に来てねぎらいの言葉を伝えている。
「今年は家族……と言うか、知り合い皆で誕生日会にしたんだ。スージア兄さんやイリスちゃんもシトラの誕生日をお祝いしたいって言ってくれたから、ここですることにした」
「も、もう……、こんな盛大にしてくれなくてもいいのに……」
「いやいや、シトラの誕生日はお祝いしないと。今までの不幸を吹き飛ばすくらいの日にしたい。今日はシトラが主役の日なんだから、遠慮する必要ないよ」
「うぅ……。こ、こんな盛大に祝われたら……、か、感情がどうにかなっちゃう……」
シトラは視線を下げ、身震いしながら呟いた。
「ささ、シトラちゃん。座って座って」
イリスちゃんはシトラを長テーブルの上座の席に座らせる。
僕たちも椅子に座り、運ばれてくる大量の肉料理を前にお腹を鳴らす。透明なグラスに真っ赤な葡萄酒が注がれ、香り豊かで食欲をそそった。
「えっと……、こんな風に誕生日を祝われたことが無くて……、なにを言ったらいいのかわからないですけど……、感謝の気持ちを伝えます。私のために沢山準備してくれてありがとうございます」
シトラが頭を下げると僕たちは拍手を送った。乾杯しあい葡萄酒を一口飲む。
「じゃあ、私から贈物を渡します」
イリスちゃんはシトラのもとに向かい、梱包された何かを手渡した。
「これは……」
シトラが袋を開けると綺麗な宝石が八個ちりばめられた髪飾りが現れる。
「こ、こんな高そうな品、受け取れませんよ」
「いいのいいの。シトラちゃんに絶対に似合うと思ってさ」
「あ、ありがとうございます」
シトラは頭を下げ、後頭部に髪留めを付ける。
「ど、どうですか」
「うん、似合うねっ!」
イリスちゃんは満足そうな顔を浮かべ、席に戻っていく。




