シトラの誕生日
今日はシトラの誕生日。去年はクサントス領で過ごしたが今年は王都で誕生日を迎えた。
僕はシトラよりも早く目を覚まし、台所に立つ。シトラが好きなミートパイを作り、朝から豪華な食事にする。去年の温泉街デートを超えるような一日にしたい。
朝から手を込んで料理を作ること二時間。朝にしては量が多い。でも、僕達は大食いなので問題ない。
大きなミートパイを四等分に切り、テーブルに並べる。サラダとベーコンスープも添える。中央に花瓶を置き、綺麗なパンジーをいける。どこか、高級なレストランのような雰囲気になり、朝から気分が上がるはずだ。
今日はシトラの誕生日なので、ミルには申し訳ないがシトラのためのデートを考えた。
「うぅん、良い匂い……。え……、ちょ、キース……」
シトラは少々ぼさっとした髪型であくびをしながら広間に出てきた。
「シトラ、おはよう。早速だけど、一七歳の誕生日おめでとう~」
僕はエプロン姿でシトラに軽く抱き着き、微笑みかけた。
「あ、ありがとう……。これ、キースが全部やったの?」
「うん。朝から気分を上げてもらおうと思ってさ」
シトラの寝癖を軽く直すと、彼女ははっとして脱衣所に向かう。水流の音が響き、魔道具の風の音が通る。鳴りやんだと思ったら僕の前を通り、寝室に逆戻り。ざっと八分経った頃、軽い化粧をして着飾っていないくらいの質素なワンピース姿で出てきた。
「沢山準備してくれたし、ちゃんと気合いを入れないとね」
「そこまでしなくても……」
「ううん。するわよ。だって……愛しのキースが準備してくれたんだもの……」
シトラは大きな耳をヘたらせ、白い肌を紅色に染めた。
「じゃあ、仕上げに……」
僕はシトラの潤った唇に挨拶し、軽く離れた。
「シトラ、今日も綺麗だよ」
「……も、もう」
両手を前に突き出し、顔を見せないまま椅子に向かう。だが、後ろ姿を見るとモフモフの尻尾が盛大に揺れているのがわかる。
「朝から、甘ったるいですー」
キャミソールと下着姿のまま寝室から出てきたミルは僕達の姿を見て呟いた。
「ミル、おはよう」
「おはようございます……。はぁー、今日はキースさんとシトラさんのラブラブな所をずっと見ていないといけない憂鬱な日です……。でも、シトラさんが生まれた日ですからおめでたい日でもありますね」
ミルはすぐに椅子に座った。
僕は寝室に入り、未だに眠っているアルブを抱きかかえて広間に戻る。テーブルの上に乗せ、椅子に座った。
両手を握り、神に祈った後、朝食を始める。
「はぁ~、美味しいです~。朝から沢山の料理を食べるとルフス領のお店を思い出します」
「そうだね。沢山食べて沢山働いていたころが懐かしいなぁー」
「私はルフス領に対して思い出は無いけど……。二年前、この王都から奴隷商に売られたのよね。あの時はほんと死ぬ思いだったわ……」
シトラはミートパイを食べながら過去を振り返る。
「シトラがいなくなって僕も気が気じゃなかったよ。何十年かけてでも探し出すつもりだった。ほんと、運がよかったよ。母さんのおかげかな……」
僕は母さんの形見のネックレスに触れる。僕達を二度も出合わせてくれて本当にありがとう。
「そうかもしれないわね。お母さんに会っていなかったら、今の私はいないわ。もう、どうなっていたか……。お母さんに買われた時のことは今でも忘れられない……」
「母さん、シトラを見た時にすぐに買ったんでしょ。どんな感じだったの?」
「銀色の髪が綺麗ねって……。言ってくれたの……」
シトラは軽く涙ぐみ、水を飲む。
「そうなんだ。でも、なんで母さんはルフス領にいて奴隷商に行ったんだろう……」
「多分、キースのメイドを見つけるためだと思うわ。あなたが劣等感を抱かないように三原色の魔力を持たない奴隷を探していて私の情報を掴んだのよ」
「つまり、ルフス領の奴隷商に行く前から母さんはシトラを買うつもりだったわけか……」
僕は母さんのおかげで今の生活があると言っても過言じゃない。シトラがいたから成人まで生きてこれたし、彼女がいたから恋と愛を知れた。感謝してもしきれないのに、もう、この世にいない……。それが本当に惜しい。
今なら、いくらでも親孝行できるのに……。
「はぁー、くよくよしてもお母さんは生き返ったりしないわ」
シトラは手の甲で涙をぬぐい、食事を勧める。
「そうだね。母さんはいつだって僕達を見守ってくれているはずだ」
「いつも見守ってくれていたら、ちょっと恥ずかしいわね……。特に夜とか……」
「た、確かに……。まぁ、母さんなら目を閉じて耳を塞いでいると思うよ」
僕達は思い出に浸りながら会話し、朝から暖かい気持ちになれた。
「じゃあ、服を着替えて出発しよう」
「そうね。王都の夏は暑いから、ちゃんと対策しないと」
シトラとミルが出発の準備をしている間、僕は皿洗いして家事を終わらせる。
男は女よりも準備が速いので、後から準備を始めた僕でも追いつけた。
髪を櫛で整え、肌に日焼け止めを塗り、服を着替える。燕尾服ではなく、もっと軽い印象の服装だ。周りが燕尾服だらけなので、浮かないように黒い長ズボンと白い長そでシャツはそのままで、薄手のローブを羽織る。左腰にアダマスを掛け、右腰に杖ホルスターを垂らす。
僕の出発の準備が終わっても、シトラとミルはまだ終わっていなかった。女性は男性よりも準備の時間が長い。それが悪い訳ではなく、凄いと思ってしまう。僕だったら髪の先まで注意して準備ができる気がしない。でも、今日はデートだから……。
僕は鏡を見ながらいつもよりこだわって準備することにした。毛先の跳ね具合や毛や埃が服に付いていないか、服に皴が入っていないか、体臭はどうとか、着ける小物は適切かどうかなど、自分なりにシトラとミルに見られて恥ずかしくないくらい準備していく。
「指輪は付けていきたい……。逆にこの黒い鍵は少々厳つすぎる気もする……」
初代ルークス国王が持っていた黒い鍵をチェーンから外し、母さんの形見の白金で作られたネックレスだけを首に付ける。




