干からびたスージア兄さん
「ご主人様。さっきはびちゃびちゃに濡らしてしまい、すみませんでした。もう、ご主人様にぶっかけないようにしますから、明日からもよろしくお願いします!」
モクルは綺麗なスージア兄さん用の上着を持って戻って来た。
「うぅ……。仕事中もイチャイチャしていたの……」
「してない!」
スージア兄さんはテリアさんを抱きしめて別室に向って行った。
「……あれ?」
モクルは上着を持ったまま何をしたらいいかわからなくなっていた。
「スージア兄さん、大変だなぁ……。僕、まだ暑中見舞いを渡せてないよ」
「まあ、一時間くらいしたら戻ってくるでしょ」
「むむむ……。なんて、大きなおっぱいなんでしょうか。ぼくにも分けてほしいです……」
ミルはモクルの大きな胸を見ながら呟いた。さすがに大きすぎて違和感しかないと思う。
「えっと、キース様、応接室にお越しください」
モクルは思い出したかのように僕達を応接室に案内した。その後、紅茶を三人分出してきた。
「こちらのミルクは私が出したミルクではありません」
モクルは牛乳が入ったミルクピッチャーを置く。
「じゃあ、言わなくてもいいと思うけど……」
「牛族が出した乳を毛嫌いする方もいるので、一応言っておくのが決まりと言うか、風習と言うか……」
「そうなんだ。僕は気にしないけど……。牛と牛族が出した牛乳で違いはあるの?」
「ありますね。牛が出した乳の方が水っぽいです。牛族が出した乳の方が甘いですよ。まあ、その甘味が臭いと感じる方もいるようですけど……」
「牛の乳とヤギの乳の違いみたいだね」
「まさにその通りです。水分を多く取り込めないぶん、油分が多いらしいです。でも、キース様もご主人様と一緒で獣族に偏見がないんですか?」
「獣族の二人を妻にするくらいだよ。あるわけない。えっと、奴隷になって不安かもしれないけど、スージア兄さんは信頼できる男だから、安心して」
「は、はい。ご主人様ほど素敵な男性に会った覚えがなくて毎日ドキドキが止まりません」
モクルは両手を握りしめ、微笑みを浮かべていた。何とも愛が深そうだ……。
僕達は紅茶を飲んで一服していた。すると、獣族のメイドたちが寄ってくる。よくわからない状況だが、頭や顎下などを撫でてい上げると、無性に喜んでいた。
「キース様、撫でるのが上手ですー。可愛がり慣れているんですね」
「もっとごろごろにゃーんしたーい」
「近くにいるだけで、尻尾が揺れちゃいます~」
獣族のメイドたちが僕の周りを取り囲み、くっ付いてくる。その姿を見ていたミルとシトラは苦笑いを浮かべ、顔の筋肉をぴくぴくと動かしていた。
「ん、んんっ。あなた達、仕事に早く戻りなさい!」
一時間ほど経った頃、つやつやになっているテリアさんが部屋に入って来て大きな声をあげた。獣族のメイドたちはすぐに動き、仕事に向かう。
「ごめんなさい、キース君。あの子達、獣族だから、強者に目がないの……」
テリアさんは隣で干からびそうになっているスージア兄さんを見て呟いた。いったい何があったのだろうか。想像するのも恐ろしい……。
「はぁ、待たせてすまない……。えっと、暑中見舞いだったか」
「うん。スージア兄さんにはいつも健康体でいてほしいから、これを持って来た」
僕は紙袋から木箱を取り出して手渡す。
「丁寧な梱包だな……」
スージア兄さんはローテーブルに木箱を置き、紐を引っ張って包装を開け、蓋を外す。
「…………うわぁっ!」
じっと見て先に驚いたのはテリアさんだった。長い藍色の髪がふわりと浮きあがるくらい魔力が溢れ出ていた。
「こ、これは……。ただの回復薬じゃなさそうだ……。って、え、エリクサー認定書」
スージア兄さんは木箱の中に入っていた製作者の名前であるフルーンさん直筆の認定書を見る。なんなら、作成日時と印まで押されていた。
「す、スージア様。これ、本物のエリクサーですよ。やばい品ですよ……。う、売ったら、お城が建っちゃいますっ!」
テリアさんはあわあわと目を回しながら、スージア兄さんに抱き着き、身を震わせていた。
「き、キース、なんて品を持ってきているんだ! これは国王に渡しても余りある品だろ」
「えっと、国王にもエリクサーを渡してきたんだ。そのー、ウィリディス領で色々あってさ」
「じっくりと聞かせてもらおうじゃないか!」
スージア兄さんは体に魔力を回し、僕の話に耳を傾けた。
僕はウィリディス領でアルラウネを倒し、素材からエリクサーを作ってもらったと話した。
「アルラウネを緑色の勇者と共に倒した……。とんでもない経験をしているんだな……」
「でも、ウィリディス領の建物がほとんど壊されちゃって、災害に見舞われたくらい大変な状況だから、よかったと言っていいのか……。領土の入る前にもっとできることがあるんじゃないかって思っていたんだけど、入られちゃって」
「どちらにしろ、国が崩壊せずに済んだんだ。凄い功績じゃないか」
「まぁ~、全部緑色の勇者が倒したって言うふうにしてもらったけどね」
「…………はぁ」
周りにいる者達は皆溜息をつき、うなだれていた。
「キースのことだから、白髪がどうとか言って情報を変えさせたんだろうが、民衆に対してこれからのドラグニティ家に対する大きな信頼を得られる好機だったんだぞ」
「そ、そんなこと言われても……。僕はこじんまり過ごそうと思っているから」
「まあ、キースがどういう生活がしたいかは自由だ。私もお零れを貰いたいなんてこれっぽっちも考えていない。でも、優秀な者は評価されるべきだ」
「はは……、僕は優秀じゃなくて、凡人だよ。えっと、暑中見舞いが出来たし、もう行くね」
「まあまあ、そんな慌てるな。今日くらい泊って行くと言い。もう、夜遅いし、当時のようにキースを傷つける者は誰もいない。安心して寝られるはずだ。募る話もあるだろう」
「ま、まあ……。じゃあ、お言葉に甘えて……」
僕達はスージア兄さんの屋敷で一泊することになった。夕食を皆で囲み、雑談をしながら盛り上がった。お酒もグラス一杯だけ飲んだ。その後、広いお風呂に入る。家で暖かいお湯に入るのは初めてだ。




