限界を超えた先
一四日目、最終日。
午後一一時過ぎから午前七時まで丸太の一部を割り続けて何とか一六〇個減らした。
アイクさんの助言のおかげで、薪を作る速度が少し早くなり、終わりが見えた気がする。
残りは四〇〇個。
僕は眠気に襲われながら朝食を食べる。
「い、いただきます……」
「ねえ、アイク。キース君どうしちゃったの?」
ミリアさんは僕の方を見て、アイクさんに聞いていた。
「徹夜しているんだ。今日で最後だからな、仕事の追い込みだ」
「アイクの課した激務を徹夜した状態で行うなんて無茶よ。最悪死んじゃうかもしれないじゃない」
「キースが望んだんだ。何が何でもやり切るって言ったからには男としてその言葉を達成してもらわないと困る。根性、これが無いと世の中は生きていけない」
「だからって……」
「キースが決めたんだ。口出しするな。あいつの眼はまだ死んでねえだろ」
「……わかった。何も言わない」
「ありがとうございます、ミリアさん……。僕はやり切るって決めたんです。最後の最後まで全力でやってみます」
「ええ、頑張りなさい。応援しているわ」
ミリアさんは僕に声援をくれた。それだけで力が湧いてくる。
今日の朝食も美味しい。そう感じ取れるだけで元気が出る。
僕は朝食を終え、ビラ配りに向った。
「今日も頑張っているな! 顔がちょっと暗いがこれでも食って元気になれや」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
僕はよく声援をくれる屋台のおじさんからまたリンゴを貰った。
凄く疲れているはずなのにとても嬉しい。
なぜか温かみを感じる。
他の場所でも何度か声援を貰い、力になった。
人は周りの人に必ず支えられて生きている。
そう強く思った。
――僕は、周りの人に支えられているんだ。今、ここで立っていられるのは僕だけの力じゃ絶対に不可能だった。
どこもかしこも誰かがいる。今、僕のすぐ近くにいるのは黒卵さんだけど、人からじゃなくても力が貰えるんだ。それってすごいよな。
僕が弱くても周りに支えられていれば生きていられる。
ただ支えられるんじゃなくて僕も誰かを支えている。
支え合う関係になった時、人は本当の意味で優しくなれるんだ……。
支え合う関係こそ夫婦や親友の形がまさしくそうだ。
僕はそんな関係の人が一人もいない。
だから知らなかった。
昔はシトラに支えてもらいっぱなしだった。
――そうだ。シトラはただの支えでしかなかったんだ。でも、今の僕ならシトラを支えられる。
支え合えば貴族の息子と召使い以上の関係にもきっとなれる。そんな気がする。
「シトラ……。君のためなら、僕はどんな困難でも乗り越えて見せる。絶対に助けに行くから待っていて」
僕は手に持っているリンゴを種まで全て食べた。
ビラ配りから一時間後。
「はぁはぁはぁ……。こんな所で倒れるわけにはいかない。どうせ倒れるなら、明日の朝七時以降にしておけ」
僕は視界が揺らぐなかでも走り続けた。
決して休まず、体力がある限り全力を尽くす。全力で行わなければ間に合わない。
「ビラ配りと食事を短くすれば、薪割りの時間を確保できる。昨晩の調子で行けばぎりぎり間に合うはずだ」
ここで気絶して寝たら、絶対に間に合わないと悟る。舌を噛んででも眠気を覚まして走らなければならない。
僕は死に物狂いで走った。
それはもう、フレイに追いかけられていると思って全力で逃げるように脚を動かした。
脚は動いても眠すぎて頭が回らない。
申し訳ないがシトラの裸体を想像して心拍を上げて血流を促し、脳に血を送り、眼を覚まさせる。
僕は寝ていないとは思えないほどの速度で走り、アイクさんのお店に一時間二〇分で帰ってきた。
一〇分を浮かせられたのは大きい。
一〇分あれば今の僕なら丸太の一部を三個減らせる。
限界を超えて、さらに限界を超えていかなければ達成できない。
歯を食いしばってお店の裏に向った。
はっきり言って薪なんてもう見たくない。でも、終わらせなければならないのだ。
「ここで逃げたら、一生逃げ続ける人生になる。そんなのは絶対に嫌だ!」
僕は汗や血で色が変わっている斧の取っ手を握りしめる。
何で自分でもこんなにシトラが好きなのかわからないけど、シトラを考えるだけで力が湧いてくる。
「必ずやり遂げる、ここで負けたら一生シトラに合わない! そう決めた! 今ここで決めた!」
後戻りはできない。やり終わらなかったら、僕は一生シトラに合えないまま人生を終える。
それが嫌だったら、何が何でもやり遂げるんだ。
工程は簡単、だが、いかんせん斧が重すぎる。
多少強くなったくらいでは、真面に振るのも難しい。
片手でも振れるが、時間がかかってしまう。
両手で確実に割っていく方が効率よく薪にできる。
「おらっ!」
僕は中盤から声を出さないと気絶してしまいそうになるとわかり、斧を振る度に叫んだ。
近所迷惑かもしれないが今回だけは許してほしい。
僕の人生が掛かっているんだ。
昼を知らせる鐘が鳴った瞬間、両手で持っている斧を力なく地面に落とした。
「昼……。食べに行かないと……」
はっきり言ってお腹があまり空いていない。
どうせなら昼食を得ずに丸太の一部の個数を少しでも減らしたかった。でも、食べないと怒られる。
僕はアイクさんのお店に向おうとした時、裏庭の入り口にアイクさんが立っていた。
「今日の昼食はこれだ。食べ過ぎると無駄な体力を使っちまうからな。夕食も同じだ。食べる時間も惜しいんだろ」
アイクさんが手渡してきたのは緑色のガラスで作られた三本の瓶だった。
「これは……?」
「俺特製の活力ポーションだ。この三本は昼食と夕食、ゼロ時を越えたあたりで飲め。糞不味いが効果は保証する」
「いいんですか……。ズルになるんじゃ……」
「俺が良いって言えば、問題ないんだよ」
「珍しいですね。アイクさんは誰に対しても厳しい人なのに、甘さを出すなんて」
「一〇〇〇〇日に一回くらいならいいだろ」
「はは……。それじゃあ、ありがたくいただきます」
僕はアイクさんからガラス瓶三本を貰おうとした。
手もとはしっかりと見えているはずだったのだが、視界がぼやけて上手く受け取れず、瓶を手元から落としてしまった。
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