勇者らしい
「私なんてじゃありません。プラスさんは凄い! 僕とミル、シトラはこの一時間でそう、ひしひしと感じました。強さだけが勇者の本質じゃありません。今のプラスさんは僕が見てきた勇者の中で誰よりも勇者ですよ」
「う、うぅ……。キース君……」
プラスさんの緑色の瞳が潤い、目尻に涙が溜まる。眼元の化粧が取れないように無重力で浮かせ、握りしめた。
「プラスさん、今日はとことん人助けしましょう。そう言うデートもありじゃないですか? 僕達も手伝いますよ」
ミルとシトラはコクリと頷き、プラスさんに感化され、やる気を燃やす。
「キース君……。私の初めてのデート、人助けデートになっちゃうんだ……」
「プラスさんらしいじゃないですか」
僕はプラスさんの手を握り、こけないように支えながら歩く。ミルが反対側の左手を握り、プラスさんにも負けない笑顔を浮かべ、大股で歩いていた。シトラは一歩引いて僕の後ろから鋭い視線を浴びせ、歩いてくる。何とも歩きづらい。
プラスさんは歩けば歩くだけ人助けをした。僕達も倒れそうな家屋を止めたり、亡くなった犬のお墓を作ったり、失くしたぬいぐるみを探したり、勇者がする必要あるのかということまで手伝った。でも、感謝されるたび、手助けをしてよかったと心が潤っていく。
プラスさんは勇者順位戦で負け続け、申し訳ないと言う気持ちから人助けを習慣にしたらしい。いつの間にか、無意識に人助けができるようになるまで成長したのだとか。
僕達では到達できない域まで善行が出来る彼女が物凄く輝いて見える。生き女神とでも言おうか。現世に降り立った女神や天使の類の人間性でお酒を飲んでいた時の姿が素なんだろうなと僕の頭の中で勝手に想像される。まあ、すでに彼女の素を知っているので幻滅することは無い。
「そろそろお昼時ですね。どこかやっているお店はないかな……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
プラスさんから疲れが見えた。慣れないヒールを履いているからより一層疲れてしまったのだろう。傷は治せるが疲れは取れない。どこかで一度休んだほうが良さそうだ。営業中の飲食店に入り、いったん休憩。
プラスさんはスパゲッティ、ミルはステーキ肉、シトラもステーキ肉、僕は鳥肉のスープを頼んだ。夏場なので、冷たい水をグイッと飲みたいところだが、水の料金がかかると言われた。以前は水が無料だったのだが、アルラウネのせいで水道管が使えなくなり、断水状態に近いと言う。それでも飲食店を再開する根性がすごいな……。
「いただきます」
両手を握り合わせ、神に感謝した後、昼食を得る。
プラスさんは相当お腹が空いていたのか、大盛りのスパゲッティを容易く食べきる。食べ方が綺麗で、長袖のワイシャツにミートソースが一滴も付いていない。テーブルにもソースのはねが見えない。貴族並の綺麗な食事だ。
ミルは口周りがソースで汚れてしまっているし、シトラも気を抜くと服を汚して深いため息をついている。
食事を丁寧に食べられると言うのは昔からしっかりと教育されてきた証なんだろうな。僕達は貴族なのに、食べ方がまだ完璧ではなく、イリスちゃんに申し訳が立たない。
「料理は食べたいように食べるのが一番よ」
シトラはまたしても僕の心を読んで呟いた。汚れた服の染み抜きをすでに終えており、汚れを気にすることなく肉の美味しさを舌で味わっている。
「そうですそうです。汚れたら洗えばいいだけです」
ミルは紙を使って口周りを綺麗にした。
「確かに。でも、意識は向けるようにしようね」
「は、はーい」
ミルとシトラは痛い所を突かれたような苦い顏をして返事をした。
料理を食べ終わったころ、伝票に手を伸ばしたらプラスさんと指先がぶつかった。
「こ、ここは私が払う。少しくらいお姉さんっぽいことをさせてよ」
プラスさんは財布を取り出し、料理代を払う気満々だった。
「い、いや、ここは男の僕が払います。女性に払わせるわけにはいきません」
「いやいや、年下の男の子に全部払わせるわけにはいかないよ」
「いやいやいや、勇者様にお金を使わせるの方が問題ですって。今日はデートですし、僕にカッコつけさせてくださいよ」
「それはこっちが言いたいよ。ずっと情けない姿しか見せられてないし、少しくらいカッコいいお姉さんみたいに振舞わせて」
プラスさんと僕はどちらが払うかと言う話しになり、半分ずつ払うことになった。
「夕食は僕が払います」
「ううん、夕食は私が払うよ」
僕とプラスさんはその話ばかりしており、ミルとシトラが間に入って止めてきた。
「プラスさん、払う姿勢を見せるのは良いですけど、相手が払うと言っているのに食い下がるといい印象を与えませんよ。逆に借りを作られたくないと思っていると伝わるかもしれません」
「うぅ、そうなの? そんな気は全然ないけど……、キース君にばかりお金を払わせるのは悪いと思っちゃって……」
「別に気にしていませんよ。優しいプラスさんならお金を払わせるのに抵抗があるのもわかります。気にしすぎないでください。逆に一緒に払ってくれてありがとうございました」
僕は感謝の気持ちをプラスさんにしっかりと伝える。
「じゃあ、人助けの続きと行こう!」
プラスさんは張りきって歩き、教会に向かいながら人助けした。一個目の教会に着いた頃、午後三時になっていた。ものすごく長い距離を歩いたかと思えば、家から八キロメートルほどしか歩いていない。
皆で教会の中に入り、神様に祈りを捧げ、日ごろの感謝の気持ちを伝える。教会に金貨一枚の募金をして皆と一緒に教会を出た。そのまま、近くの喫茶店によりプラスさんがイチゴケーキ、ミルがチーズケーキ、シトラが抹茶ケーキ、僕はティラミスを頼み、三名は紅茶、僕は珈琲を飲む。
「キース君が珈琲を飲んでいるとなんか不思議な感じがする……。白いのに黒いみたいな」
「確かに……。キースさんと珈琲って会いますよね。ミルクじゃないなってわかります」
「珈琲を飲んでいたら大人っぽく見えるけど、すでに大人びてきているのかしら……」
プラスさんとミル、シトラはこそこそと話し合い、僕から距離を取っていた。僕はアルブの背中を撫でながら珈琲を飲み、時おりティラミスをアルブに与える。
おやつの時間が過ぎると、またしても人助けの時間になった。僕達は確実に人生で最も人助けをした日になる。




