人助け
「はぅ……、ごめんね、キース君。なんか、顔だけの男みたいに言われちゃって……」
「まあ、人は初対面で内面まで見えませんからね。別に気にしてませんから。そもそも、僕はイケメンじゃないですよ。父親や新しい母親からずっと醜い奴め! って言われ続けたんで。そもそも、イケメンって定義がないですし、僕はイケメンなんて微塵も思ってないので自分で言うのも恥ずかしいですよ……」
「……はぁ」
プラスさんとミル、シトラは溜息をついた。
僕は珈琲とサンドイッチ、ミルとシトラ、プラスさんはパンケーキと紅茶を頼んだ。アルブは僕と一緒にサンドイッチにするらしい。
品が運ばれてきた後、手を握り合わせて神に祈った。
「じゃあ、食べましょうか」
「はーいっ!」
皆、それぞれ手をあげ、目の前にある品を食す。
紅茶に砂糖を入れまくって飲んでいるミルとシトラ、プラスさんはストレートで飲み追加注文できるはちみつをパンケーキにひたひたになるまで掛けていた。皆、甘党なんだな……。
僕は卵と野菜のサンドイッチを食す。アルブにも食べさせた。珈琲が特段美味しく、長年淹れ続け来たんだなとわかる腕前だった。
「はぁー、美味しい……」
「あぁ……、どうしよう。キース君の横顔を見ているだけで幸せ過ぎる……」
「ただ食べているだけで女を魅了しないでほしいですよね……」
「魅了の魔法を使っていないのがおかしいのよね……」
「皆、なにをブツブツ言っているの?」
「キース君は何も気にしないでいいよ。私達は勝手に楽しんでるから」
プラスさんはよくわからない発言をして僕の質問を躱した。
気にしないでいいと言われると逆に気になってしまうのだが、珈琲の苦味を匂いで得て、意識を嗜好品に向ける。その段階で気になっていたことはすでに意識外にそれていた。
皆、皿と紅茶が空になった。食事を終えたのを見た後、僕も珈琲とサンドイッチを食べ終わる。
「ふぅ。美味しかった……」
僕は立ち上がり、伝票を手に取る。金貨八枚と書かれていた。
――一食金貨二枚……。四人で金貨八枚……。普通に考えたら高いけど、今の状況を考えたら仕方ないか。
僕は中金貨一枚を持ってカウンターに向かい、伝票と中金貨一枚を置いた。
「お釣りは結構です。こんな時ですし、有意義に使ってください」
「へ?」
奥さんは一瞬固まった。僕の行動がおかしいと言っているような、変な者を見るような視線を向けてくる。
「あ、いやぁ。すみません。これ、銀貨の間違いです……。本当は銀貨八枚なんです」
「ああ、そうなんですか。でも、金貨二枚分の価値は確かにありましたよ」
僕は微笑んで、出してしまった中金貨一枚と伝票を差し出し、カウンターを後にした。
「ちょ、お客さん。こんな大金」
奥さんは走ってくるが、僕は手の平を向ける。
「大丈夫です。それで支払います」
「キース君、どうかしたの?」
プラスさんは奥さんと僕のやり取りに疑問を持ったのか、質問してきた。
「いえ、銀貨八枚の品を金貨一枚で払っただけです。お釣りは大丈夫ですって伝えただけですよ」
僕は気さくに外に向かう。シトラに軽くにらまれ、ミルも何か察していた。
「緑色の勇者様、あの男、逃がしちゃ駄目よ。イケメン、金持ち、優しいなんて、ぶっ飛んだ優良物件じゃない」
「あ、あはは。が、頑張ります」
プラスさんが最後にお店を出てきた。
「プラスさんがお勧めしてくれただけあって凄く良いお店でした」
「そうかな? そう思ってくれているなら、よかった」
プラスさんは手を握り合わせながら軽くお辞儀する。一つ一つの仕草が初々しく、年上なのに年下とデートしているようだった。
「キース……、一〇倍の値段を払うとか馬鹿なの?」
シトラに耳を引っ張られながら耳元でささやかれ、首筋がひやりとする……。
「あ、いやぁ、その……。カッコつけちゃった……」
「なんか、カッコつけるところ違うと思いますけど」
ミルも僕が中金貨を出したとわかったらしい。ほんと、感覚が鋭い獣族はこういうところで誤魔化せないので困る……。
「じゃあ、教会に行こ~う」
プラスさんは妙に張りきり、右手を挙げながら歩きだした。
道行く人の中で困っている人がいたら一瞬の躊躇もなく助け、お店の中から声を掛けられたら僕に何度も頭を下げて突っ走っていく。
子供が泣いている声を聴けばヒールでこけそうになるくらい全力で走り、枯れた花を見つけたら魔法で生き生きと咲かせる。彼女と歩いていると、善行しかしていないんだなとわかる。一時間歩いて進んだ距離は一キロメートル。その間に人助けした数は八回。
「うえぇ~ん、すみません。教会までまだまだ距離があるのに全然進んでません」
プラスさんはすでに善行しすぎて疲れていた。
「プラスさん、毎日こんな感じですか?」
「そうだね……。最近はずっとこんな感じかな。やっぱり災害に見舞われたみたいな状況だから、皆困っているんだよね。助けられるときに助ける。私のもっとうなの」
「そうですか……。凄い、勇者精神ですね」
「いやぁー、それほどでもないよ」
プラスさんは咲いている花よりも明るい笑顔を浮かべ、長い緑の髪を触っていた。
シトラとミルはプラスさんの勇者精神を見て、なぜか落ち込んでいた。
「ぼく、キースさんのことばかり見ていて困っている人に全然気づけませんでした」
「私も、助けに行こうと言う気になれなかったわ……。なんか、心で負けている気がする」
「二人共、何も落ち込む必要無いよ。僕だってそうだ。プラスさんがすごいだけだよ」
「そ、そんな。逆に私がデートに集中できてないってことになっちゃうし、私のお節介な性格がそうさせているだけというか……」
プラスさんは両手をブンブン振って勇者精神をなぜか否定する。別に否定しなくてもいいのに。
「プラスさんは凄いです。それ以外言う言葉がありません。なんで、毎年勇者順位戦で最下位になるのか何となくわかりました。プラスさんに強さなんて必要なかったからです。本当は誰よりも勇者なのに、今まで強さが必要なかったから勝てなかった。でも強さを必要とした今なら、きっと勝てます。来年まで鍛錬を続けていれば上位に食い込めるかもしれません」
「そ、そんな……。私なんて……」
プラスさんはまたもや自分を卑下した。
僕は彼女の艶やかな白い肌を両手で挟み、上を向かせる。




