勇者の夫
「まあ、ぼくたちの思い違いだったらいいですし、決定権はキースさんにありますし、考えておいた方が良いかもしれませんよ」
「えぇ……。勇者の夫になる勇気はさすがに……」
「まあ、多くの者が髪色が同じで質が良い相手と結婚した方が良いと思うに決まっているでしょうけど、プラスさんに血のつながった身内は一人もいない。あの人が他の男性と上手くやって行けるかどうか……」
「うーん、プラスさんならギルドマスターのベルデさんと相性がいいと思うけどな。魔力の質が似ているし、波長も合うはずだ。年齢はベルデさんの方が上なのかな」
「キースさんはプラスさんを抱けるんですか?」
ミルははっきりと訊いてくる。
「え? それは余裕だけど……。そう言うのって乗りじゃないでしょ。しっかりと交際してから時間を経てすることなんじゃ……」
「そうとも限らないわよ。あの勇者順位戦で一位だったライアンだって毎日とっかえひっかえ女と遊んでいたでしょ。一日だけの恋人とか、抱いて相性を確かめるとか、ざらなのよ。味見して会わなかったら互いに次の恋に行けるでしょ。時間をかけても駄目な時は駄目なのよ」
シトラは大変大人な意見を言って来た。
「つまり、プラスさんを抱けって言っているの?」
「キースは貴族だし、正妻のイリスちゃんが許せばどうとでもなるわよ。お金もバカみたいにあるし、プラスさんが勇者の座を下りた時、相手がいないと寂しいじゃない。婚約するわけじゃないけど、覚悟が出来たら来てもいいよって言ってあげたら少しは不安が減るんじゃないかなともっただけよ」
「うーん、そなのかな……。難しいなぁ……。簡単に言えばプラータちゃんに言ったみたいな状況にするってこと?」
「そう言うこと。勇者だって何年も出来るわけじゃない。世代交代する存在よ。プラスさんの今の気持ちが何年も続くかわからない。逆にバッサリ振ってあげるのも彼女の為かもしれない。人間の恋愛感情なんて知らないし、獣族は夫に多くの女がいようとも愛せちゃうけど、人間はどうかわからない」
「とりあえず、プラスさんと会って旅行をしよう。こんな話合いをしていても時間がもったいない。一応聞いておくけど、二人はプラスさんが僕の妻になってもいいの?」
「異議なし」
シトラとミルは頷いた。両者はプラスさんと仲が良いので気にしないのかも。
「そうなんだ……」
僕は服を着替えながら考え込む。
プラスさんは勇者の中でも間違いなく一番優しい方だ。弱気な所も克服して今、ものすごく調子が良いはず。そんな女性がなぜ僕を好くんだ? お金かな……。でも、プラスさんもお金をすごく貰っているはずだし……。というか、プラスさんが僕を好いていなかったら普通に物凄く恥ずかしい考えをしているだけど。
僕はプラスさんを抱けるけど、別に好きという訳じゃないんだよな。いい人なのはわかる。可愛くて健康的で頑張り屋、勇者になるくらい強くて正義感のある女性だ。まだ、彼女を知って三カ月程度。それなのに結婚って早くないか……。貴族だと普通なのかな。
生憎、ルークス王国は一夫多妻が認められている国だ。プラスさんが良いというなら妻に出来てしまう。結婚に愛は必要でしょ……。でも、貴族で愛のある結婚をしている者が何人いる? 政略結婚ばかりの中、僕ほど自由に結婚してもいいなんて貴族はいないはずだ。
「はぁ……。どうしよう……。僕はプラスさんを愛せるだろうか……」
僕はプラスさんを妻にするという選択が嫌なわけじゃない。むしろ嬉しいと思う気持ちの方が大きい。ただ、シトラやミルのように愛を与えられるかわからない。まだ、婚約しているだけのイリスちゃんに愛を与えることはできると確信できる。
気持ち悪がられるかもしれないが、成人していないプラータちゃんにも愛を与えられると優に想像できる。でも、プラスさんはまだ想像できない。接点が一緒に戦ったくらいしかないし……、彼女の気持ちもわからない。とにかく会って話をして仲よくなってみないと何とも言えないな。
僕は服装を完璧に整える。髪も蝋で固め、日焼け止めもしっかりと塗り状態を整えた。
「ふぅ……。どうかな?」
僕は黒の長ズボンと靴下、ブラックワイバーンの革で作った靴を履き、長袖のワイシャツを腕まくりして肘を出す。左手首にブラックワイバーンの革で作ったブレスレット、白金のネックレスと指輪を身に着けている。左腰に真っ白な見た目のアネモネを掛け、夏らしい服装が完成した。
「ぽぉー」
シトラとミルは僕の姿を見て魂が抜けたのかと思うほど意識が飛んでいる。
「えっと、変なの?」
僕が聴くと両者は首をブンブンと横に振った。どうやら、問題ないらしい。
「うぅ、キースさんがカッコよすぎてどんな女でも簡単に落とせちゃいます……」
「そのことをあいつが全然自覚してないのが不幸中の幸いよ……」
ミルとシトラはぼそぼそと呟き、何か話し合っていた。
「ミルとシトラは凄く夏っぽい服装だね」
「えへへー。夏は素肌をこれでもかってくらい見せられるので、とてもいい季節ですよね」
ミルはへそ出しの白い半そでを着て、ジーンズの短パンを履いていた。足元はサンダルでとても涼しげな印象がある。首のネックレスと指輪、ブレスレットが彼女の大人の印象を強めていた。
「もう、ミルちゃんは素肌を曝しすぎなのよ」
シトラは薄手のワンピースを着ており、白と緑色が基調でとても涼しげだ。銀色の髪と映えており大人っぽさが爆発している。
「二人共、凄く可愛くて綺麗だ」
「えへへ~、そんなこと言われると照れちゃいます~」
「も、もう、あんまり褒めないでよね。そういうの慣れていないんだから」
ミルとシトラは視線をプイっとそらし、顔を赤らめていた。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
ミルは手を挙げて元気よく返事をする。
「もうすぐプラスさんが来ると思うから、それまで待っていましょう」
シトラの言う通り、出発しようとした手前、入口の扉が叩かれた。
「おはようございます。プラスです」
「はい、今、開けます」
僕は扉を外側に開ける。
「へ?」
プラスさんは僕の姿を見た瞬間に固まり、後方に仰け反る。そのまま、地面に座り込みそうになった。




