エリクサー
「そんな、僕はただこの領土が好きだったので戦っただけです。感謝するならプラスさんにしてください。彼女が一番頑張ったんじゃないですか」
「プラスにも以前感謝してきました。そうしたら、キース君の方に感謝してほしいと言われ……。どちらも似た者同士ですね」
ベルデさんは泣きながら笑い、ずれた眼鏡を戻す。
「えっと、今日、私がキースさんの家を訪ねたのは感謝の気持ちを伝えたかったからというのと、冒険者としての報酬の件で伺わせていただきました」
ベルデさんは資料のような品を鞄から取り出し、研究者のようなきちっとした姿を見せる。
「えっと、立ち話もなんですし、座ってください。シトラ、良い紅茶を出して差し上げて。ミルはお菓子を」
僕はベルデさんにテーブル席に座ってもらう。
「わかったわ」
シトラはメイドの仕事を完璧に行い、すぐに良い香りを引き立たせた紅茶を淹れる。
「了解です!」
ミルは買いだめしてあったクッキーを棚から出し、皿に盛りつける。
「お、お構いなく……」
「いやいや、家に来てもらったんですから、おもてなしくらいしますよ。一応男爵なので」
「えっ! き、キースさん、貴族の方だったんですか!」
ベルデさんは目を丸くし、椅子に座っている状態で後方にひっくり返る。反応が大げさすぎるよ。
「だ、大丈夫ですか?」
「す、すみません。高級な椅子を……」
「椅子は別にいいんですけど……。まあ、僕は平民と変わらないので、いつも通り接してください。その方が僕も楽なので」
「わ、わかりました。では、お話させていただきます」
ベルデさんは紅茶とクッキーを軽く食し、喉を潤わせてから資料を僕に手渡してきた。
「四日前、フルーンさんから聞いた話とその後、プラスから聞いた話、実際に見た素材から判断してキースさんの報酬を決めさせていただきました」
「は、はい」
僕はこういう仕事っぽい説明を家で受けるのは初めてなので、少々緊張していた。
「今回、討伐されたのは討伐難易度特級のアルラウネで間違いありませんでした。加えてきわめて魔力量が多く危険度が高いと判断いたしました。緑色の勇者とキースさん、シトラさん、ミルさんの四名で討伐したという話で間違いないようですので、皆さんの意見を組み討伐報酬は四等分となります。まあ、キースさん達は冒険者パーティー『名無し』の口座に三名分入ることになります」
ベルデさんから渡された資料に書かれていた討伐報酬は一人金貨二五〇〇枚。つまり、僕とシトラ、ミルの討伐報酬で金貨七五〇〇枚という訳だ。もう、土地代を全て返せてしまった。
でも、討伐報酬は序の口だった……。なんなら、ウィリディス領の景気が悪いせいでこの程度しか出せずにすみませんと謝られる始末……。さすが特級と言うべきか。まあ、領土を崩壊させる魔物を倒して金貨一万枚が多いか少ないかと言われたらピンとこない。
「討伐報酬はお話した通りです。続いて、提出していただいたアルラウネの亡骸と柱頭部分などがあり、どれも質が良く最高品質だと判断しました。このまま売っていただいても間違いなく高額で売れます。ただ、ここで提案なのですが……」
ベルデさんは新しい資料を出し、僕に見せてきた。
「私が提案するのは質が良いアルラウネの素材を使ってエリクサーを作り、その品を売る。または使っていただくというものです。利点が三つ。一つ目がプラスとフルーンさんがエリクサーを作る技術を有しており、今回の感謝の気持ちが納まらないとのことで無償で作ってくれるそうです。二つ目が素材で売るよりもエリクサーで売った方が儲かります。売買価格が一桁二桁変わってくる代物です。三つ目がキースさんやシトラさん、ミルさんご自身で使用できるという点です。エリクサーは購入すると大変高くつきますから、持っておけば命の危険は滅多にないでしょう。現在、エリクサーの数は物凄く少ないです。持っておけば価値が下がることは無いですし、これから上がる可能性も考えられます」
ベルデさんの話は資料や解説付きでとてもわかりやすかった。
「えっと、欠点があるとすればエリクサーを落として無駄にするとお金に戻らないというくらいですね。もう、素材の内に売ってしまえばお金が無くなるということはありません。プラスはエリクサーにしてしまうと言っていました。キースさんとシトラさん、ミルさんの意見で話を通させていただきます」
「えっと、エリクサーって何本出来るんですか?」
「今のところ三二本分作れる予定です。一人八本分ということですね」
「なるほど。シトラ、ミル、僕は決めたけど、二人はどうする?」
「うぅーん。じゃあ、エリクサーを作ってください」
ミルは長い間考えず、腕を組みながら直感で言う。
「私もエリクサーを作ってもらうわ」
「僕も作ってもらうと思っていたから、三人一緒だね。じゃあ、ベルデさん。すべてエリクサーにしてください」
「わかりました。エリクサーの作成に半月ほどかかるそうなので、七月の中旬に勇者邸に集まりましょう。そこで引き渡しと買い取りを行いたいと思います。日は改めてご連絡いたします」
「わかりました」
僕はベルデさんは頭を下げてから立ち上がり、僕たちの家を後にした。
「はぁー。なんか、エリクサーが沢山貰えるみたいだよ。シトラとミルはどうする?」
「どうするもこうするもないわ。売るに決まってるでしょ」
シトラは腕を組んで堂々と答えた。
「ぼくは四本売って、三本残しておきます。一本は自分で持っておきます」
ミルは未来にエリクサーが高騰した時を見計らっていた。お金使いが上手いから、失敗しないだろう。
「じゃあ、僕は……王様とイリスちゃん、ライアン、アイクさん、エルツさん、スージア兄さん、リーフさん、ドマリスさん、ドリミアさんに暑中見舞いで渡そうかな」
「はぁ……。まあ、悪くはないけど、それでいいの?」
シトラは額に手を当てて、ため息をついた。




