休日後の覚醒
「何か……。体が軽くて凄く走りやすいぞ。一日休むだけでこんなに体調が回復するんだ。今日なら前の目標の三時間を切れそうだぞ」
僕は初めこそ転んだものの、その後は順調にビラを配っていった。
「お! 今日は走っているのか。仕事、頑張れよ!」
昨日、リンゴをくれたおじさんは今日も僕を応援してくれた。
「はい! ありがとうございます」
今日は走っている最中にお礼が言えたし、絶好調だ。
だが、一時間を超えたあたりで、息が切れ始める。
「はぁはぁはぁ……。息が荒れてきている。でも何でだろう。まだ走れる気がする。それも、さっきより早く走れそうだ」
僕は焦る心臓を整えるため、呼吸を安定させる。
「やっと体が温まってきたような、と言うか、もうビラが半分くらいになっているぞ。これなら、三時間を本当に切れるかもしれない」
僕は一昨日と同じ道を走っていた。明らかに進み具合が違う。体が思い通りに動いてちゃんとついていけている。
息苦しささえ、仕事をしているといった高揚感に変わっていた。
「走ってビラを配って応援してくれた人にお礼を言う。それだけで僕は満たされている。こんなに気分よく仕事したのは始めてだ!」
今、僕は自分がどれだけ早く走っているのか気づいていない。いつもより早いのは何となくわかっていた。
気づいたのはアイクさんのお店に戻ってきた時だった。
「ただいま戻りました!」
「な! う、嘘だろ……」
アイクさんは僕がお店に入るや否や近づいてきた。恐れではなく、何かとんでもないものを見たような表情。
「え? どうかしたんですか……」
「時間を見てみろ」
「んっと……」
僕はアイクさんに言われた通り、お店の壁に掛けられている時計を見る。
「午前九時ですね。ん? 午前九時……」
僕がお店を出たのは午前七時三〇分頃。
「あの時計、壊れていますよ。だって僕は、ビラをちゃんと配り終えて帰ってきましたから」
「つまりお前は、一時間三〇分であの枚数のビラを走って配ってきたのか……」
アイクさんは信じられないと言いたそうに苦笑いを浮かべながら僕を見てきた。
はっきり言って僕も全く信じられない。
一昨日まで三時間ですら、切れなかったのに今日は一時間三〇分だなんて……。どうなっているんだ。
「キースが不正するような性格じゃないとわかっている。一日休んだ、だけでここまで成長するのか」
アイクさんは腕を組みながら考え込んでいた。でも、すぐに腕を解く。
「だが、実際にやって見せた。信じるしかないな……」
「あ、あの……、アイクさん。僕、丸太の方をやってきます」
「あ、ああ……。そうだな、頑張ってこい」
僕は夢でも見ているのかと思うほど今の状況が理解できていない。
一時間三〇分でビラを配り終えるなんて思いもしなかった。
――僕、どれだけの速さで走っていたんだ。仕事が楽しすぎて全く意識してなかった。
今日走り出すとき、こけたのも不自然だし、いったい何が起きているんだ。
僕は自分の状態を理解できていないまま、丸太のある裏庭に移動した。
血の沁み込んだのこぎりを持ち上げ、丸太に振りかざす。
「なっ!」
僕の振りかざしたのこぎりの刃が丸太の半分辺りにまで、めり込んだ。
「あ、ありえない……。お、おかしいよ。こ……こんなの……。そうだ、夢だ。これは夢なんだ」
僕は自分の頬をつねってみる。その途端、頬に激痛が走った。
「痛いということは、夢じゃないということか。でも、何でいきなりこんな力が出たんだ。全く理解できない」
僕は恐怖と高揚の合わさった感情を抱きながら震える手でのこぎりの持ち手を握る。
少し引きながら力を入れると、食いこんでいた刃が貫通し丸太の一部を切り取った。
「い、一回しか引いていないんだぞ。何でのこぎりが剣みたいに切れるんだよ」
僕は自分の力も疑ったが、のこぎりの方も疑った。
こんなに切れ味がおかしい、のこぎりがあるわけない。
「アイクさんが僕を見かねて凄くよく切れるのこぎりに替えているとか……。いやいや、アイクさんがそんな甘い施しをしない」
僕はのこぎりを見ながら、アイクさんは徹底的に相手を追い込む性格だと思い出し、頭を振る。
「取っ手の血痕だって僕が死に物狂いで頑張った努力のあかしだ。見間違えるわけない。それじゃあやっぱり力が上がっているのか……」
その後、僕は、のこぎりで丸太を叩き切っていった。
使い方はまるっきり違うが、その方が早かった。
大きく振りかぶって丸太にのこぎりの刃を何度も叩きつける。のこぎりを痛めそうだったが、質が良かったのか壊れない。
力を振り絞っている訳ではない。苦労していたのが嘘のように丸太は切れていった。
「な、なんか……。僕じゃないみたいだ。どうしよう、胸が騒めく……。でも、これが今の僕なんだ。僕が僕自身を信じなくてどうする」
僕が自分自身を否定していたら、いったい誰が僕を肯定するんだ。
力がいきなり出るようになったか、理由はわからない。
でも、この力でシトラを助けられるのなら、僕はどんな自分になっても許せる気がする。
「幸せになるんだ……。シトラを助けて一緒に旅をするんだ。アイクさんやミリアさんみたいな素敵な夫婦に……。よし! 続きを頑張ろう!」
僕が努力してきたのは紛れもない事実だ。
今、握っているのこぎりの取っ手がそれを肯定してくれている。
努力していたのをいつも一番近くで見ていてくれたのこぎりは僕の味方であるのは間違いない。
僕は取っ手を強く握りしめて丸太に刃全体を叩きつけていく。
まるで斧でも使っているのかと言うほど丸太を叩き切っていった。
☆☆☆☆
重く乾いた鐘の音が昼の時間を知らせてくれた。
「あ、もう昼時か。あまりにも疲れないからどんどん進めちゃったよ」
僕は山積みになっている丸太の一部を見た。今まで溜めた丸太の一部ではない。今日だけで切り分けた量だった。
「それにしても、凄い進んだな。残り七本もあったのに、もう一本になってしまった。あと少しで薪割りの方に専念できる」
僕は一つだけ懸念点があった。丸太の一部を薪にするとき、斧を使うのだが全く動かない斧をどうすればいいのか考えてもわからなかった。
「あの斧を使って……ってあれ? 斧が二本になっている」
僕は、のこぎりを丸太に叩き込んで固定し、斧が置いてある場所に向った。
「一昨日まではこの長い大斧しかなかったのに、なぜか片手斧が増えているぞ」
僕は片手斧の取っ手を持って、力を入れながら上げた。
「片手だと重いな……。でも、持てるぞ。何でこの斧がここに置いてあるんだ? アイクさんに聞いてみるか」
僕は試しに元から置いてあった大きな斧も持とうとする。
「ふぐぐぐぐ……。だ、ダメだ。やっぱりこっちの大きな斧は全く動かない。何かが変わった今の僕でもびくともしないなんて……」
僕は頭の中が疑問符でいっぱいになりながら昼食を貰いにお店の中に戻った。
いつもと同様に開いている席に座り、料理が並ぶのを待つ。
僕のもとにアイクさんがやって来て、テーブルに料理を運んできた。
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