黒いアルラウネ
「そうか、そこにあったのか……」
アルラウネは地面から手を離し、そのまま走り出した。戦いを放棄し、逃げに徹するのか。でも、逃がすわけがない。
「待て!」
僕とプラスさんは逃げだしたアルラウネを追いかける。逃げに徹したアルラウネは驚くほど速く、簡単に追いつけない。プラスさんも魔力の大量摂取による症状を発生し、軽い発熱状態になっていた。魔力を消費させないと。
「プラスさん。僕の手を繋いでください。あと、大量の緑色の魔力を僕に流してください。少しは楽になるはずです」
「わ、わかった」
僕はプラスさんの手を握り、大量の緑色の魔力を受け取った。アルラウネの魔力を脳内に入れた時は頭痛がしたのに、プラスさんの魔力を入れたら体がすーっとして心地よかった。視界の上側に映る僕の前髪が緑色になっていることに気づき、プラスさんも目を見開いて驚いていた。
「やっぱり、三原色の魔力を受け取ると髪色が変わるみたいです。プラスさんとお揃いの髪色になりました。なんて、悠長なことは言っていられませんね」
僕はプラスさんと共にアルラウネを追う。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
アルラウネがやってきたのは勇者邸だった。勇者邸に走ると思いきや倉庫に向って行く。
「ま、まずい! あの中にキース君が抜き取ってくれたマンドラゴラの素材が入っているの! あれを奪われたら……。今でも対処できないのに!」
「プラスさん! アルラウネの足を止めてください。僕が切ります!」
「わ、わかった! 『根庭』」
プラスさんは地面に手を当て、地面から根を生やした。アルラウネの足を取り、体を停止させた……、と思ったが、アルラウネは足を切り離してすぐに再生させたあと、全力で走る。
「キースさん……」
倉庫近くの離れの家から出て、勇者邸に向って避難しようとしていたプラータちゃん一家がいた。
アルラウネの五本の指が変形し、槍のように鋭く尖り、そのまま勢いよく射出された。
「プラータちゃんっ!」
僕はプラータちゃんの方に迷わず全力で飛び込んだ。生憎、全力の全力で走り、プラータちゃんたちの前に到着したのは僕の方が先だった。
「ぐっ!」
アルブの能力を唱えている余裕などなく、五本の槍を生身で受け止めた。
「キースさん!」
プラータちゃんは僕の方に駆け寄ってくるが……。
「プラータちゃんを連れて、早く勇者邸に!」
僕は血の味がする口で叫んだ。唾だと思ったら大量の血が渋きとなって地面に吐き出される。
僕の声を聴いた、プラータちゃんのお父さんが彼女をすぐに抱きかかえて走り出した。
「ちょ、お父さん! 離して! キースさんが、血まみれになってる! いやあっ!」
プラータちゃんたちは勇者邸の方に向って全力で走って行った。
「はぁ、はぁ、はぁ……。安心してプラータちゃん。僕はこれくらいの傷、なんてことない」
僕は身がふら付いた。体に突き刺さっている根の色が緑ではなく少々どす黒い……。
「これ……。毒だ……。はぁ、はぁ、はぁ……『無毒』」
僕は槍に練り込まれていたプラスさんがアルラウネに使った毒を消し、身から槍を抜き取る。治しながら引き抜いても血は流れる。『無傷』で直しても血の量は増えないので、貧血気味だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。ごめん、キース君……。間に合わなかった……」
プラスさんは地面にへたり込み、笑いながら泣いていた。
倉庫の扉がこじ開けられており、プラスさんの魔力を超えるほどの緑色の魔力を得た巨大な化け物の反応が魔力視に映っている。
「プラスさん! 早く動いてください! 攻撃が来ます!」
「え……。ぐっ!」
僕が叫んだ時、すでに倉庫から一瞬で伸びた根がプラスさんの鳩尾を貫いていた。
「はあっ!」
僕はフルーファで根を切り裂き、プラスさんを抱きかかえ、胸の治療をする。彼女はあまりの欠損に意識を一瞬で失っていたが、緑色の魔力のおかげで死んではいなかった。
僕は『無傷』で胸の欠損を治した。服が避け、真っ白で綺麗なふわふわ乳房が露出されてしまっているのを見てしまったのは申し訳ないが、緊急事態なので許してほしい。
「主、中々にやばい状況ですよ……」
僕の頭上を飛んでいるアルブにも目の前にいる化け物が見えている。ウィリディス領の中に生えていたほとんどのマンドラゴラをアルラウネは取り込んでしまったのだ。
すべて乾燥した状態だったとはいえ、アルラウネにとって十分すぎる栄養源になってしまう。ギルドに渡した品を緑色の勇者がポーションにする予定だった品だと思われる。せっかくのウィリディス領の資源が……。すべて、アルラウネの養分になってしまった。先ほどと比べものにならないほどの魔力をその身に宿しており、他の者から魔力を奪う必要が無くなっているほどだ。
「はぁー、ほんと、こんなにあるなら最初っから言ってよー。いちいち探す手間が省けた」
倉庫は緑色の魔力によって一瞬で吹き飛ばされ、先ほどよりも緑の色が濃くなり、ほぼ黒色のアルラウネになっていた。どうやら、魔力を大量に摂取し、限界を超えた模様。
「凄い力が満ちている。これだけの魔力があれば、この国くらいすぐ壊せそう」
アルラウネは両手を広げ、とても楽しそうに足踏みしていた。あまりにも余裕の立ち姿に、僕はプラスさんを守りながらの戦闘は無理だと判断した。
「き、キース君……。私……」
プラスさんは意識を軽く取り戻した。だが、超勇者状態はすでに解除されてしまっていた。体が震え、魔力を過剰に取り入れた後遺症も出ている。
「プラスさん。安心してください。あの化け物は僕が倒します。今は休んでいてください」
「で、でも……。あんな黒いアルラウネなんて……倒せっこないよ」
「やってみないとわかりません。ともかく、あの化け物をこの領土から出さないと……」
「うぅーん、その雑魚は放っておいて、早くやろうよ。話合いなんかするつもりはないけど、殴り合いならしてもいいよ。今の私は超気分が良いからさぁ」
アルラウネは大変好戦的だった。逃げられるよりはマシだ……。




