心が軽くなって空に浮いた
「いいんですか?」
「ああ、元気をもらっているお礼だ」
「はは……。ありがとうございます」
その後、僕はいつも走っていた道を歩いて回った。
もちろん黒卵さんも一緒だ。
「いつも走っていたのにどこも知らなかった。それだけ仕事に没頭していたとも言えるけど、それ以外が見えていなかったんだ。なんか、視野が広がった気がする」
僕は天気が良い空の下を歩いているだけで心が軽くなっていた。
「別に何事にも囚われる必要ないんだ。シトラを助け出す。この目標さえ達成できればいい。アイクさんのお店で働けなかったとしても、別の道がまだあるはずだ」
方法は一つじゃない。無理して、僕が死ぬ方が問題だ。
「だからといってアイクさんの出した課題を諦めたりなんかしない。どの選択肢でも全力で取り組む。それが僕に唯一出来る選択だ」
心が軽くなったおかげで余裕が少し持てるようになっていく。
「僕は六日後に仕事が達成できなかったら死ぬみたいな心情になっていた。でも、その先があると考えられるだけでこんなに心の余裕が持てるんだ」
足が軽い、心が浮き立つ。仕事がしたくなってくる。
「心が軽いってこういう状態の時を言うのかな。んー! あの青空を自由に飛べたら気持ちがいいのかなー」
「飛んでみますか、主」
「え……。黒卵さん。どうして……。眠っていたんじゃなかったの?」
「寝ていましたよ。ただ、主の心の声に反応しただけです」
「心の声……。僕、結構心で叫んでたけど、あれじゃダメだったの?」
「主が私だけを頼りにしていたのが障壁になっていたようですね。先ほどの心の声はとてもよく聞こえました。それで、飛んでみますか?≫
「飛べるなら……。飛んでみたいかな」
「わかりました。無色魔法『無重力』」
「どわっっ!」
黒卵さんは物凄い速さで浮かび上がった。
僕が咄嗟にしがみ付いていなかったら、きっとどこかに飛んでいってしまっただろう。
「主、そんなに抱きしめられると恥ずかしいです。あと、主も『無重力』の影響を受けていますので落ちませんから安心してください」
「そ、そうなんだ」
僕達はルフス領の街の全体像が全て見えてしまうほど高い位置に浮いていた。
その場所には何もなく、ただただ広い空間が広がっているだけだった。
「今どのくらいの所にいるの?」
「地上から八八八メートルの位置にいます」
「そうなんだ……。ここまで来ると、鳥もいないね。静かすぎて落ち着かないや」
「主、私が孵るまであと、六カ月ほどです。勇者との戦いですべての魔力を使い果たしたとき、もう話せるのが孵化した後だと思っていたのですが、今こうして話せているのは主が何か変わったからかもしれません」
「確かに、僕は何か変わったのかもしれない。いや、多分気付いただけだよ。道は一つじゃないんだ。いくらでもあるんだよ」
「つまり、私と念話できているのは魔力の残量が必要だったわけじゃないという意味ですか?」
「それはわからないけど、黒卵さんに心が通じたのは偶然じゃないと思う。多分必然だよ、でも、久しぶりに黒卵さんと話せてよかった。黒卵さんが何者かはまだ分からないけど、あと六カ月間、頑張って温め続ける」
「そうしてもらえると嬉しいです。私も主と早く会いたいので頑張って魔力を溜めますね」
「今回は魔力使っているの?」
「はい。ですけど、浮くだけなのでそこまで大量に魔力を消費しません。安心してください」
「そう、よかった。あ、そうそう、黒卵さんに言っておくよ。僕、黒卵さんの力を借りないでシトラを助けるよ。僕だけの力で絶対に成し遂げるから、殻の中で応援していて」
「わかりました。私も全力で応援しますね! 主なら出来ます。何たって、私が選んだ主ですからね。大切な人を一人助けられないようじゃ、私の主には力不足です。でも、主なら絶対に達成できると確信しています」
「ありがとう、黒卵さん。僕、頑張るよ」
「私は常に傍にいますから安心してください」
「うん。それじゃあ、アイクさんのお店に戻してくれるかな。そろそろお昼なんだ」
「了解しました。急降下します」
「うわっあああ!!」
僕の体は物凄い勢いで地面に落ちていき、そのまま衝突するかと思った。
「無色魔法『無限』を発動します。対象、主と地面」
「な、なになになに! 何言っているかわからないよ!」
僕の体はアイクさんのお店前の通路に落ちていく。
落ちる速度が全く変わらず、このまま地面に衝突すれば確実に死ぬ速さだった。
「止めて、止めて、止めて!」
「主、落ちついてください。地面に絶対に当たりませんから」
「いやいやいや! この速度じゃ絶対に当たるでしょ!」
僕の体は落ちている速度のまま地面に、衝突しなかった。
「うぐ……。ん? あれ……。なにこれ、浮いてる……」
「無色魔法『無限』解除」
「へぶっ!」
僕は全身を地面に叩きつける。だが、全く痛くなかった。
「な、何だったの今の……」
僕は黒卵さんに訊いたが、寝息が返ってくるだけだった。
「もう寝てた……。寝るの早いな。久々に黒卵さんと話せて楽しかったな」
高い場所から落ち、僕の心は先ほど以上にスカッとしていた。死ぬと思ってた時は苦しかったが、今は凄い清々しい気分だ。なんか生まれ変わったような気になってくる。
僕は力強く立ち上がり、アイクさんのお店に入っていく。
「ふぅー、お腹がすきました」
「お、だいぶ良い顏になったな。散歩は気分転換になったか?」
「はい。もう、最高の気分ですよ。今なら何でもできそうな気がします!」
「そうか。ちょっと待ってろ。今、昼食を持って来てやる」
「はい!」
僕は開いている席に座り、昼食を待った。
テーブルの上にいつもと同じ料理が並べられた。
「いただきます!」
僕はいつものように料理を口に掻きこむ。
「ん! うっまああ!」
一口目を食べた時、目を見開くほど美味しく感じた。
昨日までほぼ作業だった食事があまりにも美味しいのだ。
量はいつも通り多かったが全く苦にならず、流れ込むように胃に入っていった。
今、食べた昼食の味を僕は一生忘れない。
そう思えるほど、身に沁みる味だった。
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