無心
「…………」
僕は何も考えないようにただひたすらボーっとしていた。でも、脳内で『キースさんなんて大嫌い』の言葉が連呼される。
普段、他人の悪口なんて絶対に言わないような子に言われたからか、心に受けた傷がなかなか治らない。元父親に大嫌いと言われようが何とも思わないのに、プラータちゃんに言われたらどんな傷でもすぐに治る僕の体を動かせなくなるほどの損傷を与える超火力の攻撃になるなんて……。
今日は勉強も手が付けられず、料理の味もしなかった。お風呂に浸かってもお湯の温度を感じないし、愛する者と一緒にいても心が落ち着かない。
「キース……。大丈夫?」
僕の体調を心配してくれたのか、シトラが僕に話し掛けて来た。
「うん……。問題ないよ……。体調は万全だよ……」
僕は覇気なく答えた。
「全然大丈夫じゃないですよ……。キースさんが抜け殻みたいになっちゃってます」
ミルは僕の体に抱き着き、キスしてくる。ただ、今はとてもそんな気分になれない。うっとうしいなんて言う最低な考えまで浮かんでくる。なんでなんだ。
妻にキスされて嬉しいはずなのに、なんで僕はうっとうしいなんて感情が浮かぶんだ。シトラにキスされても唇の熱をまったく感じ取れない。僕の心は完全に参っていた。
勇者順位戦で優勝したライアンと合い打ちになるほど強くなったのに、少女の『大嫌い』の一言で完全に負けている。
僕は何もしていないと腐ってしまうと思い、起き上がって夜中から仕事を始めた。休息していても何も変わらないなら仕事していた方がましだ。僕の感情関係無しにマンドラゴラは生えている。
いつ抜かれて叫び声をあげるかわからない。僕だけなら、ミルに迷惑を掛けないし、夜中のマンドラゴラは叫び声が昼間よりも弱い。麻袋を常にパンパンにしてギルドに持って行った後も駆除し続ける。
一日一区でやめていたのに、三日三晩働き続けた。頭が冴えているから余計なことを考えるんだ。
無理やり疲れさせて無駄な思考ができないようにすれば……。そんな考えをするようになり、仕事を行い続けて家にも帰らなかった。
自分もプラータちゃんと同じくらい辛い状況に陥れば多少許してもらえるだろうか。食事や睡眠を一切取らず、シトラとミルがいる家にも帰らず、僕はひたすらマンドラゴラを駆除し続けた。
何日経ったのかわからない。でも、魔力視で見えるマンドラゴラの反応は消えた。それと同時に僕の意識も途切れた。そんな時、頭の中でアルブの声が聞こえた。
「精神疲労が限界を迎えたためスキル『無心』を獲得しました」
次、僕が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
「キースさん……。目が覚めましたか?」
ミルは椅子に座り、ボロボロと泣いていた。
「キース……」
シトラも椅子に座りながら目の下が赤くなるほど泣いていた。
「えっと……。僕は……いったいどうなったの……」
「キースさんは一八日動き続けて倒れちゃったんですよ。病院に運び込まれたと知った時はもう、頭が真っ白になって……」
ミルは僕の手を握りながら頬に手を当てる。
「キース、なんで帰ってこなかったの……。何でもっと休もうとしなかったの。あなたが望むなら、私は何でもする。子供だって何人も産むわよ。家に帰りたくなかったってこと?」
「いや……。家に帰りたくなかったわけじゃない。ただ、家に帰れなかっただけだよ。今の僕がいてもミルとシトラを悲しませるだけだと思った。僕、ミルとシトラにキスされても嬉しいどころかうっとうしいって思ってしまったんだ……。何でそんなことを思うのか理解できなくて仕事を無我夢中でした。毎日毎日会っていたらミルとシトラのありがたみがわからなくなったんじゃないかとか、少し離れたら元に戻るかもとか……。考えていたら帰れなくなった。ごめん……。プラータちゃんが僕に言い放った『大嫌い』の言葉が僕を狂わせているんだ……。絶不調が仕事のし過ぎで倒れて治ってくれていたらいいんだけど……」
「キースさんは物凄く強いですから心まで強いって勝手に思っていました……。でも、ぼくが思っていたより、キースさんの心は凄く弱かったんですね」
「キースの心は身よりも強いなんて勝手に思ってたわ。家での仕打ちに耐えられた精神ならどんなことを言われても平気だと思ってた……」
「僕だってそうだよ。並大抵のことじゃ僕は傷つかない。気持ち悪いとか、弱いとか、そんな言葉を掛けられても何ら傷を負わないはずなのに、プラータちゃんの『大嫌い』の言葉でここまで傷を負っているんだ。もう訳がわからないよ……。僕はどうしたらいいんだ」
「キースさん、やっと相談してくれましたね。ぼく達は仲間であり夫婦なんですよ。何か困ったことがあったら相談してください。確かにキースさんに比べたらぼくはとてもとても頼りないかもしれません。でも、昔は弱くて逃げてばかりでどん底にいたぼくは中々強い精神を持っています。キースさんの弱い部分を補えるなんてやっぱりぼくたちは結婚する運命だったんですよ」
ミルは僕の手をしっかりと握り、微笑んでいた。
「ごめん、キース。私、あなたの強さに甘えていた。本当は支えないといけないのに、支えられてばかりで……。一人で抱え込まないで、辛い気持ちも三等分すればキースの重荷が少し減るでしょ。だから、困ったことがあったら何でも相談して。どんな相談でもいい。ほんの些細な悩み事でも聞くから」
シトラは優しく笑い、僕の手をしっかりと握る。
「ミル、シトラ……」
僕は両者に手を握られ、手の平が暖かく心がじんわりと暖かくなる。
「こうなったら、キースさんの不調の原因であるプラータちゃんに会いに行きましょう! ぼくとシトラさんが邪魔者なのだとしたらプラータちゃんとしっかりと話し合って打ち解け会えたらキースさんの気持ちも楽になるんじゃないですか?」
「そうね。キースにとってプラータちゃんはきっと大切な相手なのよ。そんなプラータちゃんが私とミルの存在を否定しているからキースは辛いと思っているんじゃないかしら? 大嫌いと言った理由だって、キースが私達と一緒にいて幸せそうにしていたからかもしれない。なにはともあれ、プラータちゃんとしっかりと話し合いましょう」
僕はお医者さんに精神安定剤を飲まされた。効くのかわからないが、何も飲まないよりはましになった気がする。
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