心が重い
僕はプラスさんの品がどれだけの者を幸せにするのかよく理解した。加えて、僕たちが使うと歯止めが利かなくなると言うこともわかった。二人を苦しめないようにせっかく手加減を覚えたのに、制御できないので、とても良いが相手を壊してしまったら意味がない。使用は控えないといけないな。
次の日の朝。
「ごめん、二人共……。僕の精神が弱いから二人を苦しめてしまった……」
僕はシトラとミルに頭を下げる。
「ううん……。キースは何も悪くないわ。逆に私もごめんなさい……。性奴隷なのにキースを幸せな気持ちにさせることすらできないなんて……。妻としても失格だわ」
シトラも僕に頭を下げてきた。
「うぅ……。ぼくもすみません。ぼく、猫族なのに……。キースさんに愛されて嬉しいのに、昨日は飛ばされすぎて記憶があいまいです……。もう、ずっとずっとあの世とこの世を行き来していました。避妊具でこんなに変わるんですね。たまにならいいですけど、普段はリーフさんが作った品の方がいいかもしれないです」
「そうね。あっちの方がまだ耐えられるし、愛し合ってる感があるわ。昨日のはもう、獣だったわね……。あれじゃあ、幸せとは言えない」
シトラとミルも僕と同じようなことを思っていた。
朝一番の優しいキスをして心を一つにまとめた後、お風呂に入って体を洗う。
今日は雨だった。どんよりと暗い雲が領土の真上に広がり、大変気持ちが落ち込む。
「今日は家に帰ってゆっくりしようか。プラータちゃんのこととか、アルラウネのこととか、心配事が多くて疲れているんだよ。甘いケーキでも食べながら、休日を楽しもう」
「ええ、そうね。体は疲れていないけど、心がすごく疲れているみたい」
「うぅ……。ぼくの取り得の元気が……。でません……」
ミルは耳をヘたらせ、尻尾を下げていた。日のように元気が取り柄のミルが沈んでいるなんて珍しい。でも、その気持ちもわかる。雨のせいもあるだろう。
僕たちは朝からケーキを買い、少しでも気持ちをあげる。甘いお菓子と香りが良い紅茶に珈琲で優雅な朝を楽しんだ。雨が草木に当たるポツポツと言う和音を聞き、心を静める。
僕は半日瞑想をして、心が大分洗われた。脳内に流れる不安や辛い気持ち、焦りなどを外部から除くようにただひたすら呼吸に集中し、今を感じる。
「えっと、主……。魔力が溜まりすぎて主の上だけ晴れちゃっています……」
アルブは僕の頭上を飛んでいた。上を向くと、無色の魔力がのろしのように上がり、どす黒い雲を押し広げて陽光を差し込ませている。
「ほんとだ……。アルブ、僕の無色の魔力を食べていいよ」
「ありがとうございます!」
アルブは僕の無色の魔力を体に集め、吸収する。すると、開いていた雲の穴が塞がり、光は閉ざされた。
「ふぅ~。お腹いっぱいですう~」
アルブは尻尾を振りながら、翼を動かす。アルブももうすぐ一歳の誕生日なので体が少しずつ大きくなっているような気がしていた。
「いただきます」
昼食を皆で食し、元気を補充する。
料理は活力を得るために必要なので、沢山食し、体を癒す。なにが必要なのか。今、どうするのが正解なのか。僕にはわからない。
でも、そんなことで何もせずにいるわけにはいかない。こんな時にでもアルラウネが来る可能性は十分あり得るのだ。
最悪、どうしようもないくらい落ち込んでいる時に来る可能性すらある。もう、ほんの些細な一言で人の体や心は上手く動かなくなってしまうんだと知った。僕の体と心はプラータちゃんに言われた『大嫌い』の一言でどうしようもないほど動かない。
「……なんで、僕はこんなに落ち込んでいるんだろう。あのプラータちゃんに大嫌いと言われたからかな。でも、嫌いと言われて傷つくほど僕の心は弱くないと思うんだけど」
五歳児のころから腐った卵を家の者達から投げつけられ、実の父親から罵倒を聞かされていた僕は一二歳の少女に言われた『大嫌い』の一言で傷つくほどやわじゃないはず……。なのに、自分でも驚くほど心が抉られていた。
「キースさんなんて大嫌い……。キースさんなんて大嫌い……か」
僕は草原の上で瞑想をしていたが、身が重い。心が重いからだろうか。立ち上がって剣を振っても身が入らない。
「はぁ……。プラータちゃん……」
僕はプラータちゃんの行動を変えられるとか、生活をよくできるとか、大見え切っていたが実際は何もできていない。なんなら、僕に何かされるたびに彼女を嫌な気持ちにさせてしまう。何もできないことが悔しいのかな……。わからない。
「キースさん、一緒に鍛錬をしてもいいですか?」
ミルは僕のもとにやって来た。
「うん、良いよ。でも、今の僕は心が重いからいつもより弱いかもしれない」
僕はミルと組手を行い、ミルに攻撃を何発も受けた。いつもより集中力が続いていない。こういう日もあるのかと今までに経験した覚えが無いくらい絶不調だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。キースさん。いつもより確実に体調が悪いですね」
「ミルもそう思う? 僕もそう思っているんだ。だから、身が引き締まらないと言うか、判断能力が鈍っていると言うか……。しっかりと食事をとって眠って休息を得ているのに何で僕はこんなに不調なんだろう。訳がわからない……」
僕の体調は万全だ。疲れていないし、魔力も乱れていない、いつもなら完璧な状態に近いのに、調子が全然出ない。ほんと、なんでなんだろう。もどかしくてもどかしくてどうにかなってしまいそうだ。
「あぁ……。気持ちが悪い。調子が良いのに悪いってわけがわからない。ただの少女に『大嫌い』と言われただけじゃないか。それをいつまでも気にしていても仕方がない」
僕は雨に濡れながら体を左右に動かし、心の声を外に出す。
「あぁ、自分で自分がわからなくなってきた……。プラータちゃんに謝ったところで彼女が僕のことを嫌いなことは変わらないし、何もしないでと言われたし、でも、何もしないでという割にものすごく辛そうだったし、どうしたらいいんだ」
僕の頭はごちゃごちゃでいっぱいになり、何も手が付かなくなった。




