寂しい気分
「でも、今日だけで昨日の自分とは全くの別人に変われた気がします。明日もまた来ます。あ、料理を食べていってもいいですか? 家で一人で食べてもつまらないので……」
プラスさんは僕達の家で夕食にしたいと言って来た。
「わかりました。シトラ、四人分の食材はある?」
「ええ、あるわよ。じゃあ作るわね」
「ありがとうございます!」
プラスさんは大きな声を出してシトラに感謝していた。
「じゃあ、料理が出来るまで筋力の鍛錬と行きましょうか」
「……」
プラスさんは僕が前に来ると、泣きそうな顔になった。残念ながら逃がす気はない。
「ふぐぐぐぐっ! ふぐぐぐぐぐっ!」
プラスさんの体を何倍も重くして屈伸運動を行ってもらう。太ももがパンパンに膨れ、今にもはち切れそうだ。元から細かったプラスさんは少し鍛錬しただけで体の限界に達し、立てなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。も、もう、無理です……」
「じゃあ、あと一回だけ上がりましょう。限界を一回でも越えれば強くなれます」
「はぁ、はぁ、はぁ……。ふぐぐぐぐぐぐぐ!」
プラスさんは体を無理やり持ち上げ、限界を超えた。二回、三回と限界を超えていく。
「も、もーむり、絶対無理。これ以上やったら死んじゃいますぅっ!」
プラスさんは脚がプルプルと震えるほど全力で取り組み、しっかりと全力を出し切ったようだ。
「お疲れ様です。今日のところは終わりにしましょう」
僕はプラスさんに肩を貸し、共に家の中に入った。そのまま手洗いうがいをしてもらったあと、椅子に座らせる。
僕とシトラ、ミル、プラスさん、アルブの五名で夕食を取った。今日も肉料とスープ、サラダと言う健康的な品々が並んでいる。
「プラスさんは家に誰かいないんですか?」
「う……。な、なんか突き刺さりますね、その質問……」
プラスさんは焼かれた肉を食し、苦笑いを浮かべた。
「だって、夕食時に家に帰らないなんて、良いのかなと思って……」
「私は独り身です。両親や祖父母、兄妹もいません。今年で二○歳なんですけど、師匠曰く、丁度アルラウネが来た頃に両親ともども亡くなったそうです。私だけは勇者に成れるくらい幻覚魔法に耐性があったので、生きていました。師匠に拾われて今まで生きてきたんですけど……」
プラスさんは食の手が止まる。
「な、なんかすみません。辛い過去を言わせてしまって……」
「いえ、両親が死んだときなんてゼロ歳ですし、記憶なんてありません。両親の顔もわかりませんし、別に悲しくはないです。でも、マンドラゴラの駆除をしていた師匠が意識不明の重体になってしまって……。病院に寝た切りになっているので家に帰っても誰もいないんです。一人じゃ寂しくて……こうやって一緒に食べる相手がいると安心すると言うか。もう、ほんと弱いですね、私……」
プラスさんは苦笑いを浮かべながら、肉を食す。
「プラスさん、寂しかったらいつでもここに来てください。一人でいるのは寂しいと僕達もわかりますから、いつでも歓迎しますよ」
シトラとミルはコクリと頷いた。孤独の辛さを皆体感しているので、プラスさんの想いが痛いほどよくわかった。
「皆さん……。うぅ、ありがとうございますぅ……」
プラスさんは顔をくしゃくしゃにしながら泣き、シトラの料理を食す。
そのまま、家に泊って行くことになった。客間もあるので問題ない。シトラとミルはプラスさんと女子同士の話し合いを楽しみ、とても盛り上がっていた。
僕は疎外感を得ながら一人勉強、そのまま鍛錬に移る。
午後一〇時頃。シトラとミルはすでに眠ったのか、外にプラスさんがやって来た。
「き、キースさん、いつまで鍛錬をしているんですか?」
「え? 朝までですけど」
「朝……。だ、駄目ですよ、ちゃんと寝ないと。疲れも取れませんし、危険です」
「心配しないでください。僕の体はちょっと特殊なので、三日間は寝なくても問題ないんです。僕は色々遅れていますし、皆が寝ている時に鍛錬して強くなるんです。プラスさんは眠れないんですか?」
「そ、その……。私、不眠症気味で……。えっと、マンドラゴラの後遺症と言うか、叫び声を聞きすぎると寝れなくなるんです。私は耐性を持っているので、薬を飲めば寝られるんですけど、飲み過ぎると癖になるのでなるべく飲まないようにしていて……」
「緑色の勇者さんも大変なんですね。でも、後遺症なら、消せると思います。明日にプラスさんの師匠が寝ている病院に行きましょう。昏睡状態でも治せるはずです」
「えぇ……。ど、どうやって……」
プラスさんは目を細め、僕を疑うような視線を向ける。
「まあ、方法は教えられませんけど、今からプラスさんの頭に残っているマンドラゴラの後遺症を消します」
僕は両手でプラスさんの頭に触れた。『無傷』で後遺症を負う前の状態に戻す。
「え……。耳鳴りが消えた……。す、すごい。耳鳴りが消えました!」
プラスさんは目をかっぴらき、両手を耳の後ろに当てて自然の音を取り込んでいる。
「あぁ……。静かだぁ……。凄い、凄いよ……」
プラスさんは自然と瞳から涙を流し、僕の体にムギュっと抱き着いてきた。年齢は三年離れているが、僕の方が身長が一八センチメートルほど高いので、胸にプラスさんのデコが当たる。
「プラスさん、そこまで喜んでもらえるとは思っていませんでした」
「もう、ずっとずっと耳鳴りが鳴っていたんです。ギャーって言う音がずーーーーっと。もう、慣れたと思っていたけど、全然慣れてなかったみたいです。ありがとうございます、キースさん。もう、本当にありがとうございます!」
プラスさんは何度も頭を下げてきた。
「えっと、プラスさんの方が年上ですし、勇者さんなんですから、敬語じゃなくてもいいですよ」
僕は勇者の方に敬語を使わせるのは何とも申し訳なかった。
「そ、そう? じゃあ、普通に話してもいい?」
プラスさんは顔を上げ訊いてきた。
「はい。構いません」
「わかった。じゃあ、普通に話すようにするね。キース君」
プラスさんは満面の笑みを浮かべながら、頭を下げ、部屋に戻って行った。
「さて、僕は鍛錬を続けるとするか」
僕はアダマスとフルーファを振るい、力を付ける。




