旅館の夜
僕達は窓から見える綺麗な街並みを堪能した。
少し高い位置から領土を見るだけでやはり美しい街だと改めて思わされる。緑が目に優しく、木材やレンガの建物の親和性が心地良かった。
領土を見ながらお茶を飲むだけで心が落ち着く。老後はウィリディス領で過ごすのもいいな。
午後七時、襖が叩かれ、料理が出て来た。
野菜から始まり、汁物、魚、肉、という順番で料理が運ばれてくる。一品の量が少ないのは以前と同じだが、たまにはガツガツした食事ではなくお洒落な料理でもいいじゃないかというシトラの言葉を借りて、今回も同じ用な品にした。
シトラとミルは周りに誰もいない状況の為、以前よりも寛ぎ、料理をおいしそうに食している。その顔を見れただけで僕は十分幸せだ。
麦類から作られた蒸留酒をいただき、シトラとミルと乾杯した。
「くぅぅ……。蒸留酒はやっぱりきついですね~」
ミルは氷が入ったガラス製のグラスに黄金色に輝く蒸留酒をそのまま入れ、チビチビ飲んでいた。
「ミルちゃんはそのまま飲んでるからでしょ。私みたいに水で割りなさいよ」
シトラはミルと同じグラスに水と蒸留酒を一対一の割合で薄めて飲んでいた。
僕は宿の方にお勧めされたお茶割りで蒸留酒を飲んでいる。お茶の苦味と蒸留酒の飲みにくさが丁度良い具合に噛み合って緩和され、グイグイ飲めてしまう。ただ、飲み過ぎは駄目なので節度を持って楽しんだ。
食事を終えた後はお風呂なのだが……。
「あぁ……。蒸留酒は慣れてないせいか、酔うのが速いですぅ……」
ミルは頬を赤らめ、軽く酔っぱらっていた。
僕は水を沢山飲んでもらい、胃の中でアルコール濃度を下げてもらう。すると、ある程度緩和され、お風呂に入れる状態になった。
「キースさん、キースさん。ぬがせてくーださい」
ミルはピョンピョン飛び跳ねながら僕のもとにやってくる。軽く酔っているので恥ずかしい行いが出来るようだ。
「もう、服くらい自分で脱げるでしょ」
「ぬげませ~ん」
ミルは笑顔のまま顔を振って呟いた。
「まったく、仕方ないな……。後ろを向いて」
「えぇ~、もう、キースさんは恥ずかしがり屋さんなんだから~」
ミルは僕に背を向ける。尻尾が立ち、耳がへたり込んでいるので気持ちは落ち着いており、先を期待していると思われる。
僕の方が身長は高く、ミルの方が三〇センチメートルは低いので背後に立つとミルの頭のてっぺんが僕の顎辺りに来る。つまり、ミルの耳が丁度良い場所に来るのだ。
「ミル……」
僕は耳元で妻の名前を呟いた。耳が良いミルにとって至近距離で囁かれると相当うるさく聞こえてしまうので、本当に小さな声で。この時、軽く抱き着いてあげると彼女は大変喜ぶ。
「ひゃいっ!」
ミルは僕の顎に頭突きしないよう、腰を引いた。
「これじゃあ、脱がせられないよ。しっかりと立って」
「うぅ……。キースさんも酔っぱらっちゃっていじわるな性格になっちゃっていますぅ」
「僕は全然酔っぱらっていないよ……。ミルの匂いを嗅いでちょっとフラフラするくらいだ」
「完全に酔っぱらっちゃっていますよ……」
「あんたたち、のろけてないでさっさと脱ぎなさいよ」
後方から噛みつかれそうな鋭い視線を食らい、僕とミルはさっさと脱いだ。
お風呂場に入り、ヒノキ風呂にお湯が溜まっていたので桶を持ってお湯を掬う。体に付いた汗や汚れをお湯で落としてから浴槽に浸かった。
「はぁ……、温かい……」
僕はミルを股の間に置き、軽く抱えるようにお湯に浸かっていた。
「はぁ……。ほんと、温かいですねぇ……」
ミルは耳をパタパタさせて微笑む。
「…………」
シトラは頬を膨らませ、僕達の方を見ていた。
「どうかしたの?」
僕は少々ご立腹のシトラの方を見ながら声をかけた。
「いや……。仲がいいなと思って」
シトラは僕から視線を反らし、不貞腐れる。
彼女は嫉妬心が強いので、僕とミルが長い間くっ付いているとむくれてしまうのだ。
「シトラさん、変わってほしいなら言ってくださいよ~。ぼくは一日中でもキースさんに甘えられちゃう性格なんですから」
ミルはシトラよりも甘え上手なので、僕と距離が近い。ただ、シトラは甘えるのが下手なので僕と距離が遠い。
シトラも甘えてくれればいいのだが、狼の習性なのか、はたまた誇りがあるのか、滅多に甘えることはない。
「……か、変わって」
シトラは耳をヘたらせながらぼそぼそと呟く。通常の聴覚では聞き取るのが難しそうな小さな声だったが、ミルは耳が良いので容易に聞き取っていた。
「どうぞどうぞ~。安心感と温もり、愛情、何もかもがそろっている超安全地帯ですよ」
ミルは僕の右隣に移動した。
「…………」
シトラはザバっと立ち上がり、僕の前に来て大きな水しぶきが立つほどの勢いで座る。でも三〇センチメートルほど距離が開いていた。
僕はシトラの脚裏に手を伸ばし、ぐっと抱き寄せる。
「ちょ……。近すぎ……」
「僕は大好きなシトラにもっと近づきたいんだ……」
僕はシトラの体をそっと抱きしめる。ものすごく力が強いのに、体は華奢でどことなく柔らかい。
「うぅ……。酔っぱらい過ぎ……」
僕達はお風呂の中で温まった。もう、春に近づいてきているが夜はまだ肌寒い。でも、お風呂に入ったおかげで芯の内側からポカポカだ。
僕はシトラを優しく抱きしめながら左手で上半身を右手で下半身を優しく撫でる。熱り、汗が滲み出したころの首筋に軽くキスして可愛がった。
「ちょ、キース……。まだ、お風呂だから……」
「なんで……。お風呂でシトラを撫でちゃいけないの……」
「そ、そう言う訳じゃないけど……。こ、心の準備が……」
「シトラはいつまでも初々しいね。そう言うところがすごくそそられるよ……」
僕はシトラを可愛がってきた経験から彼女が好きな撫で方を優しく繰り返す。決して強く触らず、じっくり丁寧に焦らしながら……。
それだけでシトラの甘い声がお風呂場に響いた。天使のラッパのようでいくら聞いても飽きない。
「ほんと、シトラは良い声で鳴くね……。もっと聞かせてほしいな」
「はわわ……。き、キースさんが完全に色気むんむん状態になっています。し、シトラさん、キースさんから離れないと今すぐにでも食べられちゃいますよ」
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