お金の価値
僕達は終始微笑みながら喫茶店で時間を使い、一時間ほど経った頃、お店を出た。
その後、大聖堂に向かう反対側のお店を見て回り、次の旅行に着ていく服や身に着ける小物などを選んだ。
シトラやミルが素肌を曝した服ばかり選ぼうとするのを止め、高級な宝石が付いたネックレスや指輪を買いそうになるのも止めた。
お金があったら買いたいものが買える。だが、その品を買って意味があるのか考えてもらうと二名は何も買う気にならなかった。
「はぁ~。お金があっても本当に必要なものはもうそろっちゃっているんですよね……」
「使わなければ使わないだけお金が貯まっていく。いいことじゃない。でも、お金の心配がなくなると生活が味気ないような気がするわ……。特段欲しい物もないし」
ミルとシトラは買い物をしようとしても買う品が無いと言って不貞腐れていた。
僕は屋台で売られていた魔物の肉串を四本買った。一本銅貨五枚で大きな肉が付いている。味付けは塩で、ミルとシトラの服が汚れる心配もない。
「ミル、シトラ、はいどうぞ。小腹が空いて来てるんじゃないかな?」
「うわ~! キースさん、ありがとうございますっ!」
ミルは肉串を手に取り、齧り付いた。
「なによ。気が利くじゃない」
シトラも肉串を持ち、美味しそうに頬張る。
僕はアルブに肉串を食べさせながら僕も食した。金貨一〇〇〇枚の指輪を買ってあげるのと肉串を一本買ってあげると言う行為の違いは何だろうか。
違いは値段でしかない。あげたいと言う気持ちはどちらも同じだ。相手が喜んでくれる度合は値段によって決まるのだろうか。
「ミル。金貨一〇〇〇枚の指輪と銅貨五枚の肉串だったらどっちが貰って嬉しい?」
「金貨一〇〇〇枚の指輪ですかね」
「なんで?」
「なんでって言われても……。それだけ愛されているんだなって思えるからですかね……」
「じゃあ、金貨一〇〇〇枚の指輪と金貨一〇〇〇枚のネックレスだったらどっちが嬉しい?」
「えぇ……。ど、どっちでもいいんですけど……」
「じゃあじゃあ、金貨一〇〇〇枚の指輪と金貨一〇〇〇枚のネックレスと肉串だったらどれが欲しい?」
「……肉串ですかね」
ミルは肉串を選んだ。
「えぇ~。なんでなんで~」
僕はミルの答えが変わっていることに疑問を得た。
「指輪とネックレスがいらないなって思ったら肉串が欲しくなりました」
「なるほどね。そう言う考えになるんだ。物の価値って不思議だね。世の中には金貨一〇〇〇枚の品じゃなくて肉串を選ぶ者もいるんだよ」
「ほんとですね。ぼく、ものすごくお腹が空いている時なら迷わず肉串を選ぶかもしれません。少し考えれば指輪を貰って売ればお金が手に入るのに」
「つまり、キースは何が言いたいの?」
シトラは僕に訊いてきた。
「僕はお金があれば幸せなんだろうなって思っていたけど、そうでもないんだなって」
「……確かにね」
シトラは頷き、肉串を見つめていた。
「私達には煌びやかな宝石やネックレスなんて必要ないのよ。肉串を躊躇なく買って食べられるって言う生活で十分。高望みはしないわ」
シトラは肉串を食し、ただの串をゴミ箱に捨てる。ゴミ箱が設置されているおかげで街が綺麗に保たれているのだ。
僕達は屋台を回り、食べ歩きを楽しんだ。夕食が入るくらいの胃の隙間を開けておく。午後六時頃に今夜の宿に向かった。
「おぉ~。古き良き旅館って感じがします。クサントス領の温泉宿に似てますね」
「そうね。真似て作ったのかもしれないわね」
ミルとシトラは宿を見て微笑みを浮かべる。
僕達は宿の中に入り、受付に向かった。
予約した僕の名前を言い、女将さんに部屋まで連れて行ってもらう。
木製の廊下を歩き、階段を上がっていく。上階の部屋にやってくると、菊の間と言う部屋に到着した。
襖を開けると靴を脱ぐ玄関があり、目の前にある襖を開けると畳が敷かれた部屋にやって来た。
とても落ち着く部屋で広い。食堂兼広間だそうだ。別の襖を開けると寝室があり、他の場所にヒノキ風呂も完備されていた。トイレも付いており、部屋から出ることなく、くつろげる。
「では後ほど夕食の料理をお持ちいたします」
宿の女将さんは頭を下げ、襖を閉めた。
「あぁ~、畳はやっぱり落ち着きます~」
ミルは畳の部屋に入るや否や寝転がり、ゴロゴロと転がる。そのまま、眠ってしまいそうなほど寛ぎ始めた。
「ふぅ……。いい宿じゃない。今回も奮発したのね」
シトラは荷物をローテーブルに置き、上着を脱いでハンガーにかけた。
「まあね。八日に一度の旅行だし、宿は良い場所がいいかなと思って」
僕はアルブを抱き、背中を撫でながらあやす。
「ぼくは高級な宿じゃなくてもいいんですよ。愛の宿でも全然かまいません」
ミルはごろごろと転がってきて両手を握りながら招き猫のような恰好になっている。そのまま、僕にちょっかいを掛けて来て本物の猫のようにお腹を見せていた。
「ミルちゃん、はしたないわよ。そんなに好き好きって言ってたら疲れちゃうでしょ」
シトラはお湯を沸かし、急須にお茶を入れる。
「だ、だってぇ~。もう、我慢して四日目なんですよ。ぼくの限界ギリギリなんです」
「はぁ……。欲求を制御できるようにならないと大人とは言えないわよ」
「うぅ~、そんなこと言われても……」
僕はしゃがみ、ミルのお腹を優しく撫でる。
「あぁ……。き、キースさんの優しい手つき……」
ミルは瞳孔を広げながら耳をヘたらせ、僕を見てくる。とても幼く見え、年齢が下がったような雰囲気だ。それだけミルが童顔だと言うことか。まあ、僕もミルのことを言えないのだけど……。
「ミル、美味しい食事のことを考えてごらん。少しは気がまぎれるよ」
「お、美味しい食事……。え、えっと、えっと……。あぁ、だ、駄目です……。もう、ソーセージのことで頭がいっぱいです……。ゴツゴツしていてぱっつぱつで口に入りきらなくらい立派なソーセージのことしか考えられませんっ!」
ミルは腸の肉詰めが大好きなので、目をギンギンにしながら叫ぶ。シトラは頬を赤らめ、僕は溜息が出た。
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