伝えられることを話す
「うう……。キースさん、ぼく、演劇を見るの初めてですけど、すごく面白かったです」
ミルはどれだけ涙を流したのかわからないほど泣いていた。目の下が赤く腫れている。
「ううぅ……」
シトラも涙を流しており、顔がグチャグチャになっていた。
――二人共涙もろいんだな。
アルブは僕の膝の上で眠っており、尻尾を振っていた。静かな場所だからか、とても心地が良いようだ。
僕はハンカチを一枚しかもっていなかった。これをどちらに渡すかで二名の気分が大きく変わる。そう思うと、裂くしかなかった。
「二人共、ハンカチ、使う?」
「は、はい」
ミルは裂かれたハンカチを持ち、涙を拭いた。
「ええ……」
シトラもハンカチを持ち、眼元に当てる。どちらも涙をぬぐい、僕の肩に寄り添って来た。僕の選択は間違っていないらしい。
演劇を見た後、お昼をとっくに過ぎていると気づいた。現在の時刻は午後三時。
「喫茶店にでも入ろうか」
「いいですね。甘いケーキが食べたくなる時間帯です!」
ミルはケーキを想像し、舌をペロリと出して口の中を潤わす。
「あんまり食べすぎると太るわよ」
シトラはミルに聞こええる声で呟いた。
「う、運動すればいいんです!」
ミルは大きな声を出し、シトラの言葉を無視した。
僕達は喫茶店に入り、ケーキと紅茶を頼む。
「んー、美味しいです」
ミルは頬に手を置き、幸せそうに微笑んだ。
「ほんと、この美味しさには勝てないわね」
シトラもなんだかんだ言いながらケーキを食べていた。お菓子の魔力に勝てなかったらしい。
「はむ、はむ、はむ。んーっ」
アルブは僕が差し出したスプーンに乗っているケーキを食す。鉄製のスプーンも食べてしまいそうになっていた。食い意地が強く、無くなったらもっと欲しがる。
僕はケーキを一度も食べることなく、アルブに全て食べられた。
「ああ、無くなっちゃった。アルブの食いしん坊」
僕はアルブに頭を撫でる。
「えへへー。美味しすぎてつい」
アルブは尻尾を振り、謝って来た。
「キースさん、ぼくの分を食べますか……」
「私のも食べる?」
ミルとシトラは僕にケーキを分けてくれた。ただ、僕の意志で食べられず、スプーンに乗った品しか食べられない。
「ありがとう、すごく美味しいよ」
僕はミルとシトラに微笑みかけた。
三時のおやつを食べ終わり、僕達は辺りを散策する。シトラとミルは僕と腕を組み、ほくほく顔で歩いている。僕は物凄く歩きにくいのだけど……。
「キースさんと何も気にせずデート出来て最高に楽しいですっ」
ミルは尻尾を振りながら笑っていた。
「ま、まあ、一緒に歩いているだけでも馬鹿みたいに楽しいって言う気持ちになるのはキースのせいなのかもね……」
シトラは視線を反らす。尻尾は大きく揺れていた。
「はは……。二人共、くっ付きすぎて歩きにくくない?」
「全然」
ミルとシトラは息ピッタリに言う。
「そう……。ならいいや」
僕達は夕暮れ時になるまでウィリディス領の街を歩いた。
歩き疲れた僕達は朝の間に取っておいた宿に戻る。宿の料理は食べ放題らしく、多くの料理から皿に移して食べる方式だった。
「ハグハグハグハグっ! んんーっ、美味しいです。たくさん食べて体力をつけないと」
ミルは片っ端から料理をとり、頬がパンパンになるまで食べていた。
「ハム……。ハム……。ハム……。美味しいわね」
シトラは優雅に食べているものの、更に盛り付けてある量はミルとほぼ同じで、大食いなのは変わらない。
「アルブは節度を持って食べようね」
僕はアルブの口もとにソーセージを持って行く。
「はいっ!」
アルブはソーセージを咥えた。パクパクと食べていきあっと言う間に無くなる。アルブはいくらでも食べられるのでここにある料理が全てなくなってしまう可能性があった。でも、僕が食べさせることでアルブの食べる量を制限できる。アルブも満足してくれているので、問題なさそうだ。
「……アルブだけいいなー」
ミルは目を細めながら呟いた。
「アルブちゃんだけ、全部キースに食べさせてもらってる……。ずるい」
「私はまだ赤ちゃんなので主に手を貸してもらわないといけないんですー」
アルブは僕のもとに擦り寄ってきて尻尾を振る。
「アルブは料理をいくらでも食べられるから量を制限しないといけないんだ。一気に食べたら味気ないと思うし、僕が食べさせてあげた方がアルブも喜ぶ」
僕はアルブの背中を撫でる。
「私にもあーんってしてください」
ミルはソーセージを指さした。
「別にいいけど……」
僕はフォークをソーセージに突き刺し、ミルの口に持って行く。
「はーむぅ」
ミルはソーセージをパクリと咥えた。
「ふふ……。可愛い大きさですね。キースさんのとは大違いです」
「なんの話をしているのかな……」
僕は苦笑いを浮かべ、頬を膨らませているシトラにソーセージを持って行く。
「ハム……。キースのもこれくらいだったら可愛げがあったのに……」
「シトラも、何の話をしているのかな」
僕達は夕食を終え、借りた部屋に戻る。お風呂とトイレが付いており、大きなベッドが一台。部屋の雰囲気はとても清潔感にあふれ、貴族の屋敷の一室みたいだった。
僕達はお風呂のお湯を溜め、脱衣所で服を脱ぐ。使った服や下着は籠の中に入れ、布を持ってお風呂場に足裏を付ける。白い湯気が立ち上り、三人で入っても余裕で脚が伸ばせる広さの浴槽に浸かった。
「はぁー。沁みる……。疲れた足に効くよ」
僕はお湯の心地よさを得る。
「はぁー、本当ですね。キースさんと一緒に入っているともっと気持ちいいです」
ミルは未だに僕の腕に捕まっていた。
「ほんとね。でも、安心できる相手と一緒にいられるのが一番心地いいわね」
シトラは僕の肩に頭を置き、微笑む。
「そうだね。二人と旅が出来て、僕は幸せ者だよ」
僕は今得られる幸せをしっかりと噛み締め、この時間を大切にしよう。
「ミル、シトラ。大好きだよ」
僕は二人が喜ぶ言葉を呟いた。気持ちは出来る限り伝えた方がいいと思い、言える時に伝えている。
「ぼくもキースさんが大好きですっ!」
ミルは悦び過ぎて水がパシャバシャと跳ねるほど動く。
「も、もう、今さら何言ってるのよ……。まあ、私も好きだけど……」
シトラは恥ずかしそうに呟いた。二人が僕を好いてくれていると思うだけで心が温かくなる。
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