アイクさんの奥さん
「あ、ごめんごめん。ずっと顔隠したままだったね」
その人はフードを外した。すると、顔が現れる。藍色の瞳と髪の毛だった。どうやら三原色の魔力を二種類以上持っている方らしい。
――す、すごい。藍色の勇者以外で藍色の髪の人を初めて見た。
「このフードの中だけ、周りから見えないように魔法を掛けてたんだ。『藍色魔法:ミラージュ』と言う魔法をね」
その人の顔は好青年で、年齢は僕よりも年上だがそこまで遠くない。一八歳くらいだろうか、眼は大きく二重で切れ長、顔の輪郭もスッとしており、小顔だ。さすがにカッコいいとしか言い表せない。
どこか底知れない感情を持っているような深い瞳。ただ見られるだけで吸い込まれそうになる。
「君は苦労しそうだから、このお金は取っておくといいよ。拾ったと思いな」
「で、でも……。僕、拾ったお金は騎士団にとどけに行くたちなので……」
「プ……。何それ。お金拾ってとどけに行くって言った人初めて見た。なら、このお金は君にあげる。それならいいでしょ」
「でも、働いてないのにお金を貰うのは、ちょっと無理ですね」
藍色の髪をした男性は口を開けて言葉が詰まった。その後、口角が引きつったように動き、カッコいい顏が少し怖くなる。
「止めとけ、リーク。お前も相当変わり者だが、そっちの芋虫も相当変わり者だ。と言うか、その気持ち悪いにやつき顔を止めろ。その笑い方のせいでどれだけの女に逃げられてきたんだ」
「ちょ! 別にしたくてしていませんよ。職業柄笑わないようにしてたら、不意に笑えなくなったんです。今の言葉がちょっと面白過ぎて。魔力を持っていないのに他人からの援助を断る人も初めて見ました。まあ、三原色の魔力を持っていない人に会うことじたい初めてなんですけどね」
「ま、人の考え方なんて同じものは1つもないんだ。一〇人いたら一〇通りの考え方がある。それが人間だ。キース、その金は昨日と今日働いた分の賃金にしておいてやる。それでいいだろ」
「それなら……。ありがたく、いただきます」
「よし! このお金、大事に使うと良いよ。僕は君が気に入ってしまった! えっと僕の名前は仕事柄明かせないけど、皆はリークと呼んでる。よろしくね」
リークさんは僕に手を差し出してきた。
「は、初めまして。キース・ドラグニティです」
僕は差し出された手を握り、握手する。そのまま僕が名乗ると、リークさんは僕の目の前にまで顔を近づけてきた。
リークさんの瞳に僕の瞳が反射して映っている。
「キース君か。良い瞳の色しているね。七色の眼も初めて見たよ。瞳の色は髪色に似るって聞いたけど、嘘みたいだね。じゃ! また、遊びにくるよ。アイクさん、今度もいい情報頼みますよ~」
「おい! 俺の店に二度と来るな! 二枚目の悪魔め!」
「ちょっと。そのあだ名は嫌いなので、やめてください。自分のどこが悪魔なんです?」
「二枚目の方が否定しないんだな……」
「事実ですから~。自分は悪魔じゃなくて死神の方があっていると思うんですけどね」
――どっちも同じなんじゃ。
「それじゃあ、僕はこれにて……」
リークさんは体に魔力を溜め始めた。
――な、何か凄い魔法でも見られるのかな。
「さらば!」
「え……」
リークさんはさぞかしすごい魔法を使って移動するのかと思ったが、フードを被って足早にお店を出ていった。
「な、変わっているだろ……。あいつ」
「え、ええ……。凄い変わっていますね」
その後、僕はアイクさんに担がれ、お風呂に連れていかれた。
「えっと、何でアイクさんも一緒に入っているんですか?」
「ダメなのか?」
「いや、ダメと言うわけじゃありませんけど……」
「ならいいだろ。俺は待つのも待たされるのも嫌いなんだ。俺の入りたいときに入る。たとえその時に別の人が入っていたとしてもな」
――だからって、出会って二日目の人と一緒にお風呂に入ろうと思うかな? それにしても、アイクさんの体凄い……。全身バキバキだ。傷も凄い数ある。やっぱり、冒険者だったんだな。
「男の裸を見てもつまらんだろ。それともお前はそう言う趣味か?」
「い、いえ! 断じて違います! ただ、凄い体だな……と思って」
「冒険者ならこれくらい普通だ。引退した冒険者の中では凄いかもしれないがな」
「やっぱり、日々の鍛錬ですか?」
「それ以外に体を作るなんてできないからな。楽しようとするやつは結果も妥協する。俺の教訓だ。この世界で楽をするなら自分のためにならないことだけにしておけ。自分のために楽するな。わかったか」
「は、はぁ……」
僕はアイクさんの言っている話があまりうまく理解できなかった。
――アイクさんの話を簡単に解釈すると『楽するな』でいいのかな。なら僕の回答は決まっている。『もちろんです!』だ。僕は楽する気なんて一向にありません。と言うか、楽する場面と本気でする場面に分けるなんて出来ませんよ。僕はそんな要領よくないので。
「それより、何でいつも革袋を持っている。邪魔じゃないのか?」
「これは僕のお守りみたいな物なので、肌身離さず持っているんですよ。いつ何があるかわかりませんからね」
「でかいお守りだな……。ま、邪魔じゃないならいいんだ」
僕とアイクさんはお風呂につかりながら、体を癒していた。そんな時、半透明なガラスの扉の前に、誰かが立った。曲線が男よりも柔らかい。
「アイク~。入るわよ~」
「な! ちょっと待て!」
「もう、まだ恥ずかしがっているの? へ……」
お風呂場の扉を開けたのはルフスギルドの受付で会った、親切な受付嬢の姿だった。布を持っているが、産まれたての姿なのは変わりない。
「あなたは……受付にいた、えっとミリアさん。ちょ! アイクさん、ごぼおぼごぼごぼご!!」
「お前は見るな!」
僕はアイクさんに頭を持たれ、お湯中に押し込まれた。
「ちょ、そんなふうにしたら死んじゃうじゃない!」
「ミリアはさっさと出ていけ。今は取り込み中だ!」
「わ、わかったわよ。もう……」
風呂場の扉が勢いよく閉まる。
「ぷふぁ~! はぁはぁはぁ……し、死ぬかと思った……」
「たく、あの女はいつもいつも……」
「アイクさんの奥さんはミリアさんだったんですね」
「なんだ、ミリアを知っているのか?」
「僕、一度だけルフスギルドに行ったんです。その時に対応してくれたのがミリアさんでした。奴隷商の場所と僕ができる仕事が無いか聞いたんですよ」
「なるほどな。まぁ、あの空気の読めない女が俺の女房だ……。いつの間にか結婚させられててよ、俺も焦ったのなんのって」
「いつの間にか結婚? そんなの出来るんですか」
「俺が寝ている間に指判を押さされてた。名前まできっちり俺の字でまねて書いてやがる。結婚届はギルドからでも出せるからな。受付嬢のあいつにとっては好都合だ。そんなこんなで、共に生活している。悪くはないがな……」
アイクさんはまんざらでもなさそうな顔をしていた。なんだかんだ言いながら、アイクさんはミリアさんが大好きらしい。
「僕、出ますね……。お邪魔ですし」
「気にするな。キースをまだ紹介していなかった俺が悪い。先送りにしてたらやはり、いい結果にはならないな。何でも即解消するに限る」
僕はアイクさんに止められ、お湯にゆっくりとつかり、体を洗って風呂場を出た。
僕とアイクさんは調理場に向う。温めた牛乳を飲んでいるミリアさんが椅子に座ってまっていた。
「まさか、こんなところで合うとは思わなかったよ。キース君」
「僕もですよ。まさかミリアさんがアイクさんの奥さんだったとは、驚きました」
「ま、そう言う関係なので、これからよろしくね。私はキース君が朝のビラ配りに行っている最中にこの家を出るから、会うのは夜の時間だけになるけど」
「あ、僕が朝ビラ配りしているの知っていたんですね」
「まぁね。アイクさんがいつもこの店で働きたいという子にやらせている頭のおかしい仕事だから。大体の子達はそのあとにもっと頭のおかしい仕事をふられて、逃げるんだけどね。キース君は逃げなかったんだ。凄いよ、尊敬する」
「僕が逃げたら、家族を助けられないので」
「あぁ……」
ミリアさんは僕の境遇を察したのか、それ以上は言わなかった。
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