全力での疾走
「食えない物はあるか」
「いえ、嫌いな食べ物はありません。強いて言うなら腐った物が嫌いです」
「それは食べ物じゃないだろ……。まぁ、いい。そこで座って待ってろ」
「はい!」
僕は木製の椅子に座り、料理で使う用の大きな食卓に近寄る。
黒卵さんを膝の上に乗せ、朝食が出てくるのを待った。
「賃金は出ないのに、食事は出してくれるんですね」
「食わないと死ぬだろう。食わなきゃ体も育たない。何歳からでも筋肉は成長させられる」
「成長って……。体を大きくしても、僕には意味ない努力ですよ。三原色の魔力が無いので、橙色魔法も使えませんし」
「バカが。三原色の魔力が使えないから体を鍛えるんだろ。お前も少し前まではしていたはずだ。体を見れば何となくわかる」
「そうですけど……」
「四の五の言わずにまずは食べろ。それから動け。俺はこの二週間、毎日お前に無理難題を押し付ける。それを何としてでもやり遂げろ。この先の未来を明るく生きたいのならな」
アイクさんは僕の目の前に、綺麗な目玉焼きを出した。
卵の下にはベーコンが敷かれており、見るからにベーコンエッグだった。
横には茹でたブロッコリーとジャガイモが添えられている。
焼けたパンのいい香りがしてきたと思ったら、アイクさんが白い皿に乗せてパンを持って来てくれた。
「さっさと食って、配りに行け。どうせ時間がかかるんだ、早めに行った方が早く戻って来られるぞ」
「はい! すぐに食べて、配りに行ってきます!」
僕は出されたベーコンエッグをナイフとフォークで食べ進め、途中でパンを手に取り、小さく千切って口に放り込む。
周りのブロッコリーとジャガイモを綺麗に食べ終えたら、残ったベーコンエッグを胃の中に入れる。
黄身がもったいないので、残ったパンに付けながらいただいた。
昨日は夕食を得ていなかったから、とんでもなく美味しいい。
そもそも、アイクさんの作った料理が美味しいのもある。
こった味付けではなく塩をただ振った程度なのに、優しさのあるいい味わいだった。
少し前に食べていた宿の朝食と同等またはそれ以上の美味しさで、僕は泣きかける。
木製のコップに注がれた水を一気に飲み干し、食のありがたみを再認識した。
「ご馳走様でした! それじゃあ、行ってきます!」
僕は革袋の紐を肩に引っ掛け、黒卵さんを背中に移動させる。紐でずれ落ちないように固定した。
アイクさんの目の前に昨日配ったビラとお同じ高さのビラが積まれていた。
僕はビラを両手で抱えてお店を出る。
お店を出る時に見た時計の時刻は午前四時三〇分だった。
午前八時までに帰って来なければならない。
ルフス領に日は出ておらず、少々暗い。それでも月明りや街灯で道は見える。
昨日、僕はお店を囲うように家を回っていた。
今日は、お店の前側に向って円を描くようにビラを配っていこうと思う。
空中から見れば昨日と合わせて数字の八のような形になるはずだ。重なり合っている部分にお店がある。
「よし! 今日も走るぞ! 昨日よりも体力はあるんだ。きっと三時間で帰って来られるはず」
一時間後。
「はぁはぁはぁ……。疲れるのは変わらないな。でも、昨日よりは確実に足が軽い。朝食のおかげかな。まだ走れるぞ」
ビラを配り始めて二時間が経った。日が昇り、視界が白くなるほど明るくなっていく。
「まだまだ……。僕ならもっと走れるはずだ。ビラも三分の二を切った。今日は行けるぞ」
そう思っていた矢先、呼吸がありえないほど苦しくなる。
ずっと走りっぱなしだったのが堪えたのか、全身が震え始め、息を吸えない。
「さすがに……休まなかったのが……まずかったかな……」
僕はその場に四つん這いに倒れる。
口を開けて、息を吸おうとしても腹が動かず、空気が肺に入ってこない。
――どうしよう、息ができない。このままだと窒息するぞ、何とかしないと。
僕は苦肉の策に、息を吸うのではなく肺に残っている空気を全て吐き、空になった肺を満たすために体が空気を自然に吸う力に全ての神経を注ぐ。
すると、腹が動き肺がしだいに膨らみ呼吸できた。
「はぁはぁはぁ……。あ、危なかった。もう少しで死ぬところだったぞ。こまめに休憩しながら移動しないとさすがに体がもたないか」
僕は全力疾走をしながら今までビラを配ってきた。
残り一時間、同じように全力で走って休憩を繰り返すか、余力を少し残しながら小刻みに走るか。
どちらが自分にとって有益でアイクさんの意図か……。
足りない頭で考え、僕は決断する。
「全力で走ろう。その方が体に負担が掛かるはずだ。きっとアイクさんも体を鍛えさせるためにこの仕事を僕に与えているはず。それなら、全力でやらなきゃ意味がない」
僕は息が整ったと思ったらすぐさま走る。多分休むと時間が足りなくなる計算のはずだ。
出来るだけ休まず、走り抜けないと三時間でアイクさんの店に帰るのは難しいはず。
いや……、休む時間を考慮して超全力で走れば何とかなるんじゃないか。
僕は残りのビラを配り終えるために残りの一時間を二回に分けて超全力で走ることにした。
途中で休憩を挟み、超全力で再度走る。
きっとうまくいくだろう。甘い考えが頭の中を埋め尽くしているとも知らずに。
結果、僕は三〇分超全力で走って休憩中に気を失い、一時間も昏睡状態になり、三時間でお店に帰るという目標は達成できなかった。
「き、気絶していた……。ビラもあと三分の一も残っている。目標はまた達成できなかったけど、最後まで全力でやり切ろう」
僕は超全力で走って残りのビラを配り終えたあと、アイクさんのお店に戻る。
「た、ただいま、帰りました……」
僕は扉を開けた瞬間に気を失いかけ、またもや倒れてしまった。
今回は気を失わずに済んだので腕の力を使って、体を起こし、ふら付きながら立ち上がる。
「おいおい、あんちゃん、大丈夫か?」
お客さんが心配してくれているが、もちろん大丈夫ではない。
今にも意識が飛びそうなのだ。
それでも次の仕事を求めて僕はアイクさんのもとに向う。
「あ……アイクさん、今、戻りました……」
「お、昨日より一時間も時短したな。なかなかの成果だ。だが、あと二時間縮めないとな」
「は、はい……。頑張ります」
「それじゃ次の仕事だ。休憩は無いぞ。あるのは食事中のみだ。気を引き締めていけ」
「そ、そんな……」
僕は既に全体力を使い切った後だというのに、休憩なしを宣告され、心が折れかけるもシトラの顔を思い出し、顔をバシッと叩いて意識を改める。
「どうした、もう音を上げるのか?」
「いえ、走りすぎて眠たくなってただけです。まだ、できます」
「ふっ……。いいだろう。次の仕事を教える。着いて来い」
「はい!」
僕はアイクさんの後ろについてく。
アイクさんはお店の裏に向っていった。
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