バカ舌
「列車で王都に向かうのかい?」
べニアさんは訊いてきた。
「そうなりますね。僕は乗りたくないですけど、乗らないと時間がもったいないので」
「そうか。なら、最も値段が高い車両に乗ると言い。クサントス領から出発する列車はギルド関連の品でもある。割引が利いてお得だ。これだけの料金を寄付できるのだから、財布は暖かいのだろう。快適な列車の旅を約束しよう。ルフス領行きの列車で行った悲惨な爆破事故はもう起こらない。安心して乗ったらいい」
べニアさんは列車の爆破が事故だと思っていた。だが、あれの原因は赤色の勇者が起こした爆発だ。まあ、多くの車両をあそこまで燃やせるなんて、赤色の勇者以外いない。
「はは……。わ、わかりました。値段が高い車両に乗ってみます」
僕はべニアさんに頭をさげ、したいことを終えたので家に戻った。
すでに昼になっており、さすがにイリスちゃんも起きていた。だが、寝間着のままで髪の毛がボサボサだ。お姫様の風格は無く、ぐうたら娘といた方がしっくりくる。
「いやー、久しぶりにぐっすり眠れたよー。起きたらまさか昼なんて初めてー」
イリスちゃんはあくびをしながら呟いた。シトラはイリスちゃんの寝ぐせを直すため、櫛を使って髪を梳いていた。
「イリスちゃんって、家事が出来なそう……。まあ、王族だからする必要もないか」
「む、言ってくれるね。私、こう見えても家事が得意なんだよ!」
イリスちゃんは椅子から立ち上がり、胸を張る。張りきったまま、昼食を作ると言い出し、料理場で手際よく料理を作り出した。
一時間もかからず、四人前の料理がテーブルにならぶ。並んでいた料理はどれもキラキラと輝いており、とても美味しそうだった。
「おお、凄い。イリスちゃんってこんなに料理が上手だったんだ」
「ふっふっふ、姫たるもの、料理なんてできて当たり前だよ。さあさあ、食べて食べて!」
僕達は神に祈り、スプーンを掴んで料理を口に含んだ。
「うううっ! こ、これは……」
「あ、ああ……」
「あ、あはは……」
僕達の顔が青ざめていく。僕はスープを口にしたのだが、口の中が死地になった。見た目は良いのに、味がとんでもなく悪い。こんなにイリスちゃんを象徴するような料理はない。
「ん? 皆、どうしたの。もっとジャンジャン食べちゃって」
イリスちゃんはあまりにも普通に料理を食べている。彼女の舌がおかしいのではないだろうか。
「い、イリスちゃん。今、どんな味がしてる?」
「え? 普通に塩の味がしてるけど……。それがどうかしたの?」
「い、いや……。見た目は凄く美味しそうなんだけど、味が……」
僕が何か言おうとすると、シトラが口を塞いでいた。
「イリス様、この料理、不味いです」
シトラは自分が身代わりになるとでも言いたげな瞳で真実を語った。
「え……。不味い?」
イリスちゃんは驚いた顔をしていた。シトラは卵焼きを作り差し出す。
「はむ。んー、美味しいっ! えっと私の方はっと」
イリスちゃんは自分で作った綺麗な卵焼きを食した。
「な、なにこれ……。まっず! え、なんでなんで。私の舌、おかしくなってるの」
イリスちゃんは鏡の前で舌を出し、見つめた。舌に何かしら魔法陣でも書かれているのかと思えば、別に書かれているわけではない。普通にイリスちゃんがバカ舌なだけだ。
「イリス様は美味しいと思っていた自分の料理を美味しいと誤認していたんです。味見をしても気付けないくらいおバカな舌と言うことになりますね」
「そ、そんな。知らなかった。じゃあ、自分で味見をしていたら美味しい料理が作れないじゃん! でも、ありがとう、シトラちゃん。私がバカ舌だって教えてくれて」
「い、いえ。ですが、王族であらせられるイリス様が料理をする時なんて滅多にありませんし、バカ舌でも何ら問題ないと思います」
「でもでも、料理が出来た方が頼りがいのあるお母さんっぽくてキース君、好きそうじゃん。実際、好きでしょ?」
イリスちゃんは僕の方を向きながら訊いてくる。
「まあ、確かに料理が出来る女性の方が魅力的に見える気はする」
「ほらほら。うわぁーん、シトラちゃん、私に料理教えて」
イリスちゃんはすぐに実行に移す。この行動力は僕も見習わないとなと思うばかりだ。
今回作った料理はアルブがまとめて平らげた。味を遮断すれば食べられるそうだ。
シトラとイリスちゃん、加えてミルも一緒に料理を作り、新たに料理を並べた。とても美味しそうで、いい匂いもする。今回は問題なさそうだ。
「じゃあ、改めていただきます」
僕は神に祈りを捧げ、感謝する。
「いただきます」
三名とアルブも神に感謝した。
スープを飲むとイリスちゃんの綺麗な見た目、シトラの美味しい味付け、ミルの愛情を感じる。三名が揃い、完璧と言ってもいいぐらいの料理が完成していた。
「皆、凄い美味しいよ。作ってくれてありがとう」
僕が感謝を口にすると、三名はほっと一息つき、顔を緩めた。なんて言われるか不安だったのだろう。でも、声を大にして言える。この料理は美味しい。
僕達はあっという間に料理を完食した。このころには午後三時になっており、遅めの昼食だった。まあ、僕達は大食いなので問題ない。
暇だったのでイリスちゃんを連れ、クサントス領内で美味しいケーキを売っているお店に入り、おやつを食す。イリスちゃんの見た目が物凄く目立つので、スキル『無視』を使用し、彼女の姿を隠蔽する。すると、彼女は変装などしなくとも他の人から何とも思われず、堂々と歩けた。
「凄い凄いっ! 誰も私に反応しないよ。なにこれなにこれ、キース君、何をしたの!」
イリスちゃんは僕の腕を掴み、訊いてきた。
「簡単に言えば、イリスちゃんの印象を薄くして透明に近づけてるって感じかな。そこらへんの石に意識が向かないのと一緒だよ」
「なるほど。キース君、面白い魔法を使うんだね!」
「まあ、魔法と言うか、能力と言うか……。まあいいか。イリスちゃんに喜んでもらえてよかった」
僕はイリスちゃんに微笑みかける。
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