ドジっ子の襲来
「今回、我々ギルド側の想定を超えた事態が起こり、多くの者に迷惑をかけたことを詫びさせてもらう。それも踏まえて今この場で乾杯し合えることに感謝し、挨拶とさせてもらう。では、グラスを掲げてくれ」
べニアさんはグラスを掲げた。
この場にいる者の多くがグラスを掲げる。
「橙色武術祭、成功を祝って乾杯っ!」
「乾杯っ!」
多くの参加者がグラスを掲げ、軽く一口。豪快な者は一杯飲み干した。
乾杯の合図が終わったころ、僕の肩に腕が乗る。
「キース、来てくれたんだな。よかったよかった。いやー、にしても冒険着じゃないと印象が全然違うじゃないか。貴族かって言うくらい燕尾服が似合うな」
全身橙色の燕尾服を着ているライアンが僕に話し掛けてきた。
「は、はは……。あ、ありがとう。ライアンも橙色が似合うね」
「そりゃあ、橙色の勇者だからな。橙色に愛された男なんだよ」
ライアンは前髪を掻き上げ、視線の先にいるティナさんに向ってウィンクする。ティナさんはため息をつきながら料理をモリモリ食していた。
ミルはティナさんのもとに向かい、会話しながら食を楽しみ、シトラはソアラさんのもとに向かい、共に食事をしていた。
僕のもとに、べニアさんやジンレオさん、オリーザさんなども挨拶しに来て、社交の場は一〇歳以来なので、ざっと六年ぶり。もう、何を話していいか全くわからないので、苦笑いをしながら誤魔化すしかなかった。
ライズさんとユベルさんの二名とも話をした。特にユベルさんには大変謝られ、暴走を止めてくれたことに感謝された。僕は魔力暴走抑止薬を渡し、暴走しそうになったら打つよう言った。リーフさんの品なので効果は保証されている。
「料理美味しい……。もっといろいろ食べたいな」
僕はある程度話しを終えた後、料理を皿に盛り、食事を楽しんだ。
僕は食事しながら三カ月の間に色々あったなと思い返す。楽しいこともあれば辛いこともあった。でも、僕は生きている。シトラとミルと結婚すると言ったけど、まだどこの領土に籍を入れるか決めていない。
形だけだけど結婚しちゃったし、家を出て一年と一ヶ月。ちょっとは成長したかな……。
僕はテーブルに転がっているアルブの頭を撫でながら、母さんの形見であるネックレスを弄る。会食が始まって二時間後……。
「ふぅ……。食べた食べた。お酒は一杯しか飲んでないけど、意識をギリギリ保ててるな。やっぱり僕ってお酒弱いのかな……。酒豪の方が男らしいのに……」
「キースさん、ぼく、酔っぱらっちゃいましたー」
僕の体にくっ付いてきたのは頬が赤みを帯びて色っぽく見えるミルだった。
「キース……、私も酔っぱらっちゃったみたい……」
右腕にくっ付いてきたのは瞳を潤わせ、頬を赤らめているシトラだった。口からオレンジの良い香りがする。
「ヒューヒュー、モテモテだねー。よっ、色男!」
ライアンも酔っぱらい僕をおだててくる。
「あー、いいないいなー。やっぱりキース君、イケメンすぎるよー」
ソアラさんは未だに料理を食しながらお酒を飲みまくっている。それでも少々酔っぱらっている程度で、お酒が大分強いようだ。
「ふぅー、はぁー。ちょっと飲み過ぎちゃったかな……」
ティナさんはライアンの隣でぼそりと呟いた。ライアンは目を丸くしながら、腰に手を回す。
「ティナさん、酔っぱらっても俺が支えるから倒れない。安心してくれ」
「もう……、いきなり触らないでくださいよ……」
会場の空気がどんどん落ち着いていき、そろそろお開きの雰囲気が漂う。
そんな中、何やら外が騒がしい。門番の方々が先ほどよりも大きな声でハキハキと喋っていた。もう、声が大きすぎて広間にまで聞こえてくる。
扉がバンっと開き、藍色に近い青色髪の女性が飛び込んできた。身長は一五八センチメートルくらい。あまりにも綺麗な顔立ちに皆が息を飲んだ。
大きな目にすっと通った鼻筋、細い眉と長いまつげ。服装は青っぽいドレス姿でとても可愛らしい。
「はぁ、はぁ、はぁ。み、見つけたっ!」
青髪の女性は僕の方に走って来た。ヒールを履いており、とても走りにくそうなのに、音をたかたかと立てながら近づいてくる。
「キース君っ! うわっ!」
青髪の女性は何もないところで躓き、前のめりに倒れ込んだ。するとドレスのスカートがめくれ、カボチャパンツが露になる。
――今の声、あの姿、このドジっぷり……。僕が知っている子だよな……。
僕の脳内にこれほど条件がそろっている相手がいるのも珍しい。見つけたのはたった一人。
僕は倒れ込んでいる女性のもとに向かい、スカートを戻しながら話し掛けた。
「えっと……。イリス・プルウィウス様ですか?」
「…………」
女性は僕の返答に答えなかった。いったいどうしたのだろうか……。
「あ、もしかしてイリスちゃん」
僕は良い方を変えた。
「うん……、そうだよ。キース君……。今、私、ものすごーく恥ずかしいから、誰の顔も見たくないの……」
イリスちゃんはうつ伏せになったまま、呟いた。やはり彼女はイリス・プルウィウス。プルウィウス王国の第三王女だ。一度しか面識がないけど文通は数回していた。でも、ある時からぱたりとなくなり、飽きられてしまったと思っていたのだけどなぜここに。
「ライアン、客室を借りてもいい?」
「あ、ああ。構わない」
この領主邸はライアンの実家でもあるため、僕はイリスちゃんを抱きかかえた後、ライアンに案内された客室に行った。
僕はソファーに座り、イリスちゃんはローテーブルを隔てたソファーに座っている。
「どうぞ、イリス様」
お酒を飲んでいるはずなのに、意識がはっきりとしているシトラがイリスちゃんに紅茶を出した。きっと自分から茶入れ係に立候補したのだろう。
「もう、シトラちゃん、私達はお友達なんだから様なんて付けなくていいの」
イリスちゃんはカップを手に取り、紅茶を飲む。
「はぁー、シトラちゃんが淹れた紅茶、美味しいねー。初めて飲んだけど好みの味だよ」
「ありがとうございます」
シトラは軽く会釈をした。
「えっと……、なんでイリスちゃんがクサントス領にいるの? そもそも、僕はもう一般人だから、王族の方と話しをするなんて恐れ多いよ」
「もう、私とキース君は友達でしょ。王族とか平民とか気にしなくても良いの」
「そうは言っても……。さすがに……」
「じゃあ、私もキース君と話しときは平民になる。それでいいでしょ」
「ええ……。強引だな……」
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