エルツさんのもとパーティーメンバー
「お前、何でそんなぼろぼろなのに、その袋を肌身離さず持っているんだ。大切な物なのか?」
「えっと、この袋は僕の使命と言いますか……、生命線と言いますか。これのおかげで僕は今生きているので、この子の願いをかなえてあげようと思いまして」
僕は袋をめくり、黒卵さんを見せる。
「でかい卵だな。しかも、めちゃくちゃ黒い。光が反射しない黒なんて初めて見たぞ……。何が孵るんだ?」
「僕にもわかりません。家から出る日に『捨てとけ』と言われたんですけど、捨てられなくなりました」
「まぁ、人の持ち物にとやかく言う筋合いはないが邪魔な物は持たない方がいいぞ」
「この黒卵さんは僕の精神の拠り所なので、手放せません。僕には大切な物なんですよ」
「そうか。ならいいんだ」
エルツさんは、それ以上の詮索をせず、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でたあと横並びで歩いてくれた。
僕たちがいるのはルフス領の一角にある、穏やかな雰囲気が漂う一等地。
僕とエルツさんの服装で普通に歩いていい場所ではなかった。
ルフス領の中でも特段お金持ちが多そうな場所なのに、エルツさんは気にするそぶりを見せず、堂々と歩いている。
「あの、こんな高級街にエルツさんの知り合いがいるんですか?」
「お前、俺の職業と身なりから判断しただろ」
「そりゃぁ……、そうですけど」
「俺も昔は名の通った冒険者だったんだよ。その時のパーティーメンバーがここら辺で店をやっているから、顔を時々出しているんだ。そいつの店はどんな格好でも歓迎している変わった店なんだよ。たとえ、お前みたいな腐ったトマト塗れの服装でもな」
「本当に変わった店ですね。そんな体制で経営はやっていけるんですか?」
「売り上げは上々らしいぞ。料理が絶品で金持ちもよく通っている。新米冒険者用に格安の特大盛り料理も出している。冒険者時代に溜めまくった金を今、社会に還元している途中と言っていた」
「へぇ……。いい人ですね。その話を聞くだけで、信頼度が凄く上がりました」
「ただ、曲がったことが大嫌いなやつで舐めた態度を取る金持ちや冒険者を容赦なく叩き潰すから、注意が必要だ。むやみやたらに吠えるなよ。叩きだされるぞ」
「そんなふうに言われたら身構えてしまうじゃないですか。き、緊張してきちゃいました……」
僕は黒卵さんを胸もとにぎゅっと近づける。
「心配するな。あいつは俺を信頼しているし、俺もあいつを信頼している。キース、お前なら大丈夫だ。自分の気持ちを素直に伝えるだけでいい。それくらい出来るだろ。三原色の魔力がない無能な人間でもな」
「は、はい! 出来ます!」
僕は大きな声で返事した。何もない僕にはこれくらいしかできない。
せめて周りの人が嫌悪感を抱かないよう、大きくはっきりした声で喋る。
「よし、着いたぞ。ここが、俺の元パーティーメンバーが営業している店だ」
「ここですか……。凄く、質素でいい雰囲気ですね」
エルツさんが止まったのは、茶色いレンガで縁取りされ、淡い橙色のレンガの壁が特徴的なお店だった。
周りを見渡すと、黄色や濃い橙色、赤色などを基調としている店が多い中、そのお店は眼に優しい色使いで心が温まる。
茶色の木製扉がお店の雰囲気をピシッと纏めており、内装を見なくてもおしゃれだと想像できた。
黒色が基調のお店が多い王都とは一風変わっており、いい意味で庶民に親しまれそうな場所だ。
「昼過ぎの、この時間帯なら客が丁度少ないはずだ。今のうちに話を付けてしまおう」
「はい! よろしくお願いします!」
――こんな場所で働かせてもらえる気が一切しない。でも、気持ちだけはぶつけてみよう。エルツさんもそうすればいいと言っていた。こんな僕にも親切にしてくれる人だ。悪いようにはされないはず。もしされても、信じた僕が悪い。
よし! 大丈夫、シトラを助けるためならどんな辛い仕事をしてでもお金を稼いで生きながらえて必ず助ける。
「それじゃあ、入るぞ。背筋を伸ばして、シャキッとしていろよ。ナイフが飛んでくるぞ」
「え……。ナイフ?」
エルツさんは木製の扉についている取っ手を握り、押し込んだ。
扉が動くと木の棒が揺れ動き、心地よい入店音が鳴った。
「アイク、いるか~。いたら返事してくれ」
エルツさんはお店の中に入って人を早々に呼んだ。
「今は準備中だ……って何だ、エルツか。今日もまたタダ飯を食いに来たのか? 生憎だがお前の未払い金は定量を優に超えている」
「はは……。返したいところだが、今は持ち合わせがないんだ」
「そうか。いつも通りだな。それで、こんな中途半端な時間に何しに来た?」
「お前、この前に『人を雇いたい』と言ってただろ」
「ああ、言っていたな」
「なら、こいつを雇ってやってくれねえか」
エルツさんは僕の背中を押して前に出させる。
「は、初めまして! キース・ドラグニティと言います。よろしくお願いします!」
「エルツ、俺が雇いたいと言ったのは料理が出来るやつだ。料理人ならまだしも、包帯塗れのやつは店で雇えないぞ」
「そこを何とか頼む。皿洗い、掃除、接客、何でもいいから雇ってやってくれ。最低賃金でも構わない」
エルツさんは自ら頭を下げてお願いしてくれた。
どうしてそこまでしてくれるのかはわからなかったが、胸が熱くなる。シトラを売ってしまったのは恨んでいるが、彼に出会えてよかった。
「はぁ……。キースだったか?」
「はい!」
「うん……、返事は悪くない。お前は何ができる?」
「僕には特段出来ることがありません! ですが、強いてあげるとするのなら掃除が得意です。青色魔法の『クリーン』には劣りますが魔法を使わないで限りなく綺麗にしてみせます!」
「なるほど。それで、なぜ働きたいんだ?」
「家族を取り戻すためです。それには生活していくだけのお金が必要になります。どれだけの長期戦になるかわかりません。手持ちの少ない僕は働かなければ必ず路頭に迷う羽目になり、目標を達成できなくなります。まずは自分の足元を固めなければならないと思い、働かせてもらいたいんです!」
「家族を助けたいから……。なかなか熱い考えだな。それじゃあ、まずは二週間。お前の意志が本物かどうかを見極めさせてもらおうか。その後で雇うかどうか決めさせてもらおう」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
――まだ、雇ってもらったわけじゃないけど、僕の意志を見せれば採用してもらえるかもしれない。三原色の魔力がない僕にとってこれはまたとない好機だ。
「やっぱり、いつもと同じ条件を出すんだな、アイク……」
「当たり前だ。いきなり連れて来られるこっちの身にもなってもらいたい。だが、機会は与えている。悪く思うな」
「えっと、エルツさん。いつもと同じ条件って?」
「アイクは人を雇う時、二週間の期限を設けるんだ。ただ、この二週間を耐えきったやつは一人もいない。全員逃げ出すか、放心状態になって病院行きになる。冒険者の時からそうだ。パーティーメンバーに入りたいと言ったやつにも同じような条件を出して徹底的に扱き上げた。誰もアイクのお目にかかるやつがいなかったんだよ」
「そいつらが腑抜けだっただけだろ。俺は、自分がいつもこなしている仕事を少し減らしてやらせているだけだ。あれくらいを耐えられないようじゃ雇っても意味がない」
「い、いったい、どんな仕事なんですか?」
「それはこのあと説明してやる。お前はさっさと風呂に入って来い。この店の奥に風呂が完備されている。そこで体を綺麗にしてからここに、もう一度来い。汚い奴は冒険者だけで十分だ」
「わ、わかりました!」
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