静かな闘志
シトラとミルは互いに叫びながら走り、攻撃を繰り出しあう。シトラの右拳とミルの左拳が打ちつけ合うと思った瞬間、ミルの拳がシトラの腕の内側を擦るように当たり、滑らせながら攻撃を回避する。
逆にミルの拳がシトラの顔に向かい、直撃間近、シトラは身は左肩を引き、顔の位置をずらす。すると、シトラの拳は地面に向かい、ミルの拳は何にも当たらず、空振りになる。
「ふっ!」
シトラの拳が地面に当たると、巨大な凹みが生まれ、中央から蜘蛛の巣状のひび割れが試合場全体に伸びる。地面に打ち付けた反動が、戻ってくると巨大な土柱を発生させ、ミルとシトラの姿を隠した。
魔力視を使うと互いの無色の魔力が光って見えた。
激しい発光を放っている方がシトラだとするなら、砂の中にいる。ミルも砂の中にいた。
ミルは無暗に動かず、辺りを警戒し、シトラからの一撃を警戒していた。
今、ミルとシトラは互いの五感が鈍っている。大量の土砂に当てられ、ミルはシトラが真面に動けないと思っているのか、砂が落ちきるまで待機し、落ちきった時に畳みかけると言った作戦をとっている。
なんせ、もう残り時間は一分を切っているのだ。このまま、時間が過ぎるのを待てば、勝てると踏んだのだろう。
だが、僕には見える。目と足と手に魔力を溜めている者の姿が。
ミルは目が悪いので、魔力視を使っても視界がぼやける。そのため、今のミルは本当に無暗に歩くことも難しい状態だ。その弱点を突きに来たのか、ミルの背後に音も無く、その存在は忍び寄っていた。
声を出すこともなく、静かに突き出された拳が、淡い光を放つ者に打ち込まれた。
ドガンッという何かが爆発したかのような一撃音が鳴ると、ミルの小さな体が土柱から出てバリアに突き当たる。だが、勢いが強すぎてバリアを容易く壊しながら地面を転がり、時間切れと共に、ミルは場外へと出てしまった。立ち上がれず、完全に気絶している。
時間切れの場合、シトラの負け、時間が入っていれば場外に出て気絶しているミルの負け。
七名の審判が集まり、どうだったのかを放し合っていた。
僕の目からは時間切れにも見えたし、時間ギリギリにも見えた。
会場の人々も息を飲んでおり、審判の判断を待っていた。
「た、ただいまの審議の結果、ミル・キーウェイさんの場外により、シトラ・ドラグニティさんの勝利ですっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
会場にいた全員が雄叫びを上げ、盛大な拍手をシトラとミルに贈った。ミルは大きな音に驚き、目を覚ました。顔を魔力の壁で守ったのか、打撃による傷は負っていないものの魔力の一撃をまともに食らった影響で気絶したと思われる。
ミルの表情は悔しさと清々しさが感じられ、しっかりと立ち上がり、試合場内に戻る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。や、やった……。やった……」
シトラは全身ボロボロの状態で、砂まみれ、右拳を上げ、勝利を喜んでいる。
「シトラさん、最後の一撃、凄い威力でした。防ぐので精一杯でしたよ」
「完全に裏を取ったのに、あそこから一瞬で防ぐなんてほんと、どうかしてるわよ……」
ミルとシトラは握り合い、睨み合う。
「シトラさん、もう、抜け駆けはなしですからね」
「ミルちゃんの方こそ、裏でキースのパンツを被りながら発情を押さえようとするのは止めなさいね」
両者はまだまだ戦い足りないのか、会場が引くほど、闘志を燃やしていた。彼女らにとっては二〇分の戦いなど準備運動にしかならないようだ。
「ははっ……。周りに沢山の人がいるのに、何の話をしているんだよ。全く」
僕は両者共に無事に試合が終わってくれて本当に安堵した。ずっと息が詰まった思いだったが、やっと解消され、僕の方が疲れた。
シトラとミルの体を気遣い、治療を行うらしい。その前に、両者共に開始位置に戻り、べニアさんの合図で頭を下げ、試合場の端へと向かう。その間、鳴りやまぬ拍手が起こり、橙色武術祭女子の部決勝戦はシトラの優勝で幕を閉じた。これで、長い歴史のある祭の一ページにシトラの名前が残る。もちろん、二位のミルもしっかりと記録されることだろう。
僕は医務室へと足を運んだ。
ミルの方は軽い脳震盪と打撲だけですんでいた。だが、シトラの方は中々に重症で体の至る所の骨が折れ、臓器にも支障が出ているらしい。緑色魔法の治療で完治するそうだが、包帯塗れにされていた。
「うう、ごめんなさい、シトラさん。ぼくのせいで……」
「もう、謝らなくていいって言ってるのに……。試合であの作戦を選んだのは私なんだから、自業自得。勝ちに行くにはあの戦法しか思いつかなかったのよ」
シトラはベッドで横になり、絶対安静と言われた。僕はシトラの腹部に手を当て『無傷』で臓器を治す。加えて骨のくっ付き方も完全に元に戻す。筋肉の疲労は治さず、綺麗に戻らないと生活に支障が出る部分だけ、治した。顔は撫でていたら自然と治してしまった。
「じゃあ、シトラは病院に移されるみたいだから、明後日の授与式に迎えに行くよ」
「……ミルちゃんとイチャイチャする気でしょ」
シトラは僕から視線をそらし、呟いた。
「しないよ。でも、シトラに僕の戦いを見せてあげられないのは残念かな」
「私は約束を守ったんだから、キースも勝ちなさいよね」
「約束に命を懸けるなんてやりすぎだよ……。どれだけ心配したと思ってるの」
僕は珍しくシトラを叱る。いつも叱られる方だが、今回の危険行為は流石に見過ごせない。
「ご、ごめん……。どうしても、ミルちゃんに勝ちたかったの……」
「はぁ……。ほんと負けず嫌いなんだから……」
僕はシトラの頭を撫でながら呟く。
「キース、私、勝ったからご褒美ちょうだい……」
「ご褒美って?」
シトラは目を瞑った。どうやら、キスしてほしいらしい。ミルは布団に顔を埋め、見ないようにしていた。
僕はシトラに口づけをして勝利の祝福とした。
「これでいい?」
「うん……。ありがとう……」
シトラは微笑み、安らかな表情を浮かべる。
「どういたしまして。じゃあ、安静にしているんだよ」
「わかった。ミルちゃん。明日のキースの試合、しっかりと応援してあげてね」
「はい。もちろんです。シトラさんの分まで、ぼくがキースさんを応援しますよ」
ミルはシトラの手を取り、誓った。
僕とミル、アルブはシトラがいる医務室から出て、家に向かう。
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