シトラが連れていかれた
「シトラ……。シトラ……。シトラ……」
「はぁ……。俺は何をしているんだか……」
「は! シトラ!」
「お、やっと起きたか。キース・ドラグニティ」
「あ、あの! シトラは!」
「あの、獣人ならもうここにはいない。さっきお前を焼いた男についていったよ」
「そんな……、って! 痛ったあああぁ!」
「そりゃ痛いだろうな。両腕が焦げるまで焼かれたんだからよ。でも、炭にならず残っているのもそれはそれで凄いけどな」
僕は怖い顔のおじさんに介抱されていたらしく、木箱を二箱並べただけの簡単なベッドに横たわっていた。
焦げ臭い両手は薄汚れた包帯が巻かれている。
病院で巻かれた時のようにとても綺麗な巻き方だった。
怖い顔のおじさんが巻いたとは思えないほどだ。
「えっと……。おじさんが巻いてくれたんですか?」
「ああそうだ。というか、今さらだが俺はおじさんじゃねえ。エルツって言うんだよ。名字まで含めるとエルツ・ヨハンセンだ。よろしくな」
エルツさんは僕に握り拳を向けてくる。
「は、はい……」
僕はエルツさんの拳に自分の腕を何とか持ち上げて拳を当てる。
「それよりも体を洗え、トマト臭くて仕方がない」
「そう言われましても。僕、こんな状態ですし……」
「ちっ! 仕方ねえな……。川の水をぶっかけてやるよ。店の前に水を撒くようにさっき汲んできておいたんだ」
エルツさんは透明とはいいがたい濁った水の入った薄汚れた鉄バケツを両手に持ち、僕の体目掛けてぶちまけた。
「ごぼごぼごぼご……。く……臭い」
「我慢しろ、腐ったトマトよりはましだ」
「そ、そうですけど。でも濡れてるとよけい臭く感じるんですよね」
「ちょっと待ってろ、いま乾かしてやる。『赤色魔法:ファイア』」
エルツさんは手から炎を出して僕の表面に付いている水分を蒸発させていく。
「『ファイア』を肌に直接近づけるたら熱いですって!」
「安心しろ、体が濡れてたら焦げはしない。髪は燃えるかもしれないがな」
――丁寧なのか雑なのか、どっちなんだよ。全く……。
僕は数分の間、エルツさんに『ファイア』で焼かれていた。もう、焼き豚になった気分だった。
「よし、渇いたぞ。これで少しはましになっただろ」
「そうですね……。牛乳を拭いた雑巾くらいのにおいです」
「だいぶ臭いな……」
「いえ、これなら耐えられる臭さですよ。いつもはもっと臭い思いをしていましたから」
「そうか、お前も辛い日々を送って来てたんだな」
エルツさんは僕を憐れむような目で見てきた。
「まぁ、辛かったですけどシトラがいたので何とか耐えられました。シトラがいなかったら今頃僕はどうなっていたか……。全く想像できません」
「その大切な獣人が連れていかれた。さぁどうしようって顔だな」
「はい。僕には何の手掛かりもありません。でも、赤髪の男がシトラを買ったという事実は得ました。あの男は強い、赤色の勇者にもなれるのではないかと思うくらいです」
「その言い方だと、あんまり恨んでないみたいだな。大切なやつを連れて行った男だぞ」
「そりゃ、恨んでますよ。殴られて、腕を焼かれて、好きな人の裸見られて……。憎たらしくて仕方ありません」
「おいおい、お前あの獣人が好きだったのかよ。本当に色々と珍しいな、髪色、家柄、性癖……。普通の人間と逸脱しすぎだろ」
「性癖はどうでもいいじゃないですか。初めて好きになったのがシトラなんですから」
「しかも、純粋かよ。たぁ~、面倒くせ~!」
エルツさんは掌を額に当てて大きく仰け反る。
「適当な安い奴隷で忘れさせよう作戦決行できないじゃねえか」
「そんな作戦考えてたんですか。絶対に乗りませんけど」
「だろうな……。はぁ~、仕方がない」
エルツさんは頭を掻きながら仰け反っていた体を元に戻す。
「あの男の名前を教えてやる。そこからはお前が何とかしろ」
「え、いいんですか。名前を教えてもらっても……」
「売り買いは成立したんだ。もう約束を守る義理もない。それによく知られた名前だしな」
「よく知られた名前?」
「俺が口にするのはこの一回だけだ、よく聞けよ」
「は、はい。よろしくお願いします」
「イグニス・ルフス」
「イグニス・ルフス……。ルフス……って、え、もしかして。ルフス領の領……、ふぐ……」
「しぃ……」
エルツさんは僕の口に手を置き、その先を言うの止めた。
「これであの男のいる場所はわかっただろ。あの獣人を助けるのはお前の力だけで何とかしろ。俺は関わらねえ」
「は、はい! ありがとうございます! あと、さっきは殴りかかろうとしてしまい申し訳ありませんでした」
「気にするな。大切な相手が鉄檻の中にいたら誰だってそうするだろ。あとお前、全く戦闘経験ないだろ。体は少々鍛えてるみたいだが、まだ足りない。食って筋肉を付けないと大切なものは守れないぞ」
「頑張ります!」
「だが、戦闘経験が無いにしては蹴りだしが良かった。あの低姿勢も中々様になってたぞ。三原色の魔力がない分、苦労するだろうが……愛する者のためなら努力できるだろ。死ぬ気で力を付けろ。それはキースを守る力になる。わかったか?」
「は、はい! 精進します!」
「その為にはまず金がいるな……。お前どうせ金を持っていないだろ。あっても精々金貨八枚くらいか」
「その通りです!」
「やっぱりな。その髪色だと仕事を探すのも難しいだろ」
「おっしゃる通りです!」
「はは……。威勢だけは良いな、お前」
「取り柄がないので、声だけでも張り上げておこうかと思いまして……」
「はぁ……。仕方ねえ、仕事場くらい紹介してやるか……」
「え、いいんですか……。さっきは関わりたくないって」
「仕事場を紹介するだけだ。俺のよしみで顔は怖いが、中身が熱い男を知っている。お前の気持ちをぶつければ雇ってくれるかもな。ついて来い」
「は、はい! ありがとうございます!」
エルツさんは座っていた木箱から立ち上がり歩き始める。
僕は立ち上がろうとするも、体に力が入らず木箱のベッドから転がり落ちてしまった。当たり前のように全身に痛みが走る。
「い、痛い。あ、黒卵さん。こんな所にいたんですね」
黒卵さんの入っている革袋が僕の木箱に立て掛けられていた。
僕は包帯だらけの腕で黒卵さんを抱きしめる。
僕の体は全く動かなかったが、黒卵さんをずっと抱きしめながら体を芋虫のように動かして死ぬ気でエルツさんについていった。
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