魔力暴走を止める薬
僕は担架で医務室に運ばれた。
医務室の先生は僕の服に穴が開いているのに、体に穴が開いていない状況がどういう訳かわからないようでポーションでも飲んだのかと言われる。
僕は「はい」と応えておいた。死ぬかと思ったので上級のポーションを飲み、回復したと言っておく。実際はただの自然治癒なのだけど……。
僕は解放され、橙色武術祭の決勝戦に進むこととなった。とうとうオリーザさんとの戦いだ。その前にシトラとミルの戦いも控えている。僕としてはどちらが勝っても悦ばしい。
「うわあああーっ! キースさんっ!」
大泣きしたミルが僕に飛びついてくる。僕にぎゅっと抱き着き、これでもかと頬を擦りつけて来た。僕が大怪我したように見えたのだろう。
「ミル、安心して。僕は大丈夫だから。少し掠っただけだよ」
「うぅ。服の穴を見れば、大きな杭が体に突き刺さっていたことくらいわかりますよ……」
ミルは金色の瞳を潤わせながら言う。
「ほんと、良く戦い抜いたわね」
アルブを抱いているシトラは僕を見ながら呟いた。
「戦わないと、周りが危なそうだったし、僕なら止められるかなと思ってさ。案の定、上手く行ったし、死人も出ていない。及第点の結果だよ。ミルを泣かせたのが失点かな」
僕はミルの背中をさすり、優しく揺する。赤子をあやすように動かすと、ミルの心は穏やかになっていった。
「ミル。落ち着いた?」
「はい……。落ち着きました。すみません、取り乱しちゃって……」
「ううん。気にしないで。怖かったのは事実だと思うし、心配してくれて嬉しかったよ」
僕はミルを抱きしめ、体を優しく撫でる。その後、ミルを床に下ろした。
「キースさん、今日は家で鍛錬をしたいです。お祝いはキースさんが優勝した時でもいいですか?」
「僕が優勝する前提で話しを進められると困るよ。でも、明日はミルとシトラの決勝戦だし、二人の判断に従うよ。じゃあ、家に帰ろうか」
「はい」
「うん」
ミルとシトラは頷き、僕の両脇に移動する。アルブは僕の頭に乗り、頭の中に直接、話し掛けてきた。
「主、先ほどの光景を見た限り、魔力暴走で間違いありませんね。ただ、魔力暴走は以前のフレイのように元から大量の魔力がある場合に起こる現象なんですけど、戦っていた男性の魔力量では魔力暴走すること自体おかしいです」
――やっぱり。魔力暴走だったんだ。でも原因がわからないなんて……。思い当たるのは腕を折られた後、何かを口に含んでいたような気がするんだよな。
「薬剤で魔力暴走を止められるとすれば、逆もしかり、薬剤で魔力暴走を引き起こすことも可能でしょう。ただ、自殺行為ですよ。魔力が暴走すると心臓に大きな負担がかかりますし、魔力がガンガン失われます」
――そうなんだ。えっと、気になったんだけど、僕は多くの魔力を持っているのに、魔力暴走しないの?
「主は大量の魔力を持っていますが、無色の魔力なので魔力暴走は起こりません。三原色の魔力を持つ者は皆、魔力暴走を起こす可能性を秘めています。何が起こるかわからないので、警戒を怠らないようにしましょう」
――そうだね。ユビルさんみたく突拍子もなく魔力暴走する者が現れるかもしれない。今回は上手く消せたけど、次も上手く行くかはわからないから、魔力暴走を止める薬でも持っておいた方がいいかもね。
「ですね。リーフさんのもとに行けば魔力暴走を止める薬があるかもしれません。まあ、飲ませるのは一苦労でしょうけど」
僕はシトラとミルに先に家に帰ってもらい、新しい服を着てリーフさんの薬屋に足を運ぶ。
「こんにちは」
僕は扉を引き開けながら薬屋の中に入った。加えて雨具のフードを取る。
「おやおや、少年。どうしたのかな。今日は獣族の少女は連れていないようだね」
振子椅子に座り、揺られているエルフ族の女性、リーフさんはマル眼鏡を外しながら本にしおりを挟み、木台に置く。
「今日は何のようだい?」
「魔力暴走を止める薬が無いか聞きに来ました」
「魔力暴走を止める薬……。また珍しい薬を欲しているんだね。君は三原色の魔力を持っていないのだから、必要ないじゃないか」
「護身用に持っておこうと思いまして」
「薬が護身用になるのかね……。まあ、別にいいか。なぜ、そんな薬が必要なんだい?」
「今日、僕は橙色武術祭に出ていたんですけど、相手がいきなり魔力暴走しまして、止めるのに力技で抑え込んだんです。そのせいで相手が瀕死の状態になってしまったので、すぐに治せる薬があれば、安全だと思ったんです」
「魔力暴走している相手を力技で止めるとは、驚きだ。少年はなかなかの実力の持ち主のようだね」
「まあ、無駄に死地は潜り抜けていませんよ」
「若く見えるのに、死地を経験しているのか。そりゃあ強いはずだ。えっと、魔力暴走を止める薬だったかな?」
「はい」
「あるにはある。だが、素材が足らない」
「そうなんですか。何が必要なんですか?」
「素材のマンドラゴラが不足していてな、困っているんだ。マンドラゴラや様々な薬草を栽培できるウィリディス領でも不作らしい。どうやら去年、ブラックワイバーンがルフス領で出現した影響か、東側の領土に魔素が集まりすぎたせいで西側の領土に漂う魔素が激減した。だからか西側の領土の魔物や薬草の質が落ちていてな、他領土に回せるだけの素材が無いそうだ。だから、魔力暴走を止める薬は売れん」
「そうですか。残念です。じゃあ、逆に魔力暴走させる薬はあるんですか?」
「あるが、危険物として法律で使用を禁止されている」
「なるほど……。じゃあ、普通は購入することや売ることはあり得ないんですね」
「ああ、そうなる。何か引っかかるのか?」
「今日戦った相手、戦闘中に何かを飲み込んだんです。薬のようにも見えたので、危険物だったのかもしれないと思いまして」
「魔力暴走を起こさせる薬は一般人が買えるような代物じゃない。何者かが裏にいるはずだ。そう考えるのが普通だろう」
「はい……。でもいったい誰がこんなことを……」
「さあな。私にはわからない。だが魔力暴走をさせて利点がある者がさせたと考えるのが妥当だな。魔力暴走すると力が飛躍的に向上する。もう、人よりも魔物に近くなり、最悪、姿を魔人に変える。体の内側から常に魔力が吹き出し、死ぬまで吹き出し続けるんだ。そうなったら自分だけでは止められない。何者かが外部から魔力を吹き出すのを止めるしか救う方法はない。はてさて、いったいどこの誰が得するのやら……」
リーフさんは立ち上がり、杖を振った。すると薬草が宙を舞い、彼女の手に移動する。
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