シトラの拳
「第七試合、七戦目。始めっ!」
審判が手を振り上げると、シトラは握り拳を作り、その場で足踏みをする。どうやら相手の出方を探るようだ。
「先に攻撃させてもらう!」
相手は地面を蹴り、加速した。巨大な筋肉の体が、シトラに向かう。地面を蹴るたびに、振動音がどすどすと鳴り、力強さが会場いっぱいに広がる。
「ふぅ……」
シトラは精神を集中させ、拳に魔力を溜めていく。彼女は魔力操作が苦手で体を止めていないと、魔力を操作することができない。
そのため、今、立ち止まり、拳に魔力を溜めているのだ。
先制攻撃で意表を突くにしても熊族相手にどこまで通用するかわからなかったのだろう。加えて対策を取られる前に、倒しきりたいため、初めから全力で行く気のようだ。
「はあっ!」
熊族はシトラの真ん前に来ると脚を大きく上げ、踵落としを放つ。シトラは攻撃を受け止めようとしたが、危機感を察知したのか右側に飛び、攻撃を回避した。
熊族の踵が地面に当たると土柱が八メートル以上拭き出し、土砂と砂埃が試合場内を見えにくくする。
人族なら相手の位置を見失い、後方に下がるしかないが、シトラは鼻と耳の感覚が良い。そのため二種類の感覚で、相手の位置を割り出し、攻撃に転じることが可能だ。
逆に相手も獣族なので、シトラと変わらない感覚器官をもっているかもしれない。同時打ちになるかもしれないが、攻撃をすぐに繰り出せる、瞬発力のあるシトラなら、先に相手を弾き飛ばせるはずだ。
「うらああっ!」
熊族は拳を大きく振り払い、発生した突風で土煙を払いのける。大きな隙に見えるが、攻撃に当たってしまったら一巻の終わりだ。
何度も繰り出される拳や蹴りで風圧が起き、音がぶんぶんと鳴っている、土煙を払いのけられると言うことは、攻撃の先端が音速を越えていることになる。
遠心力と全身の筋肉を上手く連動させ、加速力を生み出しているようだ。
煙が掻き消され、攻撃する瞬間を失ったシトラは熊族から距離を取る。
熊族は攻撃をシトラに当てさえすれば勝てると思っているはずだ。そのためにシトラに近づき、何かしらの攻撃を当てなければならない。そのために必要なのは、どうやって近づくかだ。
シトラも相手の攻撃を躱し、拳を打ち込めば倒せる可能性はある。だが、どれほど利くのかわからない状況で、一か八かの攻撃を繰り出すのは危険だと判断した。そうしないと攻撃を当てたとしても効果が薄かった場合、至近距離で攻撃を受けることになる。そうなれば負け濃厚だ。
「さあ、いつも通り掛かってきなさいよ。あなたの攻撃を受け止めてあげるわ!」
熊族は大声を張り、構える。拳を握り、脚を肩幅に開いているだけの隙の多い構えだった。自分の耐久力によほど自身があるのだろう。相手の安い挑発にシトラは乗らず、構える。どうやら、魔力を拳に溜め続け、一撃必殺の超威力で勝負するようだ。
時間は五分を切り、終盤になりつつある。このままだと判定勝負になり、シトラの方が攻めあぐねていると言うことで敗北してしまう。
そのため、相手もわざわざ攻撃に出てこない。待っている間も熊族の作戦の内と言うことだ。つまり、シトラは自ら攻撃しに行くしかない。
「ふぅ……」
シトラの拳に、光が見え始めた。魔力は溜め続けると容量によって光る。拳の中心から外側に掛けて伸びる光がどんどん多くなっていく。
もう、のこり時間は一分を切った。同時にシトラの拳が強く輝く。シトラは自身が出来る限界量を溜め切ったようだ。彼女は間に合ったと安堵し、目尻を吊り上げ、体勢を引くし、走り出す。脚のばねは熊族を凌駕し、一瞬で最高速度に達すると、熊族と真正面から交戦する。
「ははっ! 好きよ、そう言うのっ!」
熊族は右足を引き、体重移動を行う。そのまま右拳を後ろに引き、体の捩じりを加えながら、シトラの拳に対抗する。
シトラの表情は微笑んでおり、一か八かの戦いに楽しみを覚えていた。
「獣拳っ!」
「デストロイヤーブロー!」
両者共に拳を打ち込む。熊族の全身の筋肉から生み出された力とひねりの加速、踏み込みの力が加わった拳と、狼族の走って生み出す加速力と魔力の追撃が生まれる拳がぶつかり合う。
巨大な爆発が起こったような衝撃音が会場に響き、皆の歓声が一瞬聞こえなくなった。
拳の衝突により、僕の髪が靡くくらいの衝撃波を生み出ていた。地面の上に乗っていた砂埃が波紋状に巻き上げられる。
中央で起こった攻撃の結果は……停滞。両者の拳は全く同じ強さで打ち付けあわされたらしく、じりじりとその場で止まっていた。
「はああああああああっ!」
「はああああああああっ!」
両者は右拳を引き、右脚を前に出し、超至近距離からの左拳を撃ちだす。先に動いたのは熊族の方で、シトラの戦闘経験の無さが一瞬の迷いを生んだようだ。
「おらあああああああっ!」
シトラの右頬に熊族の左拳がぶち当たる。弾き飛ぶと思っていたが、シトラは熊族の左手首を掴み、脚を浮かせていた。そのため、実際にはシトラの顔に攻撃は当たっておらず、手首を取っただけになる。
「はああっ!」
シトラは全力の拳を放った熊族の腕を捻り、着地と共に相手の内股へと入り込んで腕を引っ張る。すると巨体の熊族が宙を舞い、背中から叩きつけられた。そのまま左拳を熊族の額に当て、一〇分の砂時計の砂が落ちきる。
「ありがとうございました」
両者が試合開始位置に戻り、頭を下げると、五名の審判がシトラの方に手を上げ、判定勝ちをもぎ取る。
「よしっ!」
珍しく、シトラの嬉しがる声を聴き、僕は微笑んだ。最後は殴られたと思い、ひやひやしたが、身体能力の高さで上回り、勝ちをもぎ取れた。
「うわーいっ! シトラさんが勝ちましたよー」
ミルも好敵手ながら悦び、飛び跳ねていた。やはり、知り合いと言うだけで手に汗握る。
「こうなったらぼくも勝たないといけませんね」
ミルは握り拳を作り、意欲を高めていた。
シトラが試合場から戻ってくると、僕のもとに一目散に飛び込んでくる。怖かったのかはたまた嬉しいからか、わからないが、彼女は多くを語らない。
シトラは第八試合に進める。
ミルの間に一二戦あり、どれも均衡した戦いだった。判定勝ちがほとんどで、一撃で勝負が決まることが無い。
シトラの試合から二時間ほど経ち、お昼前。ミルの試合がやってきた。相手は人族で、槍を持っている。どうも、槍士らしい。三メートル弱の槍で、持ち手から矛先まで細長い。棒としても使えそうだ。ミルにとっては不利な戦いになるかもしれない。
「両者、礼」
ミルと槍士が中央により、試合開始位置に移動する。白線で止まる。
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