雨の日の試合
「礼をして前へ」
どうやらべニアさんが審判らしい。僕は試合開始前の礼儀を行う。
五メートルほど前に出て、相手との間が一〇メートルになった。
――相手の武器は剣。抜いてきたら距離を取ってカウンターを狙う。魔法を使いそうになったら思いっきり攻める。
僕は両手を脚の側面に合わせ、軽くお辞儀した後、足を肩幅に開き、握り拳を作って自然に構える。
相手は橙色の髪で短髪、年齢は二五歳くらいで、経験と力が丁度いい具合にかみ合っている時の男性。
身長は一七五センチメートルほど。表情には余裕があり、緊張していない所を見ると、そこそこ死地を潜ってきているようだ。
もしかしたら僕が舐められているだけの可能性もあるが、その場合は油断を突いて勝利を貰おう。
「二一三〇番対八八八番の第三試合、始め!」
べニアさんが手を振り下ろす。審判によって開始合図が違うのが、自由な領土っぽいなと感じる。そんなことを思っていたら、相手が柄を右手で持ち、地面に魔法陣を発動していた。
「『橙色魔法:初速強化』」
相手が詠唱を放つと、地面の魔法陣が光り、一〇メートルが一瞬で埋まった。僕が気づいた時には目の前に男性が立っており、抜刀の動作に入っている。このまま立っていたら確実に剣が僕の体に当たる距離だ。
――足に魔力を溜めて、放つ。
僕は魔力操作で足裏に魔力を集め、つま先を少し持ち上げた後、地面を叩いた。すると、巨大な爆発音と共に地面が陥没し、土柱が立つ。
相手は何が起こったか理解できず、爆発音と土柱の脅威から防御の態勢に入っていた。
僕はいったん距離を取るために後方に跳躍。大雨の影響で地面が柔らかくなっており、泥跳ねがズボンに付いた。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ……。なにが起こった。魔法じゃないよな」
男性は泥を顔面に被っており、腕で眼元を拭う。もとから橙色だったが、茶色みが増す。だが、雨によってすぐに流された。
僕は右眼を魔力視、左目を裸眼の状態にして相手の攻撃を予測。制限時間を見ている余裕はない。
「スゥ……はぁ……」
立ちながら心臓の鼓動を緩やかにして魔力の流れを促進させるとともに、手足に魔力を溜める。
「さっきの速度でも仕留めきれなかったとなると、もっと上げないと駄目か」
橙色の魔力が足裏に移動する。どうやら『身体強化』をする気のようだ。
僕は両手を地面に付け、右膝を前に出し左足で地面を蹴る。この際、魔力を放ち、加速力に変えた。
「なっ! 早い!」
男性は『身体強化』を行っている余裕がなく、両腕で顔を守る。
「無色魔法:獣拳」
魔力を込めた拳で殴るだけなので、詠唱など必要ないが、呟くと気合いが入る。言わない方が相手も予測できないので僕の失敗だ。
でも、相手が防御に回ってくれたのは大きい。獣拳は防御を貫通する。
「ふっ!」
僕の右拳が男性の腕に直撃。相手はさすがここまで勝ち進んできただけあり、後方に少々飛んでいた。つま先を踏みながら殴ればすべての力を相手に与えられたが、拳の力は上手く逃がされてしまった。だが、この攻撃には二段階目がある。
「ごはっ!」
男性の腕に当たっている僕の拳から溜められた魔力が射出。魔力の弾は手に当たっている相手の腕を通って空中に出た。その次の顔に当たるさい、魔力操作の影響を受けないので、魔力の塊をそのまま顔面に受けることになる。魔力操作を行わなかった場合は腕ごと吹き飛ばされる。なので、相手の防御を無効化できるのだ。
僕の獣拳をもろに食らった男性は頭部からぬかるんだ地面に直撃、何度も転がり、全身を泥だらけにしたのち、ピクリとも動かなくなった。
「ふうぅ……。ありがとうございました」
僕は一礼して初めに立っていた位置に戻る。
「しょ、勝者八八八番。キース・ドラグニティ」
僕の戦闘は地味なのか、周りの反応が薄い。まあ、もっと派手に殴り合ってもよかったかもしれないが、攻めたら勝てたのだ。勝てたのだからこれが正解だった。それだけのこと。
僕は試合場から出る時もお辞儀をする。相手の男性は目を覚まし、担架で運ばれていた。
僕は雨具を腕にかけ、建物内に駆ける。
「よし、一勝! あと九回勝てばライアンと戦えるんだ。ま、そんなうまくは行かないと思うけど……」
僕は支給された乾いた布で髪を拭き、魔法で体に付いた水分を乾かしてもらう。援助係の方たちにお礼を言い、シトラ達の待つ観覧席に戻った。
「キースさん、勝ちましたね!」
ミルが僕に飛びついてきた。ギュッと抱きしめ、勝利を共に喜び合う。
「うん、勝てたよ。次も勝てるように頑張る」
「その意気です!」
「キース、なかなかいい拳だったんじゃない」
シトラは腕を組みながら微笑んでいた。
「僕もそう思う。体の魔力が思うように動かせたから、すごくいい拳を放てたよ」
「じゃあ、今日はキースさんの勝利と誕生日をお祝いしましょう!」
ミルは僕の体に抱き着きながら言う。
「そうね。今日は久しぶりに温泉でも泊まりましょうか」
シトラはミルの発言に頷く。
「いいね。大きな温泉に入れるなんてご褒美だよ。蒸し風呂も楽しみだ」
「個室の温泉にしましょう! 皆でお風呂に入りたいです!」
「じゃあ、温泉街に行って良さげな場所を探しましょうか」
「うん。もし見つからなかったら、以前行った宿の中から選べばいいよね」
僕達は雨が降る温泉街に移動し、値段は気にせず、個室のお風呂と蒸し風呂があり、食事が美味しい場所を探した。
条件に合う宿を探す時間も楽しく、皆と仲を深められている気がする。アルブは赤子なのでずっと眠っており、僕の肩で干された布団のようにへたっていた。
「よし、今日はここにしよう」
僕達は温泉街の中にある宿で、条件に合う場所を探しあてた。
一泊金貨二〇枚。驚くほど高額だが、誕生日くらい贅沢しようじゃないか。一名で金貨二〇枚と言うことで、僕達は金貨六〇枚を払い、一番いい部屋を借りた。
四部屋あり、井草で編まれた畳張の部屋。広い居間。ベッドのある寝室。食事ができる部屋があり、とても広い。ここまで広いと無駄な部屋が出てきてしまいそうだ。
「ああー。すごく大きなベッドがありますー。これだけ大きなベッドだと、三人で動いても全然大丈夫そうですね」
ミルはベッドに寝ころび、僕の方を見てくる。
「そ、そうね。こんなに大きなベッドなら、動きまくっても大丈夫ね」
シトラも大きなベッドに寝ころび、僕の方を見ながら呟いた。
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