クサントス領の闇
七月三一日。七月も最終日になり、明日から八月だ。
誕生日が迫ってくると、家を出て一年たつのかと考えてしまう。ものすごく長く感じたが、まだ一年しかたっていないんだなと思った。……不思議だ。
クサントスギルドには毎日通っており、黒いマクロープスの話で持ち切りだった。
いったい誰が倒したのか、どうやって倒されたのか。そんな話し合いがされている中を僕とミルは歩く。倒したのは『名無し』と言う冒険者パーティーなのだが、皆、僕達が倒したと思っていない。なんせ、白髪に獣族を一名のパーティーが勝てるわけないと多くの者が言う。
僕達は素性は隠れるのでありがたい限りだが、ミルは少し悔しいらしい。
ミルは自分のことで悔しがっている訳ではなく、髪色のせいで倒せないと思われている現状が悔しいのだとか。
気にしなくてもいいのにと思うが自分たちの方が上だと思っていそうな顔が嫌なんだとか。まぁ、髪色なんてどうしようもないから、気にしないのが一番だよと言っておく。
黒いマクロープスの値段は未だ検討中らしく、しっかりと決まっていない。金貨一〇〇〇〇枚は軽く超えるとか風のうわさで聞いたが、そんなことあり得るのだろうか。ブラックワイバーンの値段が破格だから、黒いマクロープスの値段もそこそこ高いと言うので、楽しみに待っていようと思う。
マクロープスの群れが攻めてきてからと言うもの、ライアンとのつながりが出来た結果、外食に行くことが増えた。そのため、どことなく友達っぽい雰囲気を放っている……気がする。
「キースは成人しているんだよな?」
ライアンは居酒屋のテーブル席に座りながら言った。
「ま、まあ。成人しているけど、僕はまだ飲まないようにしているんだ」
「そうなのか? ま、気にしなくていいぜ。あ、お姉さん、エールジョッキ一杯」
僕がお酒を飲まないようにしているから一緒に飲めないと言うと、ライアンは別に気にさなくていいと言って自分だけエールを何杯も飲むような男だった。
三時間もすると、ライアンは出来上がってしまう。
「うえ~い! 皆、楽しんでるか~!」
「いえ~い! 楽しんでるぜ~!」
「んじゃあ、もっと楽しめるように、今日は俺が全部奢ってやるぜ~!」
「いえええ~い! 勇者最高~!」
ライアンはお酒を飲むと酔っぱらい、性格が豪快になってしまう。稼いだお金をすぐに使ってしまうのだ。
ただ、その使い方が、お店の中にいる人全員の代金を払うと言ったふるまいで、自分の私欲だけでなく、周りの幸せを願っている節がある。
そのおかげか彼の周りにいる者は皆笑顔になっていた。多くの者から感謝され、気にする必要はないと気さくに言うところもカッコいい兄貴感がある。そのせいかライアンは多くの女子にモテまくっていた。
「ライア~ン、エールありがとう~。ちゅ~」
「あ~ん、私も私も~。ちゅ~っちゅ~」
「あはは~、最高のキスをありがとう! 楽しんでいってくれ」
ライアンは料理やエールを奢ったら女子から頬にキスされまくっており、気分が盛り上がりまくっていた。
フレイと重ねてしまう自分がいる。ここまで慕われている者と、どこか寂し気な男、同じ勇者なのに、何が違うと言うのだろうか。
「ライア~ン、今日、うちとやっていかな~い」
胸の大きな美人の方がライアンに抱き着き言う。
「いいぜ、最高の夜にしような」
「や~ん、もう、そんなこと言われたら、うち、がんばっちゃう~」
「じゃあ、キース。俺はここらで帰る。大金貨三枚置いてくから、払っておいてくれ」
「わ、わかりました」
「なんだよ、硬いな~。ま、いいか~」
ライアンは胸の大きな女性とキスして、お店を出て行った。テーブルの上には大金貨三枚がまばらに置かれ、誰かに盗まれたら終わりだろと思いながら、僕は受け取る。
「はぐはぐはぐはぐはぐっ~。ん~、肉、美味しいです~」×ミル、アルブ。
ミルとアルブは同じ言葉を発し、仕草まで似通っていた。
――ん? ミル……。
「ミル、何でいるの!」
「あはは……、キースさんがどこかの泥棒猫に捕まらないか見に来たんですけど、お酒を一滴も飲んでないみたいで安心しました~」
ミルは僕に抱き着いてきて頬擦りする。すぐに離れ、料理を食べた。
僕はアルブの背中を優しく撫でながら二名の食事が終わるまで待つ。現在の時刻は午後九時。シトラは寝てしまっているかもしれない。もちろん帰りは遅くなると言っているので心配はしていないと思うが、早く帰りたい気持ちで一杯になっていた。
アルブとミルがお腹いっぱいお肉を食べ、午後九時半ごろになったころ、僕はライアンから受けとっていた大金貨三枚を居酒屋の受付の方に出し、お店を出る。
外は暗くなっており、あと三時間もすれば七月が終わる。
「キースさん。ぼくたちって橙色武術祭の予選があと三回残ってますよね。今日が終わったら予選が終わっちゃうんじゃ……」
「…………確かに。で、でも、一応七回戦って勝っているから、本戦には出られるよ。ただ、不戦勝枠を手に入れるのは無理かもしれないけど」
「闘技場はどの時間でも空いてると思いますけど、行ってみますか?」
「でも夜遅いから、帰った方がいいんじゃないかな。あと、こんな時間に闘技場にいる人なんて普通じゃないよ」
「でも、不戦勝枠を手に入れた方が勝ちやすくなります。いったん行ってみましょうよ」
「まぁ、ミルがそこまで言うなら……」
ミルと僕は闘技場に向った。闘技場は周りが暗いのに、屋根がないため、闘技場の空から光が漏れている。どうやら、まだだれか戦っているみたいだ。
僕達が中に入ると、酔っぱらいや放浪者、幼い子供達のたまり場になっており、クサントス領の闇の部分を見たような気がした。
どの領土にも放浪者がいるのが当たり前なのに、いない存在だと思い込んでしまっていた。
一攫千金を狙う者が最後の最後まで努力し、勝ち取ろうとしている意志が見える。酔っぱらいはただの鴨だが、放浪者や眼付きの鋭い子供達は強者なのか、七勝まじかだった。皆が敵、そう言った表情が交わされる。
ルフス領にあった闇市とどこか雰囲気が似ていた。勝利を売る者までいる。ゼロ勝の者は金貨一枚で一勝を、一勝の者は金貨二枚で一勝を、二勝の者は四枚で一勝を、三勝の者は八枚などと、勝利が多い者から大金を払えば、全勝できるくらいまでそろえられそうだ。
なんなら、六勝しているのに、のこりの四回を売っている者もいる。あと一勝すれば本戦に出られるのに。だが、六勝の子供達は引く手あまただった。大人が大金を出して勝利を買っている。まあ、合理的なのかもしれない。
でも、そんなふうにして本戦に出ても勝てるのだろうか。
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