親孝行
「なんか、二人って久しぶりな気がする……。大体ミルちゃんがくっ付いてるし、アルブも一緒だから、いつも複数人だったのに」
「そうだね。今日は珍しく二人っきりでお風呂に入れてる。貴重な一日だ」
僕はシトラの右腕の側面に手を触れて身に優しく寄せる。シトラは僕の肩に頬を当てて来た。耳がへたり、頬が赤く染まる。
「最近、仕事の方は順調そう?」
シトラは小さな声で呟いた。
「うん。一昨日は黒いマクロープスが現れて危なかったけど、今のところ順調だよ。シトラは、僕のことを心配してくれてるの?」
「当たり前でしょ。どれだけ強くなっても、キースはキースなんだから……。弱虫で強がりで、ちょっとエッチな男なんだもん。今更いなくなられたら……私、どうなるかわからない」
「あんまりはっきり言われると恥ずかしいな。僕がいなくなってもシトラなら強く生きていけるよ。強いし、優しいし、可愛いし、皆、どうしてシトラの良さがわからないんだろう」
「キース、よくそんな言葉をスラスラ言えるわね……」
「事実だからね。シトラは僕にもったいなすぎる女性だよ」
僕はシトラの頬に軽くキスをする。軽いキスは心の交流に効果があると勝手に思っている。
「むぅ……、今は頬じゃなくてもいいんじゃない……」
シトラは銀色の瞳を僕に向けて頬を膨らませた。唇にキスしてほしいって死んでも言いたくなさそうだ。
「欲しがりだね、シトラ」
「なに……。欲しがっちゃ駄目なの……」
シトラは呟きながら、眼を瞑る。小柄ながら、大人びた風貌の彼女は僕の心を何度も熱くさせる。ここでがっつくのも恰好が悪いし、少し焦らしながら……。
僕はシトラの頭を撫で、へたっている耳を触り、顔や顎を摩ってあげる。人差し指の側面で顎を持ち上げ、キスしやすくした後……。ゆっくり近づいていく。
すると、あまりに焦らされたシトラが怒り、僕の首に抱き着いてきて、勢いよく口づけされた。体がお湯の中に沈みこみ、顔全体が熱くなる。加えて唇の方も驚くほど熱かった。数秒間お湯の中でキスしたあと、水面に出て息を吸う。
「はぁ、はぁ、はぁ……。も、もう、シトラ。いきなりがっつきすぎだよ……」
「う、うるさい。キースがあんなに焦らすのが悪い。あの時、心臓がどれだけ跳ねてるかわからないでしょ、あんなの我慢できる獣族なんていないわよ……」
「僕に撫でられて顔をトマトと間違えそうなくらい赤くしちゃったんだ。その顔を見ただけでシトラの心臓が高鳴っているとわかるよ」
「キザっぽい言葉。よくそんな言葉が出せるわね……。だいぶ気色悪いわよ」
「そんなこと言われても……。ほんと、シトラは素直じゃないな~」
シトラはそっぽを向き、ふさぎ込んだ。そんなに気持ち悪かったのかな。
僕はシトラの背後から抱き着き、少しの間無言になって互いの熱を交換した。
「キースは何で私が好きになったの?」
「なんでって言われても……。一目惚れなんだから理由なんてほぼ無いよ。心からこの子好きだってなったんだと思う。三歳の時の記憶だから、確証は持てないけど、確実に出会ったあの時に好きになったよ」
「思いっきり金的したのに……」
「あれは人生で一番痛かったかもしれない。ものすごい衝撃だったよ。あんな家だったけど、シトラと会えたことだけは唯一感謝できる」
「それを言ったらお母さんに一番感謝しないと……」
シトラは俯きながら呟いた。
「そうだね……。いつか、母さんのお墓参りに行こう。王都に戻るのは不服だけど、母さんが眠ってる墓が実家の墓地にあるはずだ」
「うん……。私、お母さんに何もしてあげられなかった。助けてもらってばかりで、恩返しの一つも出来なかった。ただただ生きるのに精一杯でお母さんが亡くなった時、頭が真っ白になって……。大切な人がいなくなる辛さを知った。もう、あんな気持ちにはなりたくない」
シトラは僕に抱き着いてくる。何の突拍子もなく、突然にだ。
僕はシトラを優しく包み込むようにして抱きしめ、不安を少しでも中和する。少し離れて震える唇にもう一度キスをする。湿った空気と熱いお湯、潤った唇の感覚は身を焼いた。フレイの炎よりも体内が熱く、身が溶けてしまいそうだ。
「キース……、口づけって……、ここまで心が熱っちゃうんだね……」
「うん……。ミルに悪いから、ここまでにしようか」
「そうね。キースを独り占めしたい気分だけど……、ミルちゃんも我慢してるのよね」
僕とシトラは二度口づけを交わし、仲を深めた。お風呂場で体を洗い、シャワーから出るお湯で石鹸を流す。数時間前にお風呂に入っていたが夏なので蒸し暑く、汗を掻いていたので丁度よかった。
お風呂から出て体を拭き、シトラの髪を乾かす。シトラが生活必需品として魔道具を色々とこしらえてきていた。
髪乾燥器は中々いい魔道具で、一個金貨二○枚の品らしい。風が強く、シトラの髪でもすぐに乾く。尻尾も同様に乾かし、髪に塗る用の流動性が高い油を手の平に塗り、髪に馴染ませる。香水とまではいかないが、花の良い香りがして心地よかった。そのあと、櫛で綺麗に解いていく。
「はわぁ……。やっぱり、キースにブラッシングされるのが一番気持ちいい……」
シトラは子供のような愛らしい声を出し、尻尾を振る。ブラッシングが終わると、髪と尻尾の色艶が増し、本当に銀で出来ているかのようだった。
「はぁ~、シトラの尻尾、モフモフで触り心地がいいね……」
僕はシトラの尻尾を優しく撫でて鼻下まで持っていく。
「ちょ、そんな変態みたいな動作しないでよ。気持ち悪い」
「はは……、ごめんごめん。ちょっと興味本位でやってみただけ」
「もぅ……」
シトラは尻尾を上げ、僕の顔に覆いかぶせる。そのままはたきのように顔を叩き、綺麗にしてきた。僕は尻尾を抱きしめ、羽毛布団よりも柔らかい感触を得ながら、シトラのにおいを盛大に嗅ぐ。
うん、だいぶ変態っぽい。




