最悪の再会
僕はプラータちゃんの家をあとにして、ルフス領の繁華街を目指した。ルフス領の奴隷商がどこにあるか調べるためだ。
ルフス領の冒険者ギルドに向ってもよかったが、フレイが脳裏にチラついたためやめた。
繁華街なら、ルフス領の地図がどこかに張り付けてあると思ったのだ。加えて、今日、泊まる宿も探さなくてはならない。
八月と言っても夜は冷えるし、治安が悪い場所だと悪い大人もいるから危険だ。簡単に野宿は出来ない。
僕は男だし屋根裏で寝ていた時もあるくらいだから、宿代さえ安ければ十分だ。
食べ物も一個の黒パンと一杯の水で一日を乗り切ってみせる。
どれだけルフス領にいるかわからない。だからこそ、お金の管理はしっかりしないと……。
「金貨七枚なんて、宿を使ったらすぐ無くなってしまうからな。食事も合わせたら、一月もつかどうかすら危うい。シトラだけじゃなくて仕事先も探さないと僕が生活できない……」
ルフス領を歩いていると首に鉄製の首輪が着けられた奴隷を連れている人たちが眼の端に映る。
主に獣族の奴隷が多いため髪の色を見て、毎度胸を撫で下ろしていた。
「獣族の髪色も三原色の魔力で作れる色のどれかだ。獣の耳と尻尾が付いているだけで肌や顔は人と殆ど変わらないのに、なんで迫害対象なんだろうか……」
王都では人族の奴隷が多かった。どうも高い位の貴族からすると獣族を連れているだけで品位を疑われるらしい。
実際、僕以外の貴族で獣族の奴隷を連れている人を見た覚えがなかった。
「奴隷の扱いは、まぁ悪くもなく良くもない、くらいか。王都とは正反対だな……」
ルフス領の奴隷は労働奴隷が多い印象だった。
荷物持ちや土運びなどの力仕事は、力の強い獣族たちにとって、きっと苦痛も少ないだろう。
それでも服装や髪質などは荒く、衛生的とは言えない。どの奴隷たちも皆同じくらい窶れており、差はなかった。
逆に王都では労働奴隷が少ない。主に性奴隷や護衛奴隷が多かった。
奴隷の差も激しく、貧乏な貴族より裕福に暮らす奴隷もいれば、家畜よりも酷い扱いを受けている奴隷もいるらしい。
子供のころの僕は家の窓から外の光景を眺めているだけで、心が痛んだ。その都度、シトラが僕の目を両手で閉ざすのだ。『キース様はご覧になられない方がいいかと思います』と……。
「シトラ……無事でいてくれ」
☆☆☆☆
僕はルフス領の繁華街まで歩いてやって来た。
ここに来るまで少なくとも二〇人くらいの奴隷を見た。半分ほどが獣族で何度も肝を冷やした。
その中にシトラと同じ髪色はいなかった。やはり銀髪も相当珍しいみたいだ。
母さんがシトラを買った理由の一つに『銀髪があまりにも綺麗だったから』と言っていた。
銀色は不吉な髪色と言われている。白髪と同じく三原色の魔力を持っていない。だから誰もシトラを買いたがらなかったそうだ。それにも拘わらず、母さんは何のためらいもなく購入し当時のシトラを驚かせたという。
この世界で最も珍しい髪色はもちろん黒髪だが、異色として白や金、銀の髪色がある。だから僕とシトラは家の中で目立っていた。悪い意味でだが……。
「人が多すぎる……。ちょっと人酔いしそうだ……。人込みに耐性がないから、慣れないとな」
僕は人込みに揉まれながら繁華街の中を歩いた。やはりマゼンタ(赤紫)とイエロー(黄)の髪が多い。
その中で白髪の僕は明らかに浮いていた。服装も白シャツに黒ズボンで王都にいる紳士のように見えて、さらに浮いていた。
それでも僕の方を見てくる人はあまりいない。やっぱり影が薄いみたいだ。
僕が初めに入ったお店は書店だ。書店には魔導書や魔法陣の描かれた羊皮紙が売られていた。
振り椅子に座っている、髪の色が抜けて白に近づいているお婆さんに話しかける。
「すみません。ルフス領の地図は売っていますか」
「地図? それなら、もう少し先に行ったところで看板が立てられてるよ。それを見た方がわかりやすい」
「そうですか。教えてくださりありがとうございます」
僕は書店を出てもう少し歩く。
「あった。お婆さんが言っていたのはこれだな」
僕はルフス領の地図を真正面から見た。
「なるほど……。領主邸はルフス領の中央にあるのか。それならここから近いな。お店の職種もいっぱい書いてあるけど、奴隷商が見当たらない。やっぱり隠されているのか」
子供や攫った者を奴隷商に売りつける輩がいる。それを何のためらいもなく奴隷商は売り捌くため、印象が悪い。だから、おおっぴらに書かれていないのだろう。
「こうなると冒険者ギルドに直接聞かないと見つからないかもな。宿や仕事もギルドに行けばすぐにわかるし、時間の節約になるか。気乗りしないけど向かおう。考えている時間がもったいない」
僕は地図に書かれていたルフスギルドに向った。
歩いている最中、またフレイに出会うのではないかという死の恐怖心と早くシトラに会いたいという性欲に似た恋心を抱きながら前に進む。
「何とも不純だ。あんなに可愛い子が近くにいたら好きにもなるよ。でも一目ぼれだから真実の愛? ふっ……何ともこそばゆい言葉だな」
僕は独り言を縫むぎながら歩いていく。
シトラに再会したら何を言おうかと勝手に頭が考えてしまう。
まだ逢えるかもわからないのに……。
「えっと……、ここがルフスギルド。凄く赤いな。赤といっても赤茶の方が近いか。よ、よし、入るぞ。シトラに会うために入るんだ。何も怖くない。一度死にかけたんだ。もうあれ以上に怖い思いをするはずがない。行くぞ!」
僕はルフスギルドの開いている大きな入口へと向かう。
目の前にある階段を重い足取りで地面を一歩ずつ確かめながら進み、ギルドの中がやっと見える位置にまでやってきた。
すでに多くの冒険者さん達とすれ違い、挨拶を交わしてきた。まあ、半分笑われていた気もするけれど。
「大丈夫、すれ違う人の顔をみる限り僕の格好は変じゃない。黒卵さんを抱きしめていれば、何も怖くないぞ……」
今の僕は武器を何も持たず、猛獣たちの檻に入るような緊張感と室内から感じる重苦しい圧力に身を押しつぶされそうになっていた。
出てくる人は、皆、身長が高く筋肉ムキムキの強面ばかり。
たまに出てくる女性も、見えている腹筋は綺麗に八つに割れている剣士や、昔から勉学に励んでいたであろう魔法使いの方ばかりで、今の僕は、もやし男と言った感じだ。
自分で体を鍛えた気になっていたのが恥ずかしい。
筋肉の巨体にあこがれるのは男の性なのだが、自分にはあそこまで鍛えられないとどこかで諦めている。
「周りは気にするな。僕は僕だ。比べられる相手の方に失礼だろ」
眼を瞑りたくなるほどキラキラと輝いているその空間は、僕の知らない世界だった。
男の冒険者同士が殴り合い、それを止める筋肉質の女性冒険者、昼間から大樽で何かを飲んでいる小さなおじさん、子供かと思うほど小さい魔法使いの女性、そして……。
「だからぁあ! 黒髪がいたんだって! 喧嘩を吹っ掛けたら、この領まで吹き飛ばされたんだよ!」
「フ、フレイ……、ルブルム……。な、何でここにいるんだ」
フレイの肩書は勇者だが、もとは冒険者だ。冒険者ギルドにいても何らおかしくない。
それなのに、僕は勝手にいないと決めつけていた。
僕の歩みは止まり、なぜか脚が動かなくなる。
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