水も下たる
「ちょ、何泣いてるの。無難でしょ」
「シトラ、皆で一緒に幸せになろうね。過去の辛いことを忘れられるくらい、楽しい思い出を作ろう」
「も、もう……。恥ずかしいからそんな眼で見ないで。別にキースといたからずっと辛かったわけじゃないし、普通に楽しい思い出もあるんだから」
シトラは頬を赤くし手僕から視線を逸らす。その姿があまりにも愛らしく、綺麗だった。
「うわ~ん、シトラ。昔は守ってあげられなくてごめんね。いつも助けてくれてありがとう」
僕はシトラに抱き着いて頬擦りする。
「ちょ、恥ずかしいってば。周りの人も見ているんだからちょっとは考えなさいよ」
シトラは僕の顔を手で押し、離れさせる。相手に感謝の気持ちを伝えるのは需要だ。場を憚らっている場合ではない。
「むぅ~。シトラさん。裏側を見せてください。さっきと書いてあることが違うじゃないですか~」
ミルは頬を膨らませて怒っていた。
「紙の裏側?」
「み、ミルちゃん。何を言っているのかな~」
シトラは白々しい表情に加え視線が泳ぎまくっている。
「え~っと、キースとたくさんチュッチュできますようにって書いてあるのはなんですか」
ミルはシトラの書いたお願いの裏紙を見て呟く。
「そ、それは……。ちょっと出来心で書いただけ……」
シトラは頬を真っ赤にして指先同士を突き合いながらぼそぼそと呟く。
「それならすぐに叶うよ! 何なら今からでもたくさんチュッチュしよう!」
僕はシトラの肩を持って大きな声を出した。その瞬間拳が飛んできて僕は川に突っ込む。アルブは瞬時に離れており無事だ。
「ば、馬鹿! こんな場所で出来るか!」
シトラの大声が水中にまで聞こえた。水面まで泳ぎ、顔を出して息継ぎをする。
川岸に向って移動し、ずぶ濡れになってしまった服を脱いだ。
季節は夏なので寒くはない。ただ、大衆の面前で下着姿になるのは恥ずかしかったが風邪を引くわけにもいかない。僕はずぶ濡れの前髪を掻き揚げて前を見る。すると道行く人々が僕の方を見ていた。
「な、何で見られているんだろう」
「な、なにあの人……カッコよすぎない」
「うん、体バキバキすぎて鼻血出そう……」
「白髪ってどっかで見たぞ。どこだったかな?」
「闘技場じゃね。白髪の男がいたって噂は本当なんだな。若い男で白髪なんて滅多にいないだろ」
女性陣は僕の方を見て赤面し、男性陣は僕の髪色で闘技場にいた人物だと知られた。
「だ、駄目駄目駄目! キースさんの心と体はぼく達のなんです!」
ミルは川岸に走ってきて体に飛びついてくる。
「ミル。今の僕は濡れていて冷たいから、離れた方がいい。風邪を引いちゃうよ」
僕はミルの頭を撫でながら呟くと、風邪を引いた時のように頬を赤く染めてミルがヘロヘロになった。
「アルブ、水を重くしてくれる。服はそのままで」
「わかりました」
アルブがびしょ濡れの浴衣に触れると、重たくなった水だけが地面に落ち、乾いた服が残る。
「よし。これで着られる」
僕は濡れた下着は脱げないので乾くまで我慢する。服の袖に腕を通し、ミルを包むようにして帯を締める。
「ミル、温かいかな?」
「はいぃ。あたたかいれすぅ……。チュッチュ、チュッチュ~」
ミルは一瞬で発情していた。体内の魔力を吸い取り、正気に戻らせる。
「はっ……。ぼくは何を……」
ミルは正気に戻り、地面に降りる。僕達は何もなかったようにシトラのもとに戻った。
「よく恥ずかしがらずにいられるね……。あんな状況になってるのに。見てるこっちが恥ずかしいわ」
「はは。普通に恥ずかしいけど別に何ともないよ。シトラが恥ずかしがらなくてもいいのに」
「えへへ~、どさくさに紛れてキースさんの体に抱き着いちゃいました~」
ミルもどうってことない様子で、苦笑いをしながら後頭部に手を当てている。
僕たちの紙灯篭は完成したので時間が来たら川に流してもらえるそうだ。
紙灯篭が川に沈まず『橙の泉』まで到達できた願いは叶うと言われているそうだが、毎年八割が川の底に沈んでしまうそうだ。
僕達の願いが書かれた灯篭が『橙の泉』まで到達できることを祈る。
紙灯篭を作り終えた僕達はのんびりと過ごしていた。戦う訳でもなく、仕事をしているわけでもない。ただ、ボーっとして歩いている。
走ればすぐ着く道のりも、歩くと時間がかかった。当たり前なのだが、その当たり前が、心地いい。時の流れがゆっくりに感じるというか、もっと先まで行けそうな気がする。
お腹が減り、何かが食べたくなったら屋台でリンゴ飴を購入して皆で食べた。祭りの楽しみ方がわからないが、ただ歩いているだけでもいいのではないかと思うくらい有意義な時だ。
星祭の催し物なのか、闘技場で男女の戦いが行われると祭り運営の方々が報告してくる。
「クサントスギルドのギルドマスター対橙色の勇者の一戦をお見逃しなく! 両者共に、強者であります。勇者の力をギルドマスターと合わせるために橙色魔法を一部禁止にします。互いの拳で殴り合い、今年の星祭を盛り上げてくれるそうですよ!」
「お父さん! お母さん! 僕、勇者見たい!」
「爺さんや、勇者の坊やが来るそうやで。久々に会いたいな~」
多くの者が闘技場に向って歩いていく。どうやら、橙色の勇者が見れるというのが大きいようで、子どもや大人は皆、橙色の勇者が大好きらしい。
――すごい人気だ。フレイに会えても嬉しそうにする者は少ないのに、ほとんどの人が橙色の勇者に会いたがっている。それだけでも人気があるとわかるな。
「僕達も橙色の勇者を見に行く?」
「そうですね。せっかくの催し物ですし、見に行きましょう。魔法で強化された力は以前のハイレオーを倒した時に見ましたから、力を押さえている場合を見ておけば橙色武術祭で戦う時、対策できるはずです」
ミルは冷静に判断し、眼をキラキラと輝かせながら僕を見てくる。
「私もこの眼で一度見ておきたい。フレイとどれくらい違うのかも知っておきたいし」
シトラは腕を組みながら、相手の力を差しはからんとしている。
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