星祭
「おやつにケーキが食べられるなんて物凄く幸せを感じている気がする……」
シトラはショートケーキを綺麗に食べ進めている。尻尾が思いっきり振れていることに気づいているのだろうか……。
「たまにはこうやってケーキを食べながら紅茶を飲むという、休憩もいいよね」
僕はチョコレートケーキをチビチビと食べながら、紅茶の渋さと調和させて楽しんだ。
「うまうま! チーズケーキうま!」
ミルは無我夢中でチーズケーキを貪り食っている。顔だけでも幸せが伝わってきた。
「ケーキは全て甘いのに、味が違うなんて不思議です。でも、美味しいのは変わりありません」
アルブはすでに食べきり、味の違いを感じて嬉しがっている。
僕はもう甘いケーキは十分堪能した。でも、シトラとミルはまだまだ食べられると言いたそうな表情をしていた。
「二人共あまり食べすぎると、太ってしまうよ」
「う、動くから大丈夫ですよ。今日もたくさん走ってきましたし」
ミルは苦笑いをしながら呟く。少し、不安なのか仕事終わりなのに体を動かしていた。
「わ、私は太りにくい体質だから……」
そう言いながら、シトラも庭に出て体を動かし始めた。体を少し動かしたくらいで食べ物が熱に変わるわけないのだが、二人はせっせと動いている。
丁度いいので、シトラにも瞑想を教える。
三〇分ほど瞑想をすると、シトラもミルと同様に体の感覚が研ぎ澄まされ、動きやすくなったようだ。
「ふっ! はっ! せいやっ!」
「はっ! ほっ! といやっ!」
シトラとミルは互いに拳を撃ち合い、鍛錬していた。戦う行為に慣れていないと試合をいきなりしても体が上手く動かない。僕だって常日頃から体を動かすようにしている。
両者共に疲れ切り、庭に倒れ込んだころ、僕は夕食の下準備を始めた。
シトラは今日は自分が作ると言って調理場に立つ。そのまま主導権を握られた。
僕はシトラに調理場を任せ、少し休憩する。
暇な時間が出来ると僕は落ち着かなくなり、動いてしまう。
何かやれることがないかシトラに聞くと、ほぼやってしまったから仕事が無いという。
何をしようか迷ったあげくいつも通りの筋力を増やす鍛錬を行った。僕の趣味はいったい何だったか、もう思い出せない。体を動かしていないともったいないと感じてしまう自分がいた。体を動かすこと以外、考えられなくなってきている。もう、重症かもしれない。
「い、いかんいかん……。体を動かすこと以外に、何か出来ることを探さないと」
僕は瞑想を始めた。体を動かした後なのだから、静の流れが必要だと考えた。
今とれる静は瞑想か、読書。魔力を練る練習をするためにも瞑想は効果が高い。魔法も少なからず使えるようになりたいので、出来る限り鍛錬を怠らない。
僕が居間で瞑想をしていると、ミルが体を擦りつけて来た。甘えたいのだろう。でも僕は瞑想をし続ける。すると、ミルは面白がって頬を舐めてきたり、頬にキスしてきたり前側から抱き着いてきたりと甘えまくってきた。
「キース! ミルちゃん! 夕食が出来たよ!」
僕とミルはシトラの大きな声に驚き、振り返る。
シトラは頬を膨らませながらかんかんに怒っていた。何に怒っているのか、わからなかったが、皆でシトラの作った料理を食べ、幸せを噛み締めながら夜を過ごす。
七月の上旬はいたって普通だった。ただ七月七日は皆で星を見に行こうという話が出て来た。なぜ星を見に行きたいのかと聞くと、その日が星に願いを込める日なのだそう。
「キースさん。浴衣を着ましたか~?」
ミルは襖を開け、僕の寝室に入ってくる。彼女は黄色っぽい浴衣を着ていた。
「着たというか、羽織ったというか、別に普通の恰好でもいいと思うんだけど」
僕は黒っぽい羽織を身につけてミルのもとに向かう。
「今日は一年に一度しかない、星に祈る日らしいですよ。笹の葉に願いごとを書いてお願いするそうです。街でもお祭り騒ぎなんですから、一緒に楽しみましょうよ」
ミルは僕の手を取り、跳ねた。
「わかったわかった」
僕は部屋から出て居間に一度戻る。
「ん~、ミルちゃん、胸が苦しいんだけど……」
シトラは銀色っぽい羽織を着ていた。胸が大きいので浴衣が着崩れており出っ張りが強調され、厭らしい。
「もう、さらしを撒いても大きいですね。これ以上締めたらもっと苦しくなってしまいますし、今日は我慢してください」
僕たちは全員似た格好で温泉街に向かう。すると、至る所で催し物が行われていた。
「年に一度の星祭、全品安くなってるよ! 買っててね!」
屋台の店主の威勢よく声を出し、祭りを盛り上げていた。
「へぇ、星祭って言うんだ。星はまだ見えないけど綺麗なのかな?」
今の時間帯は朝なので空は真っ青に見える。星は一つも見えない。
「綺麗に見えるに決まっているじゃないですか。ささ、木の札に願い事を書いて飾られている笹の葉に巻き付けていきますよ」
ミルは木の板を持ちながら、戻って来て自由に使ってもいいと書かれているインクと羽ペンを使い、願いごとを連ねていく。
「書けました。キースさんとシトラさんはどうですか?」
ミルは木の板を持ち、聞いてくる。
「願い事……。無いんだよな……」
僕は唯一の家族であるシトラを取り返したため、願い事と呼べる欲望が無かった。そのため、何を書いたらいいかわからず、木の板は綺麗なままだ。
「私は書けた。キースも何か書きなさいよ」
シトラは羽ペンをおき、木の板を持ちながら呟く。
「そう言われても、何も思い浮かばないんだよ。願ってまで叶えたい夢はもうほぼ叶ってる。他に何を願ったらいいのか、わからないよ」
「贅沢な悩みね。何でもいいじゃない。特にこだわらず、願いを書きなさいよ」
「あ、僕の願いじゃなくてもいいのかな?」
「まぁ、いいんじゃないですか。でも、自分以外の願いって何を書くんです?」
ミルは首をかしげて聞いてくる。
「フレイとロミアさんの仲が深まりますようにって書くよ」
「えぇ……。ニクスさん、どれだけお人よしなんですか。まぁ、ぼくもロミアさんには幸せになってほしいですけど、思い人がフレイですからね……」
ミルは苦笑いをして木の板を見る。
「まあ、何も祈らないよりはいいんじゃない」
シトラは笹の枝に木の板をいそいそとつける。
「二人はどんなお願いを書いたの?」
「え……。いや~、言うのはちょっと恥ずかしいですね……」
ミルは木の板を背中に持っていき、隠してしまった。
僕はお願いを教えたのに、二人は僕にお願いを教えてくれなかった。
二人の木の板をこっそりと見てみようと思ったが、情けないと考え直し、止めた。
星祭の最中、温泉街の明りが魔石の街灯からロウソクに変わり、星が見やすいように配慮されていた。
お店の中はカンデラの明りを使っているので暗すぎず雰囲気が出ていて心が落ち着く。と言っても今はまだ朝なので日光が差しており、明るい。
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