プラータちゃんとの別れ
「立ち話も何ですから……。どうぞ中にお入りください。薄いですが、お礼も込めて紅茶を入れさせてください」
「そうですか、わかりました」
僕はプラータちゃんの家に招き入れられ、椅子に座る。
家の中は物が少ないため、綺麗に片付いていた。きっと本当に必要な物しか置いてないのだろう。
一室の床に、布団が一枚敷いてあり、その上に二人の男の子が眠っていた。
「この子達が私の弟たちです」
「二人とも、プラータちゃんに似てるね」
「そりゃあ、姉弟ですから」
プラータちゃんと姉弟の話をしていると、プラータちゃんのお母さんが木製のカップに紅茶を入れて持って来てくれた。
「薄いですけど、どうぞお飲みください」
「ありがとうございます。喉が丁度渇いていたので、うれしいです」
僕は紅茶を飲みながら、プラータちゃんのお母さんがぽつぽつと零す言葉を聞く。
「プラータの帰ってくはずだった二日前……。私は、仕事を終えた帰り道で列車が爆発したっていう話を聞きました」
プラータちゃんのお母さんは未だに涙ぐみ、声が少し震えている。
「ルフス領に向っている列車ならプラータが乗っているかもしれない。そう思って私は、駅に向って走りました。駅で見たのは、プラータが乗ってくるはずだった列車が爆発したという張り紙で……」
「お母さん……」
プラータちゃんも実の母の表情を見て、軽く涙ぐんでいた。
「私はプラータが死んでしまったかもしれないと思い、泣き崩れてしまいました。今日までずっと働けず、夫に何もかも任せっきりになっていました」
「子を持つ親の気持ちは分かりませんが、誰かを心配する気持ちは分かります。凄く辛い日々だったと思います。でも、安心してください。プラータちゃんは無事に帰ってきたんですから」
僕が励ましていいのか分からなかったが、声を掛けるくらいなら問題ないと思い、相打ちをしながら所々で返答した。
少しして、プラータちゃんが喋り始める。
「お母さん、私、夢が出来たの! だから、お母さんにも手伝ってほしい! 家族みんなで私の夢を応援してほしいの!」
プラータちゃんの夢をいきなり聞かされたプラータちゃんのお母さんは眼を見開きながら驚いていた。
プラータちゃんが熱く語る夢と、やる気に満ちた眼差しを僕は横目で見守る。
その様子を見るだけで彼女は本気なのだと僕でも分かる。
面と向かって言われているプラータちゃんの母さんなら、きっと心に響いているだろう。それでも簡単には頭を縦に振らない。
そりゃそうだ。今のプラータちゃんの家は安定と言えば安定している生活。それを捨て、夢に向えばその先何があるかわからない。もしかしたら野垂れ死ぬような人生になりかねない。
それが分かっているからこそ、プラータちゃんのお母さんは頑なに頭を縦に振らなかった。
――僕からも助言した方がいいのだろうか……。いや、その必要はない。プラータちゃんが自分で決めた夢だ。自分で何とかするはず。
その後も、プラータちゃんは長い間お母さんを説得しようと、気持ちを伝えている。
だが……何してもお母さんから了承を得られなかった。
プラータちゃんは最後の手段に出る。
「お母さん見て、このお金は私が稼いだの」
プラータちゃんはお母さんに硬貨の入った袋を見せた。
「え……。これをプラータが稼いだの……」
「そうだよ。しかも五日間で稼いだお金なの。私たちが一カ月余裕で暮らせる金額だよ。私、お仕事してて思ったの、お花さんの力は凄いって。お花は人の心を動かせるんだよ」
「お花……」
「どれだけ辛くても、お花は支えてくれるの。人の体は支えられないけど心はがっしりと強く支えてくれるんだよ。私も皆を支えたい。何かに辛いと思っている人たちを支える花になりたいの!」
「プラータ……」
「お母さんの言う通り、未来がどうなるか確かにわからない。ずっとつらい生活かもしれない。でも……家族でなら乗り越えられると思うの」
プラータちゃんは両手を握りしめ、気持ちを振り絞っていた。
「私だけ離れ離れは……辛いよ。私は家族みんなが大好き。だから、出来るだけ一緒にいたい。大きくなったら好きな人のところに行っちゃうかもしれないけど……」
プラータちゃんが僕の方を一瞬見てきた気がする。
「立派に成長したい。でも今のままじゃ、私も家族の皆も本当の幸せは手に入れられない。安定だから幸せという訳じゃないの。幸せの方が先なんだよ、幸せだから心が安定するの。だからお願い、私に力を貸して。私と一緒にお花屋さんをやって!」
プラータちゃんのお母さんはじっと考えている。口を開きそうになった、その時……、
「いいんじゃないか……。母さん。プラータの好きにさせても」
マゼンタ色(赤紫)の短髪男性が玄関から入ってきた。どことなくプラータちゃんと雰囲気が似ている。
「お父さん!」
「あなた……」
「外まで聞こえて来たぞ。やっぱりプラータだったか。無事だったんだな」
「うん!」
プラータちゃんは玄関に走って行き、お父さんに抱き着いた。
お父さんの方はプラータちゃんの頭を優しく撫でる。そして僕の方を見てきた。
「君は……」
「初めまして。キース・ドラグニティと言います。プラータちゃんを保護して家族のもとまで無事にとどけた者です」
「そうでしたか。プラータを助けてくださったんですね。ありがとうございます」
プラータちゃんのお父さんはお母さんの隣に移動して椅子に座った。
「本当は私たちがプラータと一緒にいてあげるべきだった。ただ、私は病弱で妻も足が悪く一緒にいてあげられなかった。そんな時に起こった事故で……」
プラータちゃんのお父さんも、お母さんと同様に涙目になり、目頭を押さえながらポツポツと喋っている。
「どうしてプラータと一緒にいてあげなかったのかと深く後悔しました。たとえ死んだとしても家族皆一緒であれば、悲しむ者はいなかった」
プラータちゃんのお父さんは辺りを見渡し、微笑みを浮かべている。
「もしプラータだけ死んでいたら私たちの心は持たなかった。プラータが誰も知り合いのいない中、一人で死んだと思うと、苦しくて仕方なかった。だからこそ一緒にいるべきだと思ったんだ」
「あなた……」
「母さんもそうだろ。プラータがいなくなったら私たちに幸せなど来ない。それがわかったんだ。だったら今度は私たちがプラータと一緒いるべきなんじゃないか?」
「……そうね。プラータがいない時はみんな抜け殻みたいになってしまうものね……」
「そ、それじゃあ……」
「わかった。私たちみんなで一緒に働きましょう」
「やったあ~! お母さん、ありがとう。そうと決まったらこれから忙しくなるよ! お花を集めて売らないといけないんだから!」
プラータちゃんは飛び上がり、その場で兎のようにぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「初めは小さく手売りして、いろんな場所に行くの。いろんな人と話して、いっぱい経験する。移動費は毎度その場所で稼いで、人を幸せにしながら旅をするの」
プラータちゃんは本当に一〇歳かと思うほど計画をしっかりと立てていた。
「経験を積んだら、ルフス領まで戻ってきてもいいし、ここで売りたいと思える場所が決まればそこでもいい。今、全部は決めない。だってまだ未来は分からないことだらけだから」
プラータちゃんは両手を真上にあげる。照明がなく、日の光しかない部屋の中で、眩しいくらいの笑顔を浮かべていた。
「辛い日も楽しい日もある。でも、だからこそ人生で幸せを感じられるんだよ。よーし! いっぱいいろんな人を幸せにして、私達もいっぱい幸せになるぞ!」
プラータちゃんの元気は凄まじかった。家の中が力に満たされている感覚。
近くにいるだけで皆の活力になる笑顔はお金の有り無しなど小さな問題だと言っているようで、この子なら世界でも変えてしまうのではないかと錯覚させる。
☆☆☆☆
「それじゃあ頑張ってね、プラータちゃん。僕はどこにいても、応援しているから。家族でお花屋さんを開いたら、僕は必ず行くよ。どんなに遠くのお店でも駆けつける、必ずね」
「やっぱり……、行っちゃうんですね」
プラータちゃんは玄関で泣きそうになりながら、僕の前に立っている。
「そんな顔しないで……。死にに行くわけじゃないんだ。僕も夢を探しに行くんだよ」
「そ、そうですよね。ごめんなさい。でも……、キースさんがまた無茶するんじゃないかって心配で」
「はは……大丈夫だよ、僕は簡単に死んだりしない。それはプラータちゃんがよくわかっているでしょ」
「はい……」
「それじゃあ、僕はもう行くね。プラータちゃんたちに何か危機が迫ってたら、絶対に助けに行く。僕は何があっても必ず助けに行くから、希望をいつまでも捨てないでいてね」
「う……うぅ……」
プラータちゃんは瞳に大量の涙を浮かべているが服の長袖で拭いたあと、満面の笑みで僕を見てきた。
そこから彼女は、言葉を発せず戸惑っていた。
僕は無理させるのも悪いと思い、僕から別れを告げる。
「またね、プラータちゃん」
僕は一言だけ別れの言葉をささやいた。そのあと、小さなレンガの家に背を向けて歩き始めた。
――プラータちゃん、最後は言葉が詰まっちゃったのかな。それだけ悲しいのだろうか。僕は胸の苦しみはあるけど、それ以上にこれからが楽しみなんだ。
プラータちゃんの未来、僕の未来。どうなるかわからないその先が、僕を奮い立たせる。言葉を交わさずとも、プラータちゃんの思いは伝わったから、それでいいじゃないか。
僕がそう思っていたとき。
「キースさん!」
プラータちゃんは僕の背中に勢いよく抱き着いてきた。
「ど、どうしたの、プラータちゃん?」
「絶対また会いましょうね……」
僕の方からプラータちゃんの顔は見えない。
すすり泣きが少し聞こえるため、きっと泣いているのだろう。
顔は見せたくないのか、僕の背中に顔を埋めている。
「うん、絶対また会おう。その時にはもう少し成長した姿を見せるから」
「私もです。大切な相手さんにだって負けませんから……」
「ん……、それってどういう……。どわっ!」
僕はプラータちゃんに背中を押された。前かがみになり、こけそうになったが何とか堪える。出発の時にコケるのは縁起が悪すぎる。
「キースさん! 頑張ってくださいね。私も頑張りますから!」
僕が後ろを振り返ると、眼の下が赤く腫れたプラータちゃんの姿があった。それでも、口角を自然にあげ、笑顔を浮かべている。
こんどは僕の方が言葉に詰まっていると、プラータちゃんは大きな声で魔法を掛けてくれた。
「キースさん、行ってらっしゃい!」
「はは……。行ってきます!」
プラータちゃんは僕を終始笑顔で見送ってくれた。しかも『行ってらっしゃい』と言葉つきでだ。
僕の体に言葉が染みて、内側から力が漲る。僕はそれ以降振り返らず、歩みを進めた。
――シトラ、待っていてくれ。絶対に見つけ出すから。
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