ルフス領に到着
「はぁはぁ……。よかった。恐怖心が収まってきた」
「私もです。列車に乗って息ができなくなるまで怖くなったのは初めてです。このまま止まっていても辛いだけなので、速く出発してほしいですね」
プラータちゃんは胸に手を当て、呼吸を少しずつ整えていた。
「動き始めたら気が少しはまぎれるかも」
僕たちは空に浮かぶ雲を見つめる。雲を眺めていれば窓から見える景色を視界に入れずに済むため気持ちが少し和らいだ。
村の周りの景色は僕たちにとって、死地の情景として脳裏に刻み込まれている。
もう一生この場の景色を見られないかもしれない。それほど、あの時の情景が忘れられない。
僕たちが雲を眺めていると列車が動き始めた。車輪が線路の上を移動すると時おり車体が小さく跳ねる。その度、僕たちの体もビクビクと跳ねる。恐怖で叫びそうになったが何とか堪えた。
「やっと動き始めたね。あと二日この状況が続いたら、どうしよう」
「き、きっと慣れますよ。ずっと揺られていれば私たちの体も列車は安全だとわかってくれるはずです」
「慣れるまでは耐えるしかないか……」
その日、僕たちは列車の揺れに全く慣れず、体が危険信号を終始発信していた。夜食も喉を通らず、水だけを飲む。
夜も深まり、眠りに付いたかと思えば、少しの揺れで起きてしまい中々深く寝つけない。やっと慣れてきたのは、夜が明けて朝食が配られたころだった。
「食べ物が、喉をやっと通りましたね……」
「うん……。食欲が出てきたのかな。体の異常もなくなったし。やっと眠れそうだよ」
「はい……、私も凄く眠たいです」
僕は黒卵さんを落とさないように、両手と太ももでしっかりと抱える。きっとこうしておけば寝ていても落としはしないだろう。
☆☆☆☆
僕たちの体調が元に戻った時には、ルフス領の駅に着いていた。
座席から立ち上がり、駅のホームに向う。
二日前よりも格段に体の調子がいい。足も動くし、視点も会う。
プラータちゃんは故郷に帰ってきた感動で、すぐにでも飛び出したそうにうずうずしている。
列車が静かに止まり、車両の扉を開けてもいい合図の鈴が鳴る。
僕は取っ手を掴み、列車の扉を引いた。
プラータちゃんは一目散に飛び出し、外の空気を思いっきり吸い込んでいた。
「ふぅ~、はぁ~。懐かしい……ルフス領の空気ですよ。キースさん!」
「ここがルフス領か。王都とは全く違うな。煌びやかというよりかは、質素な作りだ。僕はこっちの方が落ち着くな」
「そうですよね。ここの駅は領主さんの要望に合わせて作られてるみたいですよ。派手過ぎないのも、領主さんの意向です」
「へぇ……、領主をやっているのに煌びやかな雰囲気が好きじゃないんだ。共感が持てるな」
ルフス領の駅のホームから少し歩いて得た印象は、領主の意向の強さだ。
質素な外観もそうだが、流れている音楽もゆったりとした心安らぐ音程、赤を基調とした建物は少なく、橙色や薄い黄色など、優しい色合いの街だった。
「プラータちゃん、なんか僕が思ってたよりも静かな街なんだけど……」
「昔はもっと真っ赤だったんですけど、最近は領主さんが静かな印象を街に加えるようになったんです。そうしたら、街の人達の暴動が少なくなったんですよ」
プラータちゃんは辺りを見渡しながら、満面の笑みを浮かべて喋っている。
「昔から赤色の街としてやってきていたので抵抗感を覚えている人もいましたけど暴動がないだけで凄く暮らしやすくなったと思います。まぁ、それでもまだ暴力沙汰は絶えないですけどね」
「そうなんだ。領主さんが頑張ってルフス領を住みやすい街にしようとしているんだね」
「そうだといいんですけど……」
プラータちゃんは、少し遠くを見て呟いた。
「何か不満なところがあるの?」
「いえ……、不満はないですけど。領主さんは人前にあまり顔を出しませんから、どんな人か分からないんですよ。ルフス領のお祭りにも代役を立てて手紙を読ませてましたし、お祭りの最中、一回も顔を出しませんでした。たまに領内を徘徊しているようですがほとんどの領民が顔を知らないので噂にもならないんです」
「ほんとに変わった人だね。領主は皆、いろんな式に出て、我先に演説したがる目立ちたがり屋だと思ってた」
「そうですね。領主邸にも入ろうと思えば誰でも出入りできるようです。誰も入ろうとしませんけどね。あ、噂ではちゃんとした服装じゃないといけないらしいですよ」
「へぇ、そうなんだ。ルフス領の領主さんに一度会ってみたいな。特に理由はないけど話を聞いてみたい。変わった人がどういう気持ちで領主という大仕事をやっているのか少し興味がある」
「キースさんも領主邸に一度寄ってみたらいいですよ。質素ですけど、ルフス領で一番大きいお家ですからすぐ分かると思います」
「プラータちゃんを送りとどけたあとにでも寄ってみようかな」
僕はプラータちゃんに連れられ、ルフス領をただひたすら歩いていた。
僕たちはレンガで建てられた家や店が敷き詰まっている領人の多い街を抜けていく。
家と家の間がしだいに広くなり、人気の少ない住宅街にやって来た。
「キースさん。あそこです」
プラータちゃんが指さしたのは、レンガで出来た小さな家。
劣化した瓦に、色の薄れた壁、所々に罅が入っておりいつ崩れてもおかしくなさそうな状態だった。
家のある場所は川の近くで、水が流れる音が心地いい。その為か、緑も多く環境は素晴らしかった。
「行きましょう。家族が待っていると思います」
プラータちゃんは僕の右手を引っ張り、家の前まで先導する。
家の前につき、彼女は数回、扉を叩いた。すぐに扉が開く。
「プラータ!!」
「お母さん、ただいま!!」
黄色く長い髪を後ろで束ねた女性がプラータちゃんを抱きしめる。
髪色、顔、声、その他諸々プラータちゃんとそっくりで、お母さんだとすぐわかった。
「よかった、本当に無事でよかった……」
プラータちゃんのお母さんは膝立ちになり、プラータちゃんを抱きしめながら泣いている。
「お母さん……苦しいよ」
「本物のプラータよね、嘘じゃないわよね、夢じゃないわよね!」
「本物だよ。どう見ても、お母さんの娘でしょ」
プラータちゃんのお母さんは、我が子の肌を摘まみ、引っ張る。
「ほ、本物なのね……。うぅ……よかった」
「心配してくれてありがとうお母さん。でも、私は無事だったから、もう心配する必要はないよ」
「そうね……。お母さん、心配過ぎて夜も眠れなかったのよ。これで、ようやくぐっすり眠れるわ。ところで、後ろの方は誰かしら?」
「あ、えっとね。命の恩人のキースさん。王都からずっと一緒にいてくれたの。だから私、生きて帰って来れたんだよ」
「初めまして、キース・ドラグニティと言います。僕の方こそプラータちゃんに助けられてばかりだったので頼りなかったと思いますが、無事に家まで送りとどけられました」
僕はプラータちゃんのお母さんの前で一礼した。優しそうなお母さんで、母さんを少し思い起こしてしまう。
「娘がご迷惑をおかけしまして、すみません。本当にありがとうございます。ただ、私にはお礼として差し上げられる対価が何一つありません。少しずつですがお金を溜めてお礼金とさせて頂きたいので、何とぞお待ちいただけないでしょうか」
「いやいや、お金なんていりませんよ。実際、僕自身も死んでたかもしれないので、お礼だけ言ってもらえればそれだけで十分です」
「本当ですか……」
「はい、本当ですよ」
プラータちゃんのお母さんはその場に両膝を着きながら、僕に向って頭を下げ、泣きながら「ありがとうございます」と何度も言っていた。
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