クサントス領の宿
「さてと、二つの考えがあるんだけど、どっちがいいか二人にも一緒に考えてほしい」
「どんな考えですか?」
「聞いてあげるから、言って」
ミルとシトラは僕の話に耳を傾けた。
「同じ旅館にずっと泊まるか、旅館を毎回変えるか。どっちがいい?」
「ん~。宿探しは面倒臭い気もしますし、高級な宿に毎日泊まるのも贅沢すぎる気もします」
「気に入った宿が見つかるまで点々とすればいいんじゃない?」
「なるほどね……。じゃあ、毎回泊まる場所を変えて気に入ったところに長く泊まると言う方針で行こう。そうと決まれば、開いている宿に片っ端から声をかけてみようか」
「はーい」×ミル、シトラ。
僕は温泉街の馬屋に馬と荷台を一度預ける。
僕とシトラ、ミルの三名は分かれて良さそうな宿を探す。
宿にも多くの売り文句があり、目移りしてしまう。温泉の多さ領一番とか、広い個室風呂完備とか、朝、夜に食事つきとか……。色々あって迷ってしまう。三名でそれぞれ見て回り、二時間後集まった。じゃんけんをして僕が勝ったので、僕が行きたい宿に向かう。
「今日の宿泊人数は三名様ですね。一泊、金貨一〇枚です」
僕は金貨を一〇枚払い、広い部屋に案内された。落ち着く雰囲気がある場所で広間、寝室、お風呂場、トイレと言った欲しいものが一通りそろっていた。
「では、ごゆっくり……」
扉が閉まる。
「す、すごい……。僕達はこの部屋に泊まっていいんだ……」
僕は感動しながら大きなローテーブルの置いてある広間の座布団に腰を下ろす。フルーファは布で巻いて床を気づ付けないように配慮しておく。
「キースさん、キースさん。個室のお風呂がすでにお湯でいっぱいになっています! 普通に広いですし、木の良い匂いがします」
ミルは目を輝かせながら部屋を見ていた。
「うん、なかなかに良い宿なんじゃない」
シトラも座布団に座り、落ちついている。景色は温泉街を見ていられるという感じで絶景が広がっている場所ではない。ま、温泉街の雰囲気がもともといいので見ていられなくはないため、楽しくはある。
「じゃあ、いったん大浴場に行こう。混浴は無いから、温泉から上がったら休憩場で待ち合わせしようね」
「はーい」×ミル、シトラ。
僕はアルブと一緒に温泉に入ろうと思っていたのだが……、アルブは空中をふよふよと移動し、シトラの方に乗った。
「あれ、アルブは僕と一緒に入るんじゃないの?」
「私は乙女なのでこっちなんですよ。卵の間は良かったですけど、もう、こっちに入らないといけませんね」
「ふぇ?」
アルブやどうやら女の子だったようだ。ま、まぁ。ドラゴンにも性別くらいあるかと思い、僕は一人寂しく男湯に入る。
大浴場には多くの利用者がおり、冒険者っぽい人たちが大きな浴槽に浸かっていた。よく見たら獣族やリザードマン、矮性族、などもおり種族差別がなかった。これだけ多くの種族が同じお風呂に入っているのも珍しい気がする。王都では絶対にあり得ないだろう。
僕は大きな浴槽の端にこじんまりと座り、温泉を楽しむ。
「今年も橙色武術祭がやっと始まったな。待ち遠しくて寝られなかったぜ」
「ほんとだよな。今年こそは本戦に行きたい。そんで優勝して橙色の勇者をぶっ飛ばすんだ」
「おいおい、夢見すぎだって。お前が橙色の勇者に勝てるわけないだろ」
「いいじゃねえか、夢見たってよ。にしても、今年はあいつを楽しませてやれる奴が現れるのかね」
「さーな。橙色の勇者は勇者順位戦で三位の猛者だからな……。勇者と真面に戦って勝てるもんじゃねえ。でも、勝ちてえよな、あいつによ」
お風呂に浸かっていた冒険者さんっぽい二人が橙色の勇者について話していた。二人の話方からするに特段悪い人でもなさそうだ。
――いや……、まだわからない。フレイみたいに民が勘違いしている可能性だってある。実際に会って自分で判断しないと。
「あ、そうそう。お前、橙色武術祭の申し込みしてきたか?」
「当たり前だろ。してきたに決まってるじゃねえか」
「じゃあ、大剣を背負った白髪の少年の話を知ってるか? 前回大会の本戦出場者を弾き飛ばした奴なんだけどさ。俺、見そびれたんだよ」
「ああ、白髪の少年なら見たぜ。あの一撃にはめっちゃ痺れた。さすがに相手も油断しすぎだったんだろうけどな」
――な、なんか、僕の話が話題になってる……。髪色が知られていると気づかれるから、頭を布で巻いて隠しておこう。
僕は脱衣所で「ご自由にお使いください」と札に書かれ、籠の中に入っていた橙色の布を持っていたので頭に巻き着けて白髪を隠す。別におかしな行為ではなく、周りにも頭に布を巻いている人がいたので自然なはずだ。
僕は体が十分温まったので体を洗いに壁際に向かう。体をしっかりと洗い、水気をとった後、蒸し風呂に入って体を解し、外気浴で癒す。そのまま露天風呂に入って空の景色を楽しんだ。
脱衣所に戻り、体を拭いていると後方から何か威圧感を受ける。
僕は後ろを振り返ると体長が二メートルを越えている牛族の男性がいた。
「な、何か用ですか?」
「…………」
――な、なんなんだ。何か喋ってくれないとわからないよ。
「これ、落としたか?」
男性は橙色の布を僕に渡してきた。頭に手を当てると、いつの間にか外れていたようだった。
「あ、ありがとうございます。外れていたの、気づきませんでした」
僕は布を受け取り、頭を下げる。
牛族の男性は小さく会釈をして僕のもとを去っていく。「寡黙な方だな」としみじみ思った。
使い終わった布や寝間着を入れておく籠に布を入れて髪を魔道具で乾かす。
「ふわぁ~。体が温まったら眠たくなってきたな……」
僕はボーっとしながら髪を乾かしていた。すると、先ほど僕の話をしていた男性二人組が僕を挟むようにして椅子に座る。
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