弱そうな男
「シトラ、ミル、大会は三か月間あるらしいから、八月いっぱいまでクサントス領に滞在しよう。今日で全試合を消化してもいいけど、本戦が始まる八月前までの二カ月を使って消化してもいい。僕はじゃんけんで勝った男性と戦ってくるから、二人も相手を見つけて戦うんだよ」
「は~い、わかりました!」
ミルは大きく手を上げて笑顔で僕を見送る。
「はぁ、女性の相手を見つけるのって難しそう。どこにいるのかな」
シトラは辺りを見渡して対戦相手を見つけようとしていた。
僕は数十人に囲まれた後、じゃんけんで勝った男性が僕の対戦相手になった。
「いや~。まさか、白髪の少年がこの大会に出てるなんてな~。相手してもらえるなんてありがたいぜ~」
相手は冒険者だろうか。髪の色は橙色なので、三原色の魔力はマゼンタだ。武器は剣、背丈は一八〇センチメートル。歩き方からして隙が多い。警戒心が薄い人間のようだ。
僕と男性は闘技場の通路を歩き、広い広い試合場に足を踏み入れる。地面は押し固められている砂で、大きな石などはない。サラサラとしており、滑りやすい。でも、硬いのでしっかりと踏み込めば安定する。
広い試合場は四分割されており、半分は女性が使っていた。一つの試合場に審判が三人いて、五分間の戦闘時間が過ぎると審判の判断で勝敗が決まるようだ。つまり、攻撃して倒すか時間切れになるまで戦い、審判の目に止まるかが勝敗の鍵だ。
「勝者、黒」
僕達の前の人達は判定による勝敗になり、勝った者はスタンプカードに勝利の印がおされていた。
「次の者、中に入りなさい」
「うぃ~っす。んじゃ、さっさとやりますか~」
相手が黒の帯を締め、僕が白の帯を締める。試合場の広さは二五メートル四方くらい。四分割されているにも拘らず広々としている。
僕は白線まで移動して一礼したのち、戦いが審判により、宣言される。
「では、始め」
審判の一人が五分間の砂時計をひっくり返す。男性は剣を抜かず、拳を握りしめながら軽い足踏みをした。そのまま僕の動きを探っている。
「武器は使わないんですか?」
「手のうちはなるべく隠すのがこの大会の醍醐味だぜ。初めから他の参加者に見られているんだ。手のうちを見せたら見せただけ勝ちにくくなる。手のうちを出さなければ勝ちにくい。だが、出せば次から勝ちにくくなる。戦いの駆け引きが増えて楽しくなるんだよ」
「なるほど……。そいう楽しみ方もあるんですね」
僕はフルーファの持ち手を握っていたが、手を放して拳を握る。手のうちなんて僕にはほぼないが、フルーファの形態変化くらいは隠しておこう。
「ほらほら、どうした。先行は譲ってやっているんだぜ。攻めてこないなら俺の方から行くぞ。魔法が使えない少年に勝って勝ち星が貰えるなんて幸運だぜ!」
相手は僕に先行を譲ってくれたらしい。
「では、ありがたく先行を貰いますね」
僕は普通に走り出して相手の懐に入り、みぞおちを抉るようにして殴る。
骨が折れるようなごきごきと言う嫌な音が鳴り、男性は場外の壁に弾き飛んだ。それだけならまだしも、壁に衝突し、埋もれていた。僕の額から冷や汗が止まらない。握っている拳の中が手汗でびしょびしょだ。
「主、なかなかいい拳でしたよ。薄い結界を容易く突き破って飛んで行きましたね。走り出しから、拳への力の入れ具合が綺麗で惚れ惚れします」
アルブは肩の上でじたばたと動き、尻尾を振っていた。
「しょ、勝者……白」
僕はスタンプカードに勝ち星を書き込んでもらい、退場する。お相手は救護班に医務室へと運ばれたようだ。謝りに行った方がいいんだろうか。でも、戦いで負った傷は全て自己責任って言う規約があるし、殺し意外ならおとがめなしなんだよな……。なら、相手も覚悟はできていたはずだ。僕が悔いることじゃない。あと六勝すれば本戦に出られる。
――ミルとシトラの戦いを見に行こうかな。毎日一勝ずつすれば無理せずに戦えそうだ。
僕はシトラとミルの戦いを見るために闘技場の観客席に移動した。周りにも多くの観客が座っており、戦いを観察したり普通に楽しんだりしながら盛上っていた。
――本気で勝ちに来ている人は相手の分析でもしているのかな。それはそれで楽しそうだけど、橙色武術祭で優勝しても最後は橙色の勇者と戦わないといけないんでしょ。なんかなぁ。勇者の印象が最悪な僕からしたらできるだけ戦いたくない。
僕が頭の中で勝か負けるかを考えていると、シトラとミルが別々の相手と戦うそうで試合場に入る。両者共に武器は持たず、拳で戦うようだ。
相手は剣と斧と言う武器を持っており、鎧で身を固めている。騎士か何かか……と思っていたら、両者の試合が始まった。
相手は橙色魔法を使い、身体を強化しながら攻撃を仕掛けるも、ミルに攻撃をいなされたあげく、顎にカウンターを食らい、後方に倒れる。
シトラは力技で相手の顔面を殴って弾き飛ばした。両者共に自分のしたい動きをさせてもらえたためとても気分がよさそうだ。まぁ、全員一勝もしていなかったので相手も同じように一勝もしていない相手だ。少しずつ相手の強さが上がっていくと思うとワクワクしている自分もいる。
ミルとシトラが観覧席にいる僕に気付き、手を振ってきたので僕も振り返す。ミルが何度も投げキッスをしてくるので僕も一度だけ行うとミルが倒れた。
シトラが背負って回収し、僕の座っている観覧席にまでやって来た。
「もう、キースがふざけて返すからミルちゃんがヘロヘロになっちゃったじゃない」
「そ、そんなこと言われても。ミルが無駄に目立ってたから、静かにしてもらおうと思って」
「き、キースさんのせいで心臓を撃ち抜かれました~。もう、動けませ~ん」
ミルは二へニヘとした笑顔が止まらず、シトラに背負られたままだった。
「今日のところ、僕とミルは一試合で終えようと思うけど、シトラはどうする?」
「ん~。ま、三人で合わせておけばいいと思う。あと九回は普通に楽しめそうだし、一日で消化しちゃうのはもったいない」
「そうだね。じゃあ、温泉街に行こうか」
僕達は闘技場をあとにして馬屋に向う。馬と荷台を受け取り、温泉街まで移動する。
温泉独特のにおいがしてとても落ち着く。ルフス領の領主であるイグニスさんの領主邸にあったお風呂のお湯と似たにおいだった。
街の建物はレンガや石作りが多かったのに、温泉街になると木造の建物が一気に増えた。ルフス領の面影があり、安心感が生まれる。
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