戦闘訓練
「大丈夫だった、ミル」
「全然大丈夫じゃありませんよ……。でもぼく……、騎乗するの……好きかもしれないです」
ミルは息を荒げながら言った。そのせいで余計厭らしく聞こえる。シトラはと言うと……。
「シトラ~。動いていいよ」
「…………」
シトラは馬にまたがったまま動かなくなってしまった。高い場所が怖いのか、動かし方がわからないのか、理由は色々あるだろう。
――練習が必要だな。
「はぁ、はぁ、はぁ……。た、高い所無理……。あそこから動くとか考えられない……」
「運動神経の良いシトラが高い所が苦手なんて珍しいね。シトラならぱぱ~っと乗りこなしちゃうと思ってたよ」
「あんな高い所から見下ろして走らせるとか無理だよ~!」
シトラは高所恐怖症だった。馬の高さと言っても地面から背中まで一メートル四〇センチメートルくらいなのでシトラの座高と合わせると二メートルを越えるくらいの目線の位置になる。そんなに高くないと思うのだが、彼女にとっては高いようだ。
「じゃあ、二人が馬に乗れるようになるまで特訓しよう。その間にこれからを考えるんだ」
「そうですね。馬を扱えるようになっておいた方が後々役に立ちそうです。まぁ、今となっては普通に走った方が早いような気もしますけどね」
ミルは苦笑いをしながら僕の方を見て来た。
「そうかもしれないけど、出来ないよりも出来た方がいいに決まってる。馬に乗るのはそこまで難しくないから、しっかり覚えておこう。馬に乗れたあとは馬車の扱い方も学ばないとね」
僕達は馬と馬車の扱いを学ぶために毎日厩舎に訪れた。ミルとシトラは少しずつ上達していった。でもなかなかうまく行かず、苦戦していた。気分転換に馬の乗り方を変えてみる。
「じゃあミル。一緒に乗ってみようか。二人で乗れば何かを掴めるかもしれない」
「は、はい。よろしくお願いします!」
僕とミルは馬の背中に乗る。僕が手綱を握り、ミルは僕の前に座っている。
僕は手綱を動かし、馬を歩かせた。体は鞍の両側についている鐙に足先を置いて保っていた。ミルは脚に力を入れて体勢を整えている。
「あぁ、これ……。いい……、キースさんと一緒に乗っていると何倍も心が燃えます~」
ミルは笑顔で馬に乗っていた。訓練場を一周すると次はシトラの番だ。シトラの方がミルよりも背が高く大きいため、僕の前に乗せると、前が見えにくくなる。
「シトラ、背中に抱き着いてくれる」
僕は黒卵さんの入っている革袋を背中から前に移動させ、抱き着きやすいようにした。
「わ、わかった……」
シトラは馬に乗り、僕の背中にムギュ~っと抱き着く。シトラに珍しく抱き着かれるという場面に僕は胸を躍らせた。
シトラの大きな胸が背中に押し付けられて興奮せずにはいられない。
シトラの方は馬の上で泣きそうになっており何が何でも離さないというぐらいに抱き着いている。
僕がもう少し抱き着いてもらいたいなと思っていると、ミルが耳を逆立てながら怒り出したので早急に出発した。
「うわぁ。う、動いてるぅ。お、おっきいの、いっぱい、いっぱい動ている」
「シトラ、落ちついて。僕にしがみ付いていれば落ちないから、少しだけ目を開けてみて」
「む、無理無理。高い所から落ちちゃう」
「シトラなら、この高さから落ちても死なないでしょ。だから、そんなに怖がらなくても大丈夫。何があっても僕が助けるから」
「うぅ……。いつの間にそんなかこつけた言い回しを覚えたの……。私がキースに助けられるなんて屈辱だ……」
「屈辱って……。でも、屈辱を受けたくないのなら、眼を開けてしっかりと見るんだ」
「うぅ……。き、キースに負けるのは恥じ……」
シトラは瞼を少しずつ持ち上げ、眼を開けた。
「う、うわ、うわぁ。た、高い……。き、キース。キース」
シトラは弱弱しい声を出しながら僕に抱き着いてくる。僕は物凄い優越感に浸りながら馬の速度を少し遅くする。
「大丈夫。ほら、落ちないでしょ。これだけゆっくり走っているんだから全然大丈夫」
「う、うん……。だ、大丈夫。大丈夫……」
僕とシトラは訓練場を一周して戻って来た。
「はぁ、はぁ、はぁ……。つ、疲れた……。馬の上に乗るのがこんなに難しいなんて……」
シトラはへっぴり腰になりながら、歩いていた。真面に歩けなくなるくらい疲れたようだ。
「今日の馬術の鍛錬はこれくらいにしておこうか。じゃあ次は……」
「戦闘訓練! 戦闘訓練! 戦闘訓練!」
シトラはさっきまでやる気が全く以てなかったのに、馬術を止めると言ったとたんに瞳を輝かせながら僕に迫ってくる。
「し、シトラがそこまでしたいなら戦闘訓練にしようか」
僕とシトラ、ミルは鍛錬場にやって来た。僕達はシトラを取り戻した次の日から、もしもの時のために鍛錬を続けている。
「ふっ! はっ! やっ!」
「ほっ! よっ! とっ!」
シトラが拳や蹴りを打ち込み、ミルが回避する。
僕は二名の動きを見てどこか悪い点がないか探していた。
シトラの攻撃は威力が高く、一発でも当たると致命傷になりかねない。加えて速度があるため、とても受ける方も気が気でない。身体能力も高く、ミルの攻撃やカウンターを受け止めたり回避したりするのもお手の物。
対してミルも負けておらず、シトラの攻撃を常にかわし、受け流している。豪と流のぶつかり合いと言った感じだ。
シトラは鍛錬を始めてから七日ほどで体の動きを覚え、戦闘に活かしている。天性の才と言っても過言じゃない。
僕の視線はミルのムッチリとしたお尻とシトラの揺れる胸に持っていかれる。頭を振り、もう一度見直す。
「とりゃあっ~!」
「ふわっ!」
シトラがおお振りの蹴りを行うと、風が巻き起こる。だが、ミルには見えているのも同然なので簡単にかわされ、片っぽの脚を振り払う。
シトラの体が傾き、体勢が崩れた。だが、シトラは振り払った脚の威力を使って空中で体勢を立て直すと、ミルの真上から振り払われた脚で蹴り掛かる。
真上から流星でも落ちて来たのかと思う音がして、ミルの鼻を掠った。ミルは柔らかくしなやかな体のバネを使い、身を反らせて後方回転を行いながら攻撃をかわす。
「はぁ、はぁ、はぁ……。もう、シトラさん、容赦なさすぎますよ」
「だ、だって。全然当たらないんだもん」
「よし。何となくわかった。二人の悪い点」
僕はシトラとミルに自分の感じた点を教える。
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