ルフス領を救った?
「今日は休みだから、ミルは気にしなくてもいいよ。でも、仕事の時に寝過ごしたりしないように気をつけてね」
「は、はい!」
ミルは大きな声を上げて返事をした。現在は午前一〇時。昼食まであと二時間残っている。
ミルは準備体操を行った後、僕が行った鍛錬をなぞるように体を酷使していく。
ミルが体を鍛えている最中、僕は格闘術を指南書通りに学んで行く。
知識があるのとないのとでは雲泥の差が生まれるはずだ。
もし、フレイが強さにかまけて何も学んでいないのなら三原色の魔力を持たない僕でも知識と技術を学べば勝てるかもしれない。
僕は強くならなければならなかった。
ミルや街の人々を守るため、今以上に強くならなければ……。
理由は単純に他の人に自分のような思いをして欲しくないから、僕が出来ることは何でもする。そうすれば、フレイをもとに戻す方法がおのずと見つかるかもしれない。
フレイをもとに戻してシトラを領主から返してもらう。そのためには力が必要になってくる。
僕とミルは鍛錬を二時間行い、昼食のために休憩を取り、部屋に戻る。
一二時になるとモモが料理を運んでくれた。昼食を得て休憩は終了。またもや鍛錬に勤しむ。
仕事の初日は午前中の非行をとったフレイを諫めただけで終わった。次もこのような事件に加担するのだろうか。フレイをもとに戻す方法を早く見つけないと……。
僕達は午前、午後と鍛錬を行い、汗をお風呂で流してから夕食を取る。
その後、ミルは眠り、僕は夜中も鍛錬を行った。
皆が寝静まっている中。体を動かせるだけ動かす。どれだけ動かしても疲れは来ず、汗を掻いたら水分を補給し、お腹が減ったらタンパク質の多い間食を取った。たまにフレイを監視しまた鍛錬を行う。そのような日々が三ヶ月ほど続く。
四月に入り、僕は領主に仕事部屋に呼び出された。
「フレイの非行が以前の非行からピタリとおさまった。以前、キースから聞いた魔力暴走の話は本当のようだ。魔力暴走に効果のある薬を飲ませたら、フレイの非行が激減した。会話は依然として聞いてくれないが、何かにとりつかれたように鍛錬を始めたようだ。キースに殴られたのが相当悔しかったんだろうな。記憶はなくしているが、気持までは変えられない。フレイの中に何かに火をつけてしまったようだ」
「えぇ……。フレイが鍛錬なんて。そんなことされたら、強くなってしまうじゃないですか。止められなくなってしまいますよ」
「薬が効いているんだ。フレイが強くなっても、力を制御できるのなら何ら問題ない。勇者が強く成れば領土も強くなる。良い兆候だ。このまま何事もなく、フレイがもとに戻ってくれるといいんだが……」
イグニスさんはわが子を心配するようにフレイについて話していた。まぁ、養子とはいえフレイはイグニスさんの息子な訳だ。でも、フレイはそのことを良く思っていない。
「えっと、フレイがどのようになったら僕達は解放されるんですか?」
「俺の言った条件はフレイをもとに戻すことだ。フレイの暴走する原因もわかったうえ、魔力暴走なら対処方がある。すでに元のフレイを取り戻したも同然だ」
「それじゃあ、僕達は解放してもらえるんですか?」
「解放してもいいが……、条件がある」
「条件……」
「フレイに金輪際関わるな。もし、フレイの悪評を言いふらしたり、事件のことを喋れば領土を脅かした大罪人として処罰させてもらう。キースだけじゃなく、猫と狼もだ」
――ミルとシトラを人質に取られたら逆らえない。
「わかりました……。フレイのことは話しません」
「なら、行く当てが決まるまで今の部屋を使うといい。俺としてはずっと住んでいて構わないが、ここで一生を過ごすのもつまらないだろうからな。好きな場所に行くといい」
「さっきと打って変わって優しい言い方ですね。なんか気味が悪いです……」
「ふっ……、フレイを戻す協力、加えて方法までわかるようにしてくれんだ。言わばルフス領を救ってくれたようなものだからな。これでも感謝している」
「そうですか、まぁ、僕は解放されてありがたいですね。でも、鍛錬所とお風呂は名残惜しいです……」
「ブラックワイバーンの素材で稼いだ有り余る金を使って建てればいいじゃないか」
「それも楽しそうですけど、僕達は各領土を回って国を見てみたいので、まだどこに拠点を置くとか考えていません」
「まぁ、まだ若いもんな。キースが一五歳とは思えないんだが……どれだけ調べても、一五歳で間違いない」
「はは……。成人してまだ一年も経っていないんですよね。ほんと人生は何があるかわかりませんね」
「そうだな……」
領主は一枚の紙を仕事机の上に置いた。
「これは奴隷契約書だ。シトラ・ドラグニティの所有者は俺になっているが、キースの指紋とシトラの指紋を上書きすれば、シトラ・ドラグニティは晴れてキース・ドラグニティの物になる」
僕は羽ペンと小さな針をライトさんから渡された。
奴隷契約書に掛かれているイグニス・ルフスの文字を横線で消し、僕の名前を書いた。親指に針を刺して血を出したあと、指紋を印鑑の代わりに残す。後はシトラに書いてもらうだけだ。
「シトラを呼んでください」
「もうそこに来ているだろ」
イグニスさんが視線を僕の後ろに向けると扉が開き、シトラが部屋に入って来た。
「これに名前を書けばいいんですね」
シトラは一年前よりも文字が上手くなっていた。沢山勉強したに違いない。僕と同様に指印をした。すると、契約書が光り、シトラの付けていた鉄首輪が外れる。
「それは処分しておこう。もう、必要ないだろ」
「あ、ありがとうございます……」
イグニスさんはシトラの付けていた鉄首輪を受け取り、机の上に置く。
「これって付けないと駄目なんですかね……」
僕はシトラが前に付けていた鉄首輪を持っている。これを嵌めようか嵌めないか迷い、悩んでいた。
「鉄首輪が無いと、奴隷に襲われて死ぬかもしれないぞ。人は獣族よりも非力だからな。喉元を噛みつかれたらただじゃすまない」
「まぁ、そうですけど……」
僕はシトラの方を見ながら鉄首輪と首を見回す。シトラの首は鉄首輪の跡が残っており、少々痛々しい。そもそも鉄首輪は奴隷の象徴だ。シトラを奴隷のままにしておくわけないので、着けるかどうか迷っている。
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