事後報告
「プラータちゃんは戻ってきているかな」
僕は部屋の扉の取っ手を掴む。そのまま下にずらして引く。扉は開き、暗い部屋が出迎えた。
「あ、まだ帰って来てなかった。それにしても、暗いな。明かりを点けないと躓いてこけそうだ」
僕はランタンの芯にマッチ棒で火をつける。宿の値段が安いので照明は手動だ。もう少し値段の高い部屋だと、魔道具が置いてある。
王都にある勘当された家には釦を押すだけで魔石に魔力が流れ、部屋を明るくしてくれる装置が付いていた。僕が住んでいた物置部屋についていなかったけど。
「僕はランタンの灯りで十分。プラータちゃんはまだ仕事しているのかな。少し帰りが遅い気がする。大丈夫かな、悪い奴らに捕まってたりしないだろうか。またなにか事件に巻き込まれてたりして……。どうしよう、落ち着いてられない」
僕は部屋の中をうろつきながら、プラータちゃんの帰りを待った。備え付けの掛け時計は午後六時を示している。
僕が帰ってきた時刻は午後五時三〇分だったので三〇分も部屋をうろついていた。
時間が経つにつれ、不安が募る。
「あ、午後六時三〇分になった。このまま行くと午後七時になってしまう。そんなに遅くまでお花屋さんは開いていないはずだ。いや、でも今の季節は日が長いから、もっと遅くまで営業しているかも」
僕は黒卵さんを抱きかかえながらひたすら歩く。
そのうちに午後七時を過ぎた。
「もう我慢できない。見に行こう」
僕はプラータちゃんを待っていられず、お花屋さんに向おうとした。入口の扉の取っ手に手を掛けて強めに押し込む。
「うわぁ!」
甲高い声と共に、黄色い髪の少女が押し倒される。
「痛たた……。プ、プラータちゃん! よかった。無事だった……」
僕は押し倒してしまった少女の姿を見て、安心したのか涙が出てしまった。こんな涙脆くなかったのだけれど……。
「え……。キースさん、どうして泣いているんですか?」
「ご、ごめん。プラータちゃんが無事に戻ってきて安心しちゃったんだよ。また事故にでもあっているんじゃないかと思ってたら、いてもたってもいられなくて」
「そうだったんですか。遅くなってしまって、すみません。お花屋さんの仕事が楽しくて長居してしまいました」
プラータちゃんは僕の泣き顔を見ながら、優しく微笑んでいた。
僕は立ち上がり、プラータちゃんの手を取って床から引き上げて頭を撫でた。
「き、キースさん……。くすぐったいですよ」
プラータちゃんは少し顔を赤らめながら下を向く。
その姿が愛らしく、僕は頭をさらに撫でた。すると、彼女は眼をギュッと瞑りながら縮こまり、脇を閉めた。尻尾が生えていたら、きっと左右に大きく振っていただろう。
――こうやってなでていると僕の方が安心しちゃうんだよな。シトラも昔はよく頭を撫でさせてくれたんだけど、僕が成人に近づくにつれて撫でさせてくれなくなった。
シトラが頭を撫でられてる時の顔、ずっと眺めていられるくらい好きだったのに……。
五分ほど撫で続けて僕はようやく満足した。
「それじゃあ、プラータちゃん。いっしょに食堂に向おう。お腹空いてるでしょ」
「は、はい……」
プラータちゃんはすこし熱った表情で目を細めていた。長い時間撫でられ過ぎて、恥ずかしくなってしまったのかもしれない。嫌と言葉を漏らさなかった彼女の優しさが何とも尊い。
僕はプラータちゃんの手を取って食堂に向かった。
食事に向かうのが少し遅めの時間だったため、席がほとんど埋まっていた。
それでも、二人掛けのテーブルが一脚残っており、僕たちは待たずに食事が得られた。
僕とプラータちゃんは夕食の乗ったお盆を従業員さんからそれぞれもらい、テーブルに向う。
朝も美味しそうだったが夜も格別に美味しそうだ。
パンにコーンスープ、蒸かしジャガイモ、薄切りだが、味がしっかりついていそうなステーキ肉。
王都の宿にはあまり止まった覚えはないけど、料理面で言えばいい勝負だ。きっとこの宿の料理人が相当腕に立つ人なのだろうな。
僕はテーブルにお盆を置き、椅子を引いて腰掛ける。
辺りを少し見た渡すと、美味しそうに食事している人々や笑顔で食卓を囲む家族が沢山いた。
料理が美味しくないと笑顔は生まれない。
この宿の食堂には不快な顔をした人が一人もいなかった。
どんなお店でも悪態をつく人がいる。それなのに、僕が見た限り、皆は不満を感じていないようだった。
僕自身も全く嫌悪感を得ず、過ごせている。はっきり言えばシトラのいなくなった実家より過ごしやすい。
つまるところ、この宿は凄く良い宿だ。
僕が椅子に座った少しあと、プラータちゃんはやって来た。
「お待たせしました。お水を貰いに行ったら人込みにのまれちゃいまして…」
「そうなんだ、大丈夫だった。こけたりしていない?」
「はい、何ともありません。せっかくの料理をこぼすわけにはいきませんから、慎重に歩いてきました」
プラータちゃんはテーブルの上にお盆を置く。
安定したテーブルに料理が置けて、安心したのか力を抜くように息を吐いた。そのまま椅子に飛び乗り、僕たちは向かい合う。
食事に関わってくれた全ての人に感謝を込めて祈る。
もちろん助けてくれた神様にも、めいっぱいの祈りをささげた。
「それじゃあ、食べようか」
「はい、いただきましょう」
実家で一人の夕食より、僕はここでの食事が何倍も美味しく感じた。笑顔溢れる場所で食事する楽しさを知ったのは初めてかもしれない。
「プラータちゃんの方の仕事はどうだった?」
「とても楽しかったです。お花を買いに来るお客さんたちが皆良い人で何度も助けられちゃいました」
「そうなんだ。それは良かったね」
「はい! 私もいつかお花屋さんで働いていきたいと思えるくらい素敵な場所でした」
「そんなにいいところだったんだ」
「店長さんも優しくて、何でも教えてくれましたし、私以外の店員さんも楽しそうに働いていたので、つられて気持ちが上がりました」
「へぇ、お店の雰囲気もよかったんだ。大当たりの依頼だったね」
「でも、やっぱり列車の件で亡くなられた方を思ってお花を買っていくお客さんが多くて、しんみりしちゃう場面もたくさんありました」
プラータちゃんは手を止めて少し俯いてしまった。
「悲しそうな顔をしているお客さんでも、綺麗な花束を見ると忽ち笑顔になって喜んでくれるんです。ほんと、お花の力は凄いです。魔法みたいにお花を贈った相手が笑顔になってしまうんですから」
「僕も花を見ると優しい気持ちになれるよ。憂鬱な時、部屋に飾られていた数本の花がいつも癒してくれていた。枯れないように毎日水を替えてくれる子と一緒に花が僕の視界に入ると、芸術の一枚絵を見せられた時みたいに胸が高ぶったよ……」
シトラが花瓶に花を活けている時はあまりにも美しくて何時間でも見続けられた。まあ、ほんの一瞬で終わってしまう儚さも良かった……。
「お花にはいろんな力があるんですね。私、お花の仕事をしてみたいと改めて思える切っ掛けが出来ました。あと四日頑張って働きます!」
「プラータちゃんなら、素敵なお花屋さんを開けるよ。未来に楽しい目標ができてよかったね」
「はい!」
プラータちゃんはとびっきりの笑顔を僕に見せてくれた。大きくなったらきっと美人に成長するだろうなと思わせてくれるほど、愛くるしい笑顔だ。
僕たちは美味しく料理をいただき、幸せな気分になりながら部屋に戻る。
お風呂に入りたかったが部屋にお風呂は付いていないので、僕たちは宿にある共同の大きな浴場に向った。
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