触れ合いは禁止
ミルが僕の顔に近づいてきたところで部屋の扉が勢いよく開いた。扉を開けたのは朝食を持ってきたシトラで、額に静脈を浮かべている。どうやらすごく怒っているようだ。顔は氷のように冷たいが、心は憎悪で煮えたぎっているのかもしれない。
「シトラさん、お願いです。抱き着くのだけでもありにしてください。そうしないと、ぼく……心が暴走しちゃいます」
「はぁ……、ミルさんがもう色気むんむんの変態猫野郎になってるじゃないですか……。キースさん、何をしたんですか。と言うか、窓を早く開けてください。ミルさんのフェロモン、ちょっと尋常じゃないで……」
シトラは鼻をつまみ、体を震わせながら喋る。僕は慣れてしまったのかミルが発情していると気づかなかった。窓を開け、空気を入れ替える。
「ミルさん。これを飲んでください」
シトラはポケットから紙包みを取り出し、開けると包まれていたのは丸薬だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。こ、これは?」
「発情止めです。獣族は少なからずそう言う時期があるので飲まないと真面に仕事できません。今までどうやって抑え込んできたんですか?」
「そ、それはその……、頑張って諫めてたというか……」
「な、なるほど……。とりあえず、これは私が作った丸薬ですから安全性は保障します。市販の物は不純物などが含まれている場合がありますからあまりお勧めしません」
「あ、ありがとうございます……」
ミルは震える手でシトラの手に乗っている丸薬を一粒取り、口に含んで水で飲み込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。なんか、お腹がスーッとします。あと、体温の上昇と動悸も治まってきました」
「狼族用でしたけど、一応効く見たいですね。よかったです」
「ありがとうございました、シトラさん。体が少し楽になった気がします。あと、約束を破りそうになってすみません……」
「まぁ、発情中だったとして見逃します。と言うか、ミルさんは悪くありません。問題はそこにいる白髪の男です。やたら優しく接して甘やかしているのでしょう。そんなことをしていたら、獣族の雌はほいほいくっ付いてきてしまいますよ。自分にはその気がなくとも、獣族の雌は強い雄に惹かれますからね。とんでもなく強くて優しくてカッコよかったらそりゃあ、発情もするでしょうよ。キースさんは自分が雄として魅力があるともっと自覚してください」
シトラは僕の目の前に立ち、昔のようにお説教してきた。
僕は感動して涙が出そうになる。あの頃に少し戻れたんだと、シトラのお説教をまた受けられるんだと、そんな考えが頭の中を巡り、彼女の話が頭にあまり入って来なかった。
「はぁ……、ちゃんと聞いてますか?」
「え、あぁ、聞いてる。聞いてるよ。シトラの透き通った綺麗な声をちゃんと聞いてる」
「声じゃなくて話しを聞け! お馬鹿!」
「は、はい。すみません!」
僕はシトラに怒られ、ミルとの触れ合いは一時期禁止された。頭を撫でるのも禁止にされてしまい、僕の癒しが消えてしまった……。
今日は休みなので朝食をゆっくり取り、ミルと話し合う。
触れ合いでの交流が無くなったので話合いで仲を深めたらいいのではないかとシトラに進められた。
どうも、獣族は体の相性や感覚で相手を選び恋愛や結婚に失敗することが多いのだそう。失敗をしないためにはお互いに何度も話し合って本当にこの人と一緒に生きていけるのかと言うのを冷静に判断しなければならないと言っていた。
「き、キースさんの好きな食べ物は何ですか?」
「鶏肉かな……。特に鶏の肉が好き。油が少なくて食べやすいんだよ」
「ぼくも鶏肉が好きです……。特にアイクさんの作った照り焼きチキンが好きです」
「うんうん。僕も好きだよ。あの料理は美味しいよね」
僕達はあまりにも他愛のない話を続けた。すると僕はミルのことを知っているようで実際はあまり知らなかったんだなと感じた。加えてミルは僕のことを全然知らなかった。そりゃそうか。仕事や鍛錬をしてばかりでしっかりと話し合う時間があまり取れなかったのだから。
「な、なんか話が合うと楽しいですね。でも、話が合わなくてもキースさんを知れてうれしいです……」
「うん。本当にその通りだね。ミルの生い立ちとか、これからどうしたいとか、色々聞けて楽しかった。朝食も終わったころだし、仮眠でもしようか」
「はい。朝早くに起きたせいで眠くて……眠くて」
ミルはうとうとし始めていた。座ったままコクコクと眠りこけてしまったので、僕は彼女をベッドに移動させる。そのままベッドに寝かし、布団を掛けた。
ミルが眠たそうにしていたので仮眠を進めたが、僕は眠たくない。
僕は黒卵さんを担ぎながら部屋から出て鍛錬場に向かう。鍵はライトさんから借りて来た。一人でも鍛錬は欠かせない。いつフレイが暴走してもいいように体を鍛えておいて損はないはずだ。
僕は鍛錬場で走り込みを行い、体力の上昇、重りを使った鍛錬よる筋力増強、剣術や体術の指南書を読んで基礎の動きを体に叩き込む。
この場は強くなるための物が何でもそろっていた。
図書室や食事、休憩所までイグニスさんの屋敷には完備されている。すべてフレイのために用意した施設だと思うが……、使われた形跡が一切無い。
僕は中古でも何も文句はないが、埃を被っていた道具もあったのでなるべく使ってあげるよう心掛けた。
使った覚えのない槍や弓、大剣に双剣、斧やハンマーなど武器も数えきれないほどある。
「ほぼ使われていない品ばかり……。ずっと置きっぱなしにされていたんだろうな……」
僕は弓と矢を取り、五〇メートル先の的目掛けて放つ。弦の撓りが強く、威力が高かった。魔法が使えたらもっと威力が上がると思うけど、生憎僕は魔法が使えない。フレイに矢が効くかはわからないが、動きを止められる可能性が少しでもあるなら、練習しておいて損はないはずだ。
僕は的に向って矢を三射放った。すると、全て命中する。
「ふぅ……。三射とも中心に当たってる。動きながらでも十分狙えるようになってるな」
ホーンラビットを倒していたさい、僕の弓の腕は洗礼されて行った。無駄な動きをせず、しっかりと当てられる。これなら使いようがあるかもしれない。
僕が汗だくになりながら鍛錬をしていると、ミルが慌てて入ってきた。寝過ぎたと思ったのだろうか、結構焦っている。
「すみません、キースさん。寝過ぎました」
ミルは頭を下げてきて謝ってきた。本来なら何も怒らず、頭を撫でて許すのだが、シトラが言うには悪いことはしっかりと悪いと言わないといけないらしい。
でも今日は別に休みなのだから、遅れたとしても気にしなくてもいいはず。
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