生殺し
「ううぅうう……。そ、そう言うこともはっきりと言わない! あと、こっち向くな! 馬鹿みたいにカッコいい顏見せないで!」
シトラは甲高い声で叫ぶ。
「怒ってるのか恥ずかしがってるのかわからないな……。メイドをやっている時のシトラとはまるっきりの別人みたいだ」
「まぁ……、素はこっち。メイドは仕事だから仕方なくやってる。無表情なのは前の家で感情を殺せって言われてたから……」
「そうだったね。シトラが少し笑うだけであの男は殴ってたし、安らげる場所なんて僕の部屋くらいだったでしょ」
「ま、まぁ……。そうだったかもね……」
「今は大丈夫? 領主とかライトさんに嫌なことされてない?」
「さ、されてないよ。最初のころは色々質問攻めにあったけど……、全部正直に答えたら普通にメイドの仕事をしろって言われた。前の家より一〇○○○倍ましな仕事場だよ。奴隷だからお金はもらえないけど、必要最低限の生活はさせてもらえてる」
「はは……。そうなんだ。でもよかった~。シトラが領主の夜のご奉仕とかさせられてなくて……。もう、それが心配で気が気じゃなかった。ライトさんに間違って質問しちゃった時があったんだよ」
「ば、馬鹿じゃないの。というか、そんなこと考えてたの……」
「そりゃあ考えるよ。夜のご奉仕は奴隷の仕事の一つみたいなものでしょ。だから、シトラが無理やりされてるんじゃないかって不安だったんだよ。でも、されてないみたいでよかった。安心したら疲れがどっと出てきちゃったよ……」
「私なんかのために頑張りすぎでしょ……。全くもう……ほんとに馬鹿なんだから」
僕とシトラは何カ月ぶりにこれほど話をしただろうか。以前話したのは半年くらい前だろうか。なのに、シトラとの会話はとても普通だった。でも、とても僕達らしい。
「じゃあ、シトラ。僕は先に出るよ」
僕は露天風呂から出る。
「ひゃっ! 嘘でしょ!」
「ん? シトラ、どうかしたの」
「い、いや……、何でもない……」
シトラの顔は先ほどよりも赤面しており、いったい何がどうしたというのだ。理由が僕にはわからない。
僕は露天風呂から、普通の風呂場に戻り、体を洗う。
「キースさん。シトラさんから話を聞きましたか?」
ミルは女湯のほうから話かけて来た。あまりにも悲しそうな声でとても辛そうだ。
「聞いたよ。シトラがあんなにお願いをしてくるなんて珍しかった。ミルに嫉妬しちゃったのかな。まぁ、でもミルも僕にくっ付き過ぎな気もするし、距離を少し取った方が仲良くし続けられるような気もしてる」
「キースさんは辛くないんですか。ぼくとギュッと抱きしめ会えないですし、混浴も一緒に出来ないんですよ。寝てる間に唇にキスしたりとか、お尻を揉んだりも出来ないんですよ」
「僕、そんなことした覚えないんだけど……。でも、僕はありがたいよ。ミルは未成年だし、あまりにも可愛いから、僕が犯罪者になってしまう可能性もあった。でも、あと七カ月でミルは一五歳でしょ。その間はどのみち何もできないんだから、シトラの条件を飲んでも痛手はないはずだよ」
「うぅ……。その通りなんですけど、ぼくのキースさん成分が足りないんですよ……」
「ミルは僕が近くにいるだけじゃ駄目なの?」
「だ、駄目じゃないですけど……、やっぱりくっ付きたいじゃないですか。ぼくはただでさえ寂しがり屋なのにキースさんと抱き合えないなんて辛すぎます……」
「なら、なるべく早くフレイをもとに戻す方法を考えよう。そのまま、フレイをもとに戻してシトラを取り戻す。そうすればシトラのお願いは終わるでしょ」
「はぁ~、仕方ないですね。シトラさんの言う通りにしますよ。それまで死なないように強くなるしかないですね」
僕とミルが話しをしていると、シトラが露天風呂からあがったのか、扉が広く音がする。
シトラとミルはまたもや話し合いをしており、僕は邪魔だと思ってお風呂を出た。そのまま新しい服を着て部屋に戻る。
僕は部屋に入り、ベッドに倒れ込む。眠れないけど、ベッドのフカフカな弾力はとても心地よい。ミルのにおいがしてとても落ち着く。ミルの方が先に枕を使ったからか、彼女の寝汗のにおいが強く、体が熱くなるような、血流が促進されているようだ。
もう少しこのままでいたいという気持ちと、ミルが戻って来てしまうかもしれないという気持ちが合わさり、不安になる。だが疲れていた僕にとってミルのにおいは癒し効果がとても高かった。そのせいで時間を忘れてしまう。
「スンスン……。ミルのにおい……、やっぱり落ち着くな……」
扉の向こうで大きな音が鳴った。何事かと思って扉を開けると尻もちをついているミルだった。眼をうるうるさせながら何かを喋ろうとしている。だが、声が出ないみたいだ。
「ミル、大丈夫? どうしたの……」
「き、き、キースさん、今、何してたんですか……」
「何って……ベッドで横になってただけだよ。ミルの方が先に寝てたから、枕からミルのにおいがしてさ。安心しちゃってたんだよ」
「うぅぅ……。キースさんがぼくの使った枕のにおいを嗅いでいたなんて……」
――やっぱり気持ち悪かったかな。嘘を言ったほうがよかったのだろうか。
「ごめんね、ミル。気持ち悪かったかな。でも僕は嘘をつくのが下手で……」
「いえ、気持ち悪くなんてありません。逆に嬉しくて……。恋人同士はにおいが嫌いだとうまく行かないってよく言われてるので、キースさんがぼくの匂いを嗅いで安心してくれたのなら、嫌な臭いじゃなかったということで……」
僕は泣き止まないミルの手を取り、立ち上がらせる。そのまま部屋の中に一緒に入り、彼女の背中を撫でて安心させる。本当は抱き着いてあげたいが、そうするとシトラとの約束を破ってしまう。手を繋ぐのがありなら、背中を摩るのもありだろう。
「ミル、何でそんなに泣いているの? 何か怖かった?」
「いえ……。ただ、シトラさんを取り返したらぼくは用済みになって捨てられるんじゃないかって不安になってしまったんです。でも、ぼくの心配しすぎだったのかもしれませんね」
「言ったでしょ。僕はミルを捨てたりしないよ。もう、一人で冒険者をやっていけるくらい強いのに、僕に付いてきてくれてありがとう。ミルがいたからここまでこれたし、すごく感謝してるんだ」
「キースさん……。うぅ……。こんな時にキスできないなんて生殺しじゃないですか……」
「そもそも僕達はまだ真面にキスした思いがないんだけど……」
「ならここで一回……」
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