フレイを正気に戻させる拳
「さてと……、フレイをまた殴らないといけないのか。でも、暴走している状態じゃ、僕の顔を覚えていられないよな」
僕は重い腰を上げ、立ち上がる。右手をぎゅっと握り、拳を作る。防火性のグローブを付けているので多少の火なら問題ないが、フレイの高火力を受ければ無意味に期すだろう。攻撃は出来るだけ当たらないことに越したことはない。
「ふぅ……、黒卵さん。見ていてください。今度は僕だけでフレイを止めて見せます」
グローブの裾を握り、手をしっかりとはめ込んだあともう一度強く握りしめる。そのまま、音を出さないように走り、フレイの後方から忍び寄る。
「あ……、何だ?」
フレイが後方を向いた瞬間、僕は振りかぶった。
「目を覚ませ! 馬鹿野郎!」
僕の拳は後方に振り返ったフレイの右頬に叩き込まれた。
「ぐおはっ!」
フレイは高威力の殴りで弾き飛び、地面を数回跳ね、土煙をあげながら倒れる。
「はぁ、はぁ、はぁ……。これで眼を冷ましてくれればいいんだけど、無理だよな」
僕の予想通り、フレイは口内を切ったのか血唾を吐きだし、立ち上がる。
「いきなり何しやがる……。白髪、どこかであったような気がするが、印象がなさすぎて覚えてねえな」
フレイは僕を覚えていなかった。ただ単に馬鹿なのか、リークさんによって記憶を消されているのか、わからないがどっちみち都合がいい。
今回が初対面だと言うのなら、僕の手のうちも知らないはずだ。
僕はフレイによってトラウマを植え付けられている。でもフレイは僕のことなんてこれっぽっちも覚えていないのだから、戦いやすい。
「白髪なんかに用はねえ。俺は黒髪にしか興味ねえんだよ」
「白髪にも殴り飛ばされているようじゃ、黒髪に何て勝てるわけないでしょ……」
「あ……、舐めてんじゃねえぞ。白髪が出しゃばりやがって、死に急ぎ野郎が!」
フレイの呂律が僕の殴りによって戻っていた。先ほどの暴走状態が緩和されたらしい。
僕の拳でフレイの体内の魔力が安定したのだと予測する。なら、僕が殴ればフレイは正気に戻る。もしそうだとしたら、フレイが暴走しないようにするためには、僕がフレイの抑止力になればいいんじゃないか……。でも、どうやって。
「ふぅ……、白髪野郎なんて魔法を使う必要もねえ。拳でぶっ飛ばしてやるよ!」
フレイは気を静め、魔力を抑え込んだ。どうやら、僕が雑魚だと認識したらしい。でも好都合。フレイが僕に向って魔法を放ったら、街が火の海になってしまう。
過去、フレイの魔法を大量に見た僕だから言える。辺りが火の海になるのは間違いない。
――フレイを殴って止める。何なら、今、注射器を刺しこめばフレイを眠らせられるんじゃないか。試してみないとわからないな……。
僕は拳を構える。フレイは余裕そうに構え、足踏みしていた。
「ほら来いよ! 赤色の勇者様が白髪を一撃で屠ってやる!」
「なら、行かせてもらうよ」
僕は地面が抉れるほどの脚力で加速する。二五メートルほどを一瞬で移動し、拳を思いっきり引く。
「なっ! 嘘だろ!」
フレイは僕の動きに反応できず、守りやカウンターにすら移せていなかった。酔っぱらっていたのと、魔法を完全に切っていたおかげで、僕の身体能力が勇者の想像の上を言ったらしい。
「おっらああああ!」
僕はフレイの顔面に拳を打ち込んだ。死なない程度に殴ったつもりだが、顔が陥没していそうで心配になる音がする。
「グあはっつ!」
フレイは顔面を殴られ、一〇○メートルほど吹き飛んだあと石陰に衝突し、気を失っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。今のうちに薬を打って眠らせよう」
僕はフレイのもとに走っていき、腕に注射針を刺して薬を注入する。これで起きないはずだ。防火性の縄をフレイに巻き付け、捕獲完了。
「ふぅ……。フレイが油断してくれてよかった」
「ほんとだね~」
「くっ!」
僕は背後にいきなり知らない人物に立たれ、思わず回し蹴りを繰り出すも、あっけなく回避された。
「おっと、いきなり危ないじゃないか。僕だよ僕。リークだよ」
リークさんは両手の平を顔の横に持ってくるほど持ち上げ、敵意は無いと見せてくる。
「り、リークさん。いきなり背後に立たないでくださいよ。驚いてしまったじゃないですか。あと、今までどこにいたんですか。僕一人でフレイを止める羽目になったんですけど」
「僕は住民に避難をさせていたよ。フレイは僕を見て攻撃してくるからね、近くに行くだけで街が火の海になってしまう。その点、キース君ならフレイも油断しまくってくれるし、いい役だと思わないかな?」
「ま、まぁ……、確かにフレイは僕を見て油断していましたけど……。と言うか、リークさんは毎回フレイの記憶を消しているんですか?」
「ん~と、僕の記憶操作なんだけど、扱いが難しくてね。消すと言うよりも書き換えるって言ったほうが近いんだ。他の情報にすり替える感じ」
「そんなことが可能なんですね……。ほんと、便利ですね。便利ですけど、悪用もたくさんできそうです」
「そうだね……。やろうと思えばいくらでも出来るけど、お金にならない仕事はしないよ」
リークさんは微笑んだ。少し怖いくらい無感情だった……。そのままフレイの頭に手を触れて魔力を込める。
「≪藍色魔法:記憶操作≫」
リークさんが詠唱を放つと藍色の魔力がフレイの脳内に入り込んでいく。リークさんは数秒で手を離した。
「じゃあ、後は僕の方でフレイを管理するよ」
リークさんは縛られたフレイを肩に担ぎ、空間転移で瞬時に消える。
「こ、これでよかったのかな……」
僕がリークさんとわかれるころには空が明るくなり始めている。もう、領主邸を出発して二時間も経っていたのかと思い、困惑した。
「はぁ、はぁ、はぁ。キースさん! 無事でしたか!」
ミルは汗だくになりながら僕の方に走ってきた。どうやら、ミルも無事だったようだ。
「僕は無事だよ。フレイが油断してくれたおかげさ」
「キースさん!」
「うわっ! いきなりどうしたの」
ミルは僕に飛びついてきた。僕の顔の横にミルの顔があり、首に抱き着いてくる。僕はミルの背中を撫でて安心させたあと地面におろした。
「よかったです……。キースさんが死ななくて……」
「僕はこう見えてもブラックワイバーンを討伐したんだよ。そう簡単には死なないさ。ミルも無事でよかった。逃げ遅れた人は助けられたの?」
「はい。でもまぁ、今回は『赤の森』ほど大きな被害が出なかったので、無駄な非難だったかもしれませんね」
「無駄なんてないさ。いつ何が起こるかわからないんだよ。だから、ミルは大切な仕事をした。頑張ったね」
僕はミルの頭を優しく撫でる。
「エヘヘ……、ありがとうございます」
ミルは口角を上げ、嬉しそうに笑った。
「仕事も終わったし、屋敷に帰ってお風呂にでも入ろう」
「そうですね。ぼく、ずっと走っていたら全身が汗だくになってしまいました」
ミルの体は本当に汗だくで、舐めとったら一日くらい喉の渇きを潤せそうなほどだ。
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