速効性とは
ミルを抱き寄せてものの一〇分。彼女は眠り、寝息を立てていた。
ミルの寝顔を見るだけで僕の心が癒される。そのおかげで疲れなど感じる間もなく僕は黒卵さんを持ち、鍛錬を再開した。
夜中の三時頃。何やら禍々しい魔力を感じた。感じた覚えのある魔力。フレイか……。
僕はフレイの魔力を感じることに成功した。少し時間が経つと領主邸で警報が鳴る。その後、火災警報が街中に鳴り響き、フレイがまた魔法を使ったのだとわかった。
「ほんと、成長しないな……」
「うわっ! な、何事ですか!」
警報の音で眼を覚ましたミルは飛び起き、バスローブを脱ぐ。真っ白な下着は僕があげた品で、月明りに照らされて綺麗だった。って、そんな悠長な考えをしている場合ではない。
僕達はすぐに着替えて領主の仕事部屋に向った。
「イグニスさん! 火災警報が鳴りましたけど、フレイですよね」
赤黒っぽい色のローブを着て、赤茶色のグローブを付けている領主に僕は話かける。
「ああ。こんな時間だが、お前達の初仕事だ。フレイは繁華街でぶつかってきた酔っ払いを焼死させた。無駄な高火力だったため、周りへの被害が起っている。炎は我々が止める。フレイ本体は、二人で止めろ。睡眠薬と火で燃えない縄だ」
イグニスさんは注射器と長い縄を仕事机の上に置いた。二人分あり、僕とミルの物だ。
「睡眠薬で眠らせて捕まえるんですか?」
「そうだ。その方が確実に捕まえられる」
「でも、何の改善にもならないんじゃ……」
「だが、あいつを引き留めていられるだけの力がない。情報を得ようにも、フレイは加減をしないからな。辺りが火の海になる。そうなる前に止めるんだ」
「わ、わかりました」
リークさんは繁華街の住民を避難させているらしく、すでに現場に急行しているそうだ。
僕達も繁華街に急ぐ。深夜だからか、人の数は少なく、今のところ酔っぱらいの男性だけらしい。それでも不条理なのだが、曲がり通ってしまうのが腹立たしい。
「ミル、僕がフレイの気を引くから注射器を打ち込んで。とりあえず刺せばいいって領主がいっていたから、難しくないと思う」
「わ、わかりました」
僕とミルは二手に分かれた。ミルはフレイを後ろから挟むように移動し、僕は正面から向かう。
――僕にはただの火がもう効かない。フレイの超火力なら焼け死ぬかもしれないけど、放つ前に止めればいい。
「はぁ~なんだよ全く……。ふざけるなよ……。何が親友だ……、裏切りやがって……」
フレイは全身を燃やしながらフラフラと歩いていた。黒い繁華街に火が燃えていると明るくてよくわかる。赤い瞳が黒く塗りつぶされ、普通じゃなかった。
僕は過去のトラウマのせいか、身を近くの置物に隠す。僕の影の薄さなら、気づかれないはずだ。
フレイも意識がまだある。過去にフレイを吹き飛ばしたときは意識がほぼ無かった。あの時、黒卵さんはフレイの魔力が暴走していると言っていた。
感情によって魔力が暴走しているのなら、感情を鎮めさせればいい。
睡眠薬は有効な手段だと思うけど、感情が爆発するたびにフレイが暴走するのでは解決にならない。でも、普通の人は怒っても魔力が暴走したりしないはず……。フレイだけ暴走しやすい状態になっているのか。はたまた、他の勇者も暴走しやすいとか。リークさんなら知っているだろうか。フレイを捕まえたら聞こう。
「あぁ、面倒くさい、面倒臭い……。何で俺がこんなところにいるんだよ。俺は赤色の勇者だぞ。俺なら王にだってなれる。だから、俺は王なんだよ。全部赤色に染めてやろうか。それが望みなんだろ」
フレイはブツブツと話しながら僕の横を歩いていく。僕には全く気付いておらず、ゆっくりと歩いていた。ただ歩いているだけで気圧されてしまうのだが、動かない訳にはいかない。生憎、フレイは普通の服を着ている。注射針も入る。
注射器の中には速効性の睡眠薬が入っており、象でも一日中眠り続けるらしい。そんなに危険な薬品を何度も打ち込んで大丈夫なのかと思うが、それくらい強力な睡眠薬じゃないと不安になる気持ちもわかる。
僕は一本の注射器を持ち、真横から飛び込んだ。フレイが気づくころには僕の持っている注射器の針が勇者の首に突き刺さっていた。
「うぅ……。何が……、起こって……」
フレイは注射器を掴み、引き脱ぐ。粉々に砕き、燃やしてしまった。速効性とは?
「何が起こった……。誰が俺を攻撃した……。ぶっ殺す、燃やして消し炭にしてやる……」
僕はフレイに注射器を突き刺した。だが、効果が出なかった。ピストンも押したはずなのに。速効性ではなく遅効性なのだとしたら、もうそろそろ効いてもいいんじゃないか。
「ふざけるなよ……。誰がこの俺を攻撃した……。ぶっ殺していやる。出て来い! 隠れてんじゃねえぞ!」
――そうか、燃やされたんだ。きっと、薬品が体に入ってすぐ燃やされて効果が出なかった。でも、そんなことあり得るのか。いや、勇者に選ばれるような男だ。何があってもおかしくない。あの炎の鎧見たいな魔法を消さないと薬品を打ち込んでも意味がない。ミルに伝えないと……。
僕はフレイの行動範囲に人がいないことを確認し、少し離れた位置で小さな指笛を吹いた。本当に小さな音で、ミルくらい聴力が良くないと聞こえない。一回で止まれ、二回で進め、三回で集まれと言った具合だ。
「これでミルは止まったはずだ」
僕は三回笛を吹き、集まるように伝える。ものの一分でミルと合流出来た。
「どうしたんですか、キースさん。フレイはまだ捕まってませんよ」
「さっき、注射器を打ち込んだんだけど効果がなかったんだ。多分、魔力が暴走しているせいで、薬の効果が打ち消されてる。どうにかして魔法の効果を消さないと、薬が効かない」
「でも、どうやってフレイから、魔法を解かせるんですか?」
「……殴って止める」
「な、殴るって……。危険すぎますよ。殴って止められるのなら、他の人でも止められてると思うんですけど」
「剣じゃフレイに傷がつくし、死ぬかもしれない。なら、殴って気絶なり、気を失わせるしか今のフレイは止められないんじゃないかな」
「そうかもしれないですけど……。あんな化け物にどうやって殴り掛かるんですか? 近づくのも危険なのに」
「僕が近づいて殴る。ミルはフレイの攻撃が当たらないように気を付けながら、周りに人がいないか調べて」
「わ、わかりました。キースさんも気をつけてくださいね」
「うん……、わかってる」
僕はミルから、注射器を貰い、ウェストポーチにしまう。
ミルは耳を立てて音を拾い、逃げ遅れた人の場所へと走って行った。
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