嘘をつくのが苦手なのに……
「キースさん、この屋敷の中に鍛錬施設があって広い部屋があるみたいですよ。雨の日でも風邪を引かずに鍛錬が出来るみたいです」
「へぇ~すごい。広い屋敷だと思っていたけど、鍛錬施設まであるなんてね。じゃあ、そこで鍛錬をしようか」
「はい! ぼく、赤色の勇者に殺されないくらいには強くなりたいです!」
「僕もだよ。でも、フレイは魔法が得意だから、僕とミルが戦っても魔能を使う相手の鍛錬にはならない。まぁ、いい練習相手が見つかるまで基礎体力を鍛えようか」
「了解です!」
僕はミルに案内してもらい、鍛錬施設と入口に掛かれている建物の前にやってきた。屋敷を出て屋根の下を通ると到着し、徒歩一〇秒と言ったところだった。
「土足でも良いらしいので、そのまま入れますよ」
ミルは訓練施設のカギを持っており、扉を開け、中に入った。どうやらライトさんからカギを借りていたらしい。
僕はミルの後を追い、中に入った。
「おぉ……。広い。奥行が五〇メートルくらいあるのかな」
土の地面に高い天井、横幅も広く、結構激しく動ても当たりそうにない。
「天井の高さがあってすごく広く感じますよね。ライトさんが言うには魔法を弾く障壁が張り巡らされているそうなので、大きめの魔法を放っても、壁に相殺されるらしいです」
「領主、こだわりが強いんだな……。どこも手を抜いていなさそうだよ」
「本当ですね。じゃあ、早速鍛錬をしましょう!」
「うん。まずは走り込み。その後は筋力強化を行うよ」
「はい!」
僕とミルは施設の中を全力で一〇〇往復した。丁度いい準備運動になったかなと言うくらいの疲労感を得て、気持がいい。
ミルは汗を掻いているものの、しっかりと付いてきていた。
続いて黒卵さんを持って腹筋、屈伸運動、背筋と言った具合に全身を鍛えていく。ミルにも重りを持ってもらい、出来る範囲で筋力をつけてもらう。体を鍛える道具が倉庫の中には沢山置いてあり、どれも新品のようにピカピカだった。
「ふぐぐぐ……。き、キースさん。こんなに重たい物を持っていたんですか……」
「僕の感覚で言うと黒卵さんの重さがミルの持っている重りくらいだと思うんだ。少し重いと思ったら減らしてくれてもいいよ」
ミルは八八八キログラムの重りをもって屈伸運動をしていた。
何個もの重りを重ね合わせ、負荷を調節している。ミルは丁度いいくらいに辛そうな表情をしていた。汗を流し、口角を上げて笑っている。眼は真剣で光り輝いていた。
屈伸運動を八八回ほど行ったころ、ミルは重りを地面に置いて尻もちをつきながら息を荒げる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。き、気持ちィい……」
「ミル、お疲れ様。はい、乾いた布と水」
僕はミルに汗拭き用の布と水の入った革製の水筒を渡した。
「ありがとうございます」
ミルは水をすべて飲み切り、体の汗を拭き取っていた。
「にしても、黒卵さんを持ち続けているキースさんの体力、どうなっているんですか……。この重さを背負いながら走っていたと考えると、訳がわかりません」
「はは……。僕にも訳がわからないんだ。黒卵さんがもうすぐ孵りそうだから、その時に聞いてみようと思っているんだよ」
「ほんと、何が孵るんでしょうね。孵る前でこんなに重かったら成長した時どうなっちゃうのか……」
「僕は考えないようにしているよ」
その後、僕とミルは筋力を鍛えたのち、一対一の組合を何度も繰り返し行う。
ミルの格闘の才能は光るものがあり、耳と感覚が鋭いことによる危機回避がとにかく優秀で、僕渾身の一撃がことごとく回避される。
「はぁ、はぁ、はぁ……。ミル、僕の攻撃が読めるの?」
「はぁ、はぁ、はぁ……。キースさんの攻撃はすごく読みやすいんですよ。なんて言うんですかね。正直すぎるって感じです。ここに来るんだろうなと言うところに必ず飛んでくるので、すごくよけやすいです」
「なるほど……。嘘も混ぜていかないと頭の良い生き物には当たらないのか……」
「そうですね。ぼくみたいに耳がよかったり、身体能力が高かったりすると先読み出来る人も多いと思います。なので、馬鹿正直な攻撃は簡単にかわされるんじゃないですかね。頭の悪い魔物とかは攻撃を読んだりしませんから、当たりますけど……、ゴブリンとかにはかわされるかもしれません」
「そうだね。嘘の攻撃を織り交ぜるとなると、牽制動作の技術を覚えないといけないね」
「キースさんは苦手そうですよね。フェイント。嘘つくのも下手ですし」
「はは……、死なないようにするためには嘘をつくことも必要なんだね」
僕とミルは牽制動作を組み合わせた組手を行った。
だが、全く上手くいかない。
初めてだから仕方ないかもしれないが馬鹿正直に攻撃を行っていた今までとは違い、敵にどうやって攻撃を当てるのかと言うのを見極めないといけなかった。
ミルは眼で見なくても攻撃をかわしてくる。耳で視界を凌駕しているのだ。足の位置や空気の振動をしっかりと聞き取り、強靭なばねを使ってかわす。そのまま、撓るような攻撃を打ち込んでくる。
逆に僕はミルの攻撃が全く予想できない。なのでいつも防戦一方になる。外を見ると、いつの間にか真っ暗になっていた。冬の後半とはいえ、日が沈むのはまだまだ早い。
「ふぅ……。ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
僕はミルに深くお辞儀をして感謝した。アイクさん曰く、戦いのときは上下関係なく感謝の心を持って接するのが基本なのだそう。
「ありがとう、ミル。今日の鍛錬で昨日の僕より少しだけ強くなれたよ」
「ぼくの方こそありがとうございます。キースさんの一撃一撃が死を直観出来るくらいの恐怖なので、対外の怖いことは耐えられそうです」
僕とミルは汗だくになり、鍛錬施設の床は土なのだが、汗が飛び散って所々が茶色から鼠色っぽく見える。少量であればミルの汗でも問題は起こらないと思うので、ビチャビチャになった布だけはしっかりと持ち帰り、すぐにすすぎ洗いをして二次災害を防ぐ。
午後六時。
「真っ暗だけど、まだ午後六時なんだね。夕食まであと一時間あるけど、先に汗を流そうか」
「そうですね。あ、そうそう。この屋敷にはお風呂が二種類あって、女湯と男湯にわかれているそうです。露天風呂は混浴なんだそうですよ」
「露天風呂……。そんなところまであるの。凄いな……」
僕とミルはお風呂があると言う場所まで移動した。入口が二つあり、男、女、に別れている。
「じゃあ、露天風呂は自己責任で……」
「はい。わかってます」
僕とミルは別々の扉から中に入り、脱衣所で服を脱いでお風呂場に入る。もう、ほぼ貴族みたいな生活をしているんだなと感心するのと同時に、大きなお風呂に入るのは久しぶりで少々緊張する。
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