さばさばしたメイドとお子様
「お触りは厳禁にございます。私はまだイグニス様の奴隷ですから」
シトラは淡々と答えた。
「うぅ……。そうなんだ……。くっそ~」
僕は握り拳を作り、歯を食いしばる。
「き、キースさん、顔から血が出ていますよ」
ミルはハンカチを僕の鼻に当て止血してくれた。
「ありがとう、ミル」
「いえ、気にしないでください。でも、キースさん。何でよけなかったんですか?」
「いやぁ、久しぶりにシトラの拳を受けてみたくなったんだよ。さすがに脳に響く一撃だった。うん、シトラのそっくりさんじゃなくて本物のシトラだよ」
「相変わらずの変態ぷりですね。キース様」
「シトラの方も容赦ないね。多分、鼻の骨が折れてるよ……」
僕はミルがハンカチを当てている間に鼻血が止まり、骨も治った。
「あなたはキースさんの大切な相手のシトラさんですね。いきなりキースさんを殴るなんてひどいじゃないですか。せっかく助けてもらえそうなのに!」
ミルは立ち上がり、シトラの方に向ってづけづけと歩いていく。
「あなたはキース様の従者のミルさんですよね。ふ~ん。まだまだ小さいですね。色々と」
シトラは胸を張り、ほこっていた。
「ぼ、ぼくはまだ成長中なんです! シトラさんみたいにキースさんを殴るような乱暴な性格はしていません!」
ミルも胸を張り、大きな声で怒鳴った。
「小生意気な雌猫ですね……。何でキース様に着いてきているんですか。あなたには依頼されていないですよね?」
「こ、小生意気な雌猫……。ど、どこが小生意気なんですか。シトラさんの方こそ、こんなにサバサバしているとは思いませんでしたよ。鳥のささみよりもパッサパサですね!」
シトラとミルは先ほどであったはずなのに、もう、喧嘩していた。シトラがけんかっ早いのはわかっていたが、ミルとは目が合った瞬間からバチバチに怒りあっている。
「ま、まぁ。二人共。落ち着いて。今は喧嘩している場合じゃないよ。シトラもなんでむきになって喧嘩しをしているの。僕はミルに手を出してないよ。そもそも未成年だし」
「未成年……。そうですか、ならお子様に向きになっていても仕方ありませんね」
「お、お子様……。ぼくは子供じゃありません!」
ミルはシトラを敵対視し、今にも噛みつきそうになっていた。
「まぁ、まぁ。ミル、落ちついて。シトラはミルをおちょくってるだけだよ。向きになったらいけない。そうなったらシトラの思うつぼだよ」
僕はミルの肩を持ち、飛びつくのを抑え込んだ。
「う、うぅ……。すみません。少しカッとなってしまいました」
ミルは深呼吸をしてシトラに手を差し伸ばす。どうやら握手を求めたようだ。
「お客様との触れ合いは禁止にされておりますので握手は出来かねます」
シトラは軽くお辞儀をして握手を断った。禁止なら仕方ない。
「そうですか。わかりました。なら、尻尾で……」
ミルはシトラにお尻を向け、尻尾を動かし、握手替わりに尻尾同士を合わせる気らしい。シトラも背中を向け、フサフサの尻尾をミルの細くしなやかな尻尾に合わせる。どうやら少しは仲良くなれたみたいだ。
「では、キース様の荷物はこちらにございます。お確かめください」
シトラの視線の方向には先ほど預けた品が置いてあった。
「シトラが運んでくれたんだね、ありがとう。すごく助かるよ」
「仕事ですから」
シトラの表情は氷のように冷たい。だが、尻尾が少々横に振れている。さすがに尻尾までは制御しきれないらしい。
「では、一二時頃にお食事をお持ちしますので、お好きなようにお過ごしください」
シトラは部屋を出ていく。
部屋の中は一台のベッドと二人でギリギリ食事が取れそうなテーブルと椅子。少し大きめの本棚に作業用机と椅子、壁には掛け時計があり庭の景色が見える窓が東側に一枚ある。アイクさんのお店の部屋よりも広かった。
「今日からはここで過ごすのか。アイクさんに今日の話をしないといけないな……」
「もう、アイクさんのお店で働けなくなりそうですね。冒険者の方も……」
「そうだね。でも、仕事をしていれば自由な行動が出来る。お昼はアイクさんのお店で料理を食べたられるはずだ。今までみたいな生活は出来ないかもしれないけど、お金はあるし、領主に言われた仕事をすればお金がもらえるはず……。ただ、日々の鍛錬だけは怠らないようにしよう。万が一フレイが暴走したときのためにすぐ止めないといけない」
「はい! 今まで以上に鍛錬に身を入れた方がよさそうですね!」
「じゃあ、これからも頑張っていこうか、ミル」
「はい! どこまでもお供します!」
僕は左手首に着けているブレスレットを見せながらミルに近づける。ミルも右手首に着けているブレスレットを僕のブレスレットに当てて誓った。
「じゃあ、僕はアイクさんに今日のことを説明してくる。ミルはどうする?」
「ぼくはこの屋敷の中を探検したいと思います。トイレの位置とかお風呂の位置なんかも確認しておきたいですからね」
「わかった。ミルはフレイと拘わらなければいけない義理はない。だから、万が一フレイの気配を感じたらすぐに逃げるんだよ」
「了解です!」
僕は領主邸を出てアイクさんのお店に向った。持って来れる物は出来るだけ移動させておいた方が良い。
午前一一時頃。僕はアイクさんのお店に到着した。
調理場にいたアイクさんに今日の話をする。
「アイクさん、僕は領主から最後の理不尽なお願いをされました」
「ああ、わかっている。フレイの監視と性格の改変だろ。あの男も理不尽極まりないな」
アイクさんは大きな鉄鍋の中身をかき混ぜながら話した。
「知っていたんですか……」
「俺も一応加担しているからな。まぁ、キースが仕事場からいなくなるのは少々寂しいが気にしなくてもいい。逆にキースはこの職場よりもさらにきつい仕事をするわけだが、やっていけそうか?」
「わかりません。でも、精一杯頑張る所存です。さっきは理不尽すぎてイライラしていましたけど、やるしかないって思ったらやる気が出てきました。フレイをもとの性格に戻すなんて至難の業と言うか、どうやって戻せばいいのか見当もつきませんけど、やれるだけやってみますよ。もし、僕に何かあってミルが一人になったらここで引き取ってあげてください」
「わかった。そこのところは気にしなくてもいい。ミリアにも俺からやんわりと伝えておく」
「よろしくお願いします」
僕は半年の間、寝泊まりした部屋に向かう。貯めた金貨を持っていくのは面倒なので、包丁と砥石、シトラの鉄首輪、冒険者服を持ち、一礼してから部屋を出る。
領主邸に付くころには一二時頃になっており、昼食の時間だった。
ライトさんに領主邸に入れてもらい、先ほど教えてもらった部屋に向かう。
二階の奥の部屋で静かな場所だった。
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