メイドの鉄拳
「え……。何で凄いんですか? 僕はただブラックワイバーンを地に落として固定したあと弱点を狙い続けただけです。僕じゃなくても出来るでしょ。今回はロックアントとブラックワイバーンが同時に現れたから、冒険者さん達が疲弊してしまっただけなんです。僕は最後に美味しいところだけを持って行っただけなんですよ……」
「ちっ! 面倒臭いガキが! ブラックワイバーンを狩れたんだぞ。冒険者の誇りだ。お前の髪がマゼンタだったのなら、勇者候補にしたかったくらいなんだからな。何をそんなにうじうじしている。誰もお前一人でフレイをどうにかしろとは言っていないだろ」
「え……」
「フレイに不満を持っている者はお前だけじゃない。昔のフレイを知っているからこそ、もとに戻る可能性があると俺は思っている。初初しいあの頃のフレイをもう一度、取り戻すんだ。そのために力を貸してくれ。次世代の赤色の勇者が現れたら、フレイに罪の重さを必ずわからせる。これ以上、無意味な死人を増やさないためにも、お前の力を貸してくれ」
イグニスさんは仕事机に額が着くほど頭を下げていた。
「………………わかりました。イグニスさんの無理難題を飲みましょう」
「本当か? 感謝する。ふぅ……」
イグニスさんは椅子に深く座り、ため息をついていた。
「それで僕は主にどんな仕事をすればいいんですか?」
「フレイの監視だ。あいつの近くで暴走しそうになったら止めるんだ」
「そ、そんな……。暴走って……」
「フレイの暴走の起点は怒りが生まれ、最高潮になったころだ。怒りが爆発すると、フレイは狂暴になり、無意味な殺戮をし始める。そうならないためにリークと手を組んで二四時間、監視するんだ」
「そ、そんな仕事。ずっと危険と隣合わせ見たいな生活じゃないですか……」
「その通りだよ。フレイが寝ない限り、安息の時間はやってこない。きつい仕事だけど、報酬はめっぽう良いよ」
リークさんは気楽そうな声で話した。どうやら、リークさんにとっては情報収集よりも楽な仕事らしい。
「キースにはこれから、この屋敷の中で生活をしてもらう。フレイの事情を知っている者は数名だ。ギルドマスター、アイク、エルツの三人は記憶を消さずに協力してもらっている」
イグニスさんは三本の指を見せながら話した。
「あ、あの。一つ聞きたいんですけど……。記憶を消すなんて、藍色の髪を持った人ならだれでもできるんですか?」
「いや。僕にしか使えないよ。僕が開発した魔法だからね」
リークさんは鼻高々に答える。
「そ、そうなんですか。よかった。世界が嘘だらけかと思ってしまいました」
「僕は一応常識人だからね。記憶を消すなんて本当はしたくないだ。まぁ、仕事のためなら使うけど」
リークさんの表情は嘘をついていない。きっと仕事なら殺人だってこなしてしまうだろう。
――はぁ、本当に面倒臭い理不尽な依頼を受けてしまった。でも、手がようやくとどきそうだ。シトラ、やっと君に手がとどく。
「では、お部屋に案内します。ついてきてください」
後で立っていた男性の方が、扉を開け、部屋の外に出る。
「キースさん。どうでしたか!」
ミルは僕のもとに駆け寄って聞いてきた。
「領主の下で働くことになった……。でも、次のお題さえ終えれば、シトラをかえしてもらえるようになった」
「よ、よかったんですかね……。どんな仕事をするんですか?」
「フレイの監視をするらしいよ」
「え……。う、嘘ですよね……。赤色の勇者を監視するなんて、わけわからないんですけど」
「僕もそう思うよ。でも、領主が言うにはフレイが暴走しそうになったら止める人が必要なんだって」
「そ、そんなの危険すぎるじゃないですか。何なら、ブラックワイバーンを倒すよりも危険ですよ。いつ噴火するかわからない火山の近くにいるような仕事じゃないですか」
「そうだね……。でも、これだけじゃないんだ。最終目標はフレイをもとに戻すことらしい。それが成功してやっと解放されるんだって……」
「理不尽すぎますよ! ぼく、ちょっと抗議してきます!」
ミルが領主の扉を蹴破ろうとするのを僕は止める。
「ミル、落ちついて。これは僕に課せられた仕事だから、ミルは僕を手伝わなくてもいい。アイクさんのお店で仕事をして待っていてくれないかな。僕はフレイをもとに戻してシトラを必ず助け出す。だからミルは……」
「嫌です。ぼくはキースさんから離れませんよ。何が何でも離れる気はありません。ぼくもフレイの監視を手伝います!」
「そんな、ミルには危険だよ。いつ何をされるかわからないんだよ。列車が来るときに線路に蹴り飛ばされるかもしれない、燃やされるかもしれない」
「でも、ぼくはキースさんと離れる気はありませんよ。仲間じゃないですか」
ミルは右手首に着けているブラックワイバーンの革のブレスレットを僕に見せてきた。
「そ、そうだけど……」
「大丈夫です。ぼくだって一応はブラックワイバーンを倒した冒険者パーティー『名無し』の一人なんです」
ミルは堂々と言い切る。そもそも『名無し』はパーティー名ではない。まぁ、いいか。
「そこまで言うなら……、ミルも僕に力を貸してくれる?」
「はい。もちろんです!」
ミルは大きな声で僕に向って返事をした。僕達は男性の後ろを歩いて行き、一室の前に移動させられる。
「ここがキースさんのお部屋になります。ミルさんのお部屋は……」
「一緒でいいです!」
ミルは右手を上げて答える。
「そうですか。では、同じ部屋に食事をお持ちします。私の名前はライト・ワックスと言います。何かあれば、私かメイドの方に声をおかけください」
「わかりました」
ライトさんは一礼して僕達のもとから去って行った。僕は木製の扉に手を掛けて引く。
「お帰りなさいませ、キース様」
僕が扉を開けると部屋の中に見覚えのあるメイドの姿があった。
白と黒を基調にしたメイド服を身にまとい、大きめでモフモフ耳と綺麗な顔は全く変わっていない。首には新しくつけられた鉄首輪があり、悔しさがこみ上げてくる。胸の方はさらに大きくなったのか、昔よりもふくよかに見える。半年もたてばそりゃあ、見た目も変わるはずだ。
「あ、あぁ……。し、シトラ……。シトラ~!」
僕はメイドに抱き着こうとした。すると、目の前に拳があり……。
シトラの鉄拳が僕の顔面に打ち込まれ、弾かれる。ミルは身を屈めて飛んでくる僕をかわしてくれた。僕は領主邸の壁にぶつかり、鼻血を垂らす。
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