建物の中には何もない
「凄い鍛冶師がいたんですね……。名前ってわかりますか?」
「ん~~、何だったかな……、確かルークス語でソムニウムと言う発音なんだが、彼はドワーフ族の名を名乗っていた……。上手く思い出せないが、ド、ド……。確かドから始まる名前のはずだ。すまないな、しっかりと覚えていなくて」
「いえ、六○年も昔の方の名前をしっかりと覚えているほうが難しいですよ。気にしないでください。少し気になっただけなので、わからないなら別に構いません」
僕はお爺さんから貰ったブレスレットを左手にはめる。ミルにもブレスレットを渡して左手首にはめた。
「見てください、キースさんとおそろいです!」
「そうだね。なんか、仲が良い冒険者パーティーっぽい。あとの三個は大切に保管しておこう」
僕は三個のブレスレットを紳士服の内側のポケットに入れ、保管した。
「じゃあ、僕達はこれで失礼します。靴に何かあったら訪れますね」
「ああ、そうしてくれ。その靴がおぬしの進む場所にある限り、何も恐れる心配はない。行きたい場所に行き、生きたいように生きればいい」
「はい。そうさせてもらいます。本当にありがとうございました」
僕はお爺さんに頭を下げ、お店を出る。歩きやすさが普通の靴と全く違う。冒険者用の靴よりも歩きやすい。そんなことがあるのかと疑うが、足を何度出しても信じられない。
「ふぅ……、よし! 領主邸に行こう」
僕は両頬を叩き、領主邸へと向かった。背筋を伸ばし歩く。
背筋を曲げるとカッコ悪いと言われたので、なるべくカッコよくなれるよう見かけだけでも出来る男を演じなければ。
二○分ほど歩いて領主邸の門の前へとやってきた。いつも通り、マゼンタ髪の身長が高い男性が門の前に立っていた。
「おはようございます。一四日ぶりくらいですね。三カ月前、あなたに言われた品を買ってきました。これで、領主邸に入れてくれますか?」
「…………」
男性は無言になり、左腰に掛けてあった剣を引き抜く。
「な、何を……」
「ふっ!」
男性は剣先を靴に向けて突き出した。だが、剣は突き刺さらずに靴が僕の足を守っていた。
「どうやら本物のようですね」
「当たり前です。本物のブラックワイバーンの革を使ったんですからね」
「本当に運が良い方だ。ブラックワイバーンの革を手に入れるなんて……。巷にはブラックワイバーンの革の偽物が横行していますから、大金を積んでも偽物だったなんて話はザラなんですよ。それなのに、まさか本物のブラックワイバーンの革を手に入れてしまうんですから。本当に運が良い」
「運が良いばかり言わないでください。僕達が運を手繰り寄せたんです。努力をして巡ってきた好機を僕とミルの手でつかんだ。それだけの話ですよ」
「そうでしたか。なら、領主様に直接会われますか?」
「え……。会わせてくれるんですか……」
「会ったからと言ってニクスさんに何か出来る訳でもありませんからね。ついてきてください。ミルさんもどうぞご一緒に」
「は、はい……」
男性は門を開け、広い庭の道をまっすぐ歩いていく。近づけば近づくほど領主邸は大きくなり、僕の背丈の三倍はありそうなほど大きな玄関扉の前に立つ。
「えっと、領主は忙しいんじゃないんですか? こんなすぐに会えるなんて思っていなかったんですけど」
「キースさんが靴屋にお願いした日から職人の技術などを考え、導きだされたのが今日。以前から、あなたがこの日に来ると踏んで日程の確認をしておりました。領主様が言うには、朝のこの時間帯をキースさんに使ってもいいとのことです」
「そ、そうですか。わかりました」
「では、失礼のないようお願いしますね」
男性は大きな扉を開き、僕達を領主邸へと招き入れた。
「お客様。ようこそおいでくださいました。こちらで荷物をお預かりいたします」
僕のよく知るメイド姿の女性が頭を下げて話しかけてきた。
「し、シトラ……。無事だったんだね……。よかった」
僕はシトラの無事を確認できただけでも涙が出てしまい、ハンカチで涙を拭く。
「………………」
シトラは氷のような表情をしながら、立っていた。
僕は先ほどまで履いていた紳士靴の入った袋と靴の手入れ用具の入った鞄をシトラに手渡す。
「は、初めまして、ミル・キーウェイと言います。今はキースさんの従者として一緒に働かせてもらっている、猫族の者です。年齢は一四歳で今年の八月三一日に一五歳になります」
ミルはシトラの前でお辞儀をして自己紹介をした。
「………………」
シトラは無言になり、ミルを冷たい視線で見る。メイド服から出ている尻尾は一切振れておらず、下を向いているので警戒しているらしい。ミルも同じく警戒しており、尻尾を上げていた。
「そのメイドは話したがらないんですよ。仕事以外の言葉は発しません。早くしないと時間が無くなりますが、よろしいのですか?」
「わ、わかりました。すぐに行きます。シトラ、少し待っていて。今、領主と話をしてくる。必ず自由の身にするから」
「………………」
シトラは綺麗な銀色の瞳を少々潤わせ、僕達に小さくお辞儀をした。
僕は男性の後ろを歩き、ミルは僕の後ろを歩く。
領主邸の中は驚くほど何もない。壺や絵画、石造と言った家の中に飾る品が何一つない。
僕の実家にはどこに何があるのかもわからなくなるくらいの品が置かれており、一個で金貨一〇○枚の皿とかざらにあった。でも、領主邸には全くない。まぁ、もと実家は公爵家だったので、今の僕でも驚くくらいのお金持ちだった。
元親からお金なんて貰った覚えはないが、二人の兄にはたらふくお金を渡していたと思う。
「こちらのお部屋で領主様がお待ちです。ミルさんは部屋に入らないようお願いします」
「な、なんでですか!」
ミルは大きな声を出した。
「領主様の命令ですから。受け入れてもらえないのなら、キースさんを部屋に入れることが出来ません。それでもいいならダダをこねてもらっても構いませんよ」
「う……。は、はい……わかりました」
ミルは僕の後方から離れ、立ち止まる。
「ありがとう、ミル。少しだけ待ってて」
「はい。待ってます」
ミルはいつもの優しい笑顔を僕に向けた。僕は深呼吸をして扉に手を掛ける。
――行くぞ。とりあえず挨拶か。
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