ホーンラビット
「キースさん、過去じゃなくて未来を見ましょうよ。ぼくはキースさんがどんな仕打ちを受けて来たか知らないですけど、未来の方は明るいじゃないですか」
ミルは僕の頬を両手でムギュっと挟み、上を向かせる。
満面の笑みを浮かべるミルが僕の視界に映り、かなわないなと言う気持ちが沸き上がってくる。
糞野郎から受けてきた仕打ちなんかよりもシトラとの思い出や母さんの思い出の方が大きくなっていき、ミルの笑顔で将来が少しだけ明るく見える。
シトラが僕に安らぎと安寧をもたらしてくれる月のような存在なのだとしたら、ミルは僕を明るく照らしてくれる太陽か。どちらも眩しく美しい。
ミルがキスしてきそうになったので、僕は人差し指をミルの唇に当てて止める。
「むぅ……。今の雰囲気はしてもいいよって感じだったじゃないですか……」
ミルは頬を膨らませて悔しがる。
「待てができないと、これから僕と一緒に生活していけないよ」
「うぅ……。ぼくは猫族なので犬族みたいな待てが苦手なんですよ……。なので、キースさんはぼくに言い寄られても毎回待てって言ってくださいね」
「僕任せなの……。はぁ、仕方ないな。わかったよ。僕がミルの行動に耐え続けたらいいんだね」
僕は自分の忍耐力を信じ、ミルと約束をした。僕からは手を出さないがミルからはどんどん手を出してくると。でも僕が毎回防ぐ。
そうすればミルはストレスを溜めなくて済むという。阻まれたらストレスが溜まりそうな気もするが、こまっている僕の顔を見るのが好きなんだとか。ほんと小悪魔のような性格をしているよ。
「じゃあ、アイクさん。行ってきます」
「行ってきます!」
「ああ、気をつけてな」
僕とミルは午前六時五五分ごろにアイクさんのお店を出てルフスギルドに向う。
ルフスギルドの前はいつも通り人が全くいなかったのだが、建物の中に入ると役員の方たちが目まぐるしく働いており、辛そうなのに嬉しそうという、よくわからない顔をしていた。
「お、おはようございます……」
「キース君!」×ルフスギルド役員一同。
全員が僕の方を見て一歩足が出たのだが、ぐっと堪えて仕事を再開し始めた。
どうやら皆さんは僕がブラックワイバーンに何かしら関わっていると知っているらしいが、ハイネさんに口止めされているのか、詳しい話を聞きに来る者はいなかった。
僕はいつも通りに受付さんのいる受付に顔を出す。
「おはようございます。皆さん、疲れているのに元気がありますね」
「おはようございます! キースさん。そりゃあもう、やる気一〇倍ですよ! 今、仕事をしなくていつするんですかって言うくらいです!」
受付さんもほぼ寝ていなさそうなのに元気いっぱいだった。何か嬉しいことでもあったのだろうか。
「キースさんは何をしにルフスギルドまで来たんですか?」
「何をって……、EランクからDランクの依頼を受けにきました。冒険者さんの数が足りていないんですよね。皆さんは凄い頑張って働いてらっしゃいますし、僕達もまだまだ動けますから、一緒に働かせてください」
「う、うぅ……。き、キースさん……。カッコいです……。カッコよくて惚れちゃいそうです……」
受付さんは涙を流し、他の職員の人達もすすり泣く。僕は暇だから仕事をしたいだけなのに、皆はなぜ泣くのだろうか……。まぁ、疲れ切っている時に助けてくれたら僕も嬉しくて泣いてしまうかもしれないな。
「えっと、それじゃあ『赤の平原』でホーンラビットの討伐なんてどうでしょうか。数が増えすぎて草木を食い散らかし、砂漠地帯に変えてしまう可能性のある魔物でして、少しでも駆除しないといけないんですけど、なかなか手が回らなくて困っているんです」
「ホーンラビットですか……」
「Dランクの依頼なので、キースさん達でも受けられます。ただ、数が多すぎるので囲まれないように注意してください。ホーンラビットは肉や毛皮、角、魔石と素材になる場所が多く、使い勝手のいい魔物です。ホーンラビットのみだと銅貨五枚、ホーンラビットを倒し、素材を分けていただけると銅貨五枚に加えて各素材に銅貨二枚を付けさせてもらうので、銀貨一枚と銅貨三枚になります。スライムやロックアントのように上限が無いので持てるだけ運んでください」
「なるほど、上限がないんですね。あと、解体の練習になるわけですか」
「はい。冒険者の初心者の方が解体を覚えるのにホーンラビットは丁度いい依頼なんですよ。キースさんとミルちゃんも解体の練習をしておいて損はないと思います」
「どう、ミル。ホーンラビットの討伐をやってみる?」
「はい! 解体の仕事が出来れば、戦闘であまり役に立たないぼくでも力になれると思います。索敵も得意ですし、キースさんと一緒にいれるのならどんな仕事でもいいです」
「だそうなので、その依頼を受けさせてもらいます。ホーンラビットは『赤の平原』のどこにでもいるんですか?」
「はい、どこにでもいます。歩けば小石を蹴りつける感覚でいると思いますよ」
「そんなに……。えっと、何羽でもいいって本当に何羽でもいいんですか?」
「はい。今までは上限を付けざるを得なかったんですけど、キースさん達のおかげで上限がなくなりました。ありがとうございます」
受付さんは僕に頭を下げてきた。
「そうなんですか。よくわからないですけど、よかったです。じゃあ、弓と剣を借りて行きますね」
「どうぞどうぞ。好きなだけ持っていっちゃってください」
僕とミルは今まで必要のなかった武器を借りることにした。ミルは短剣、僕は普通の剣と弓、矢を持ち『赤の平原』に向う。
ルフス領の門を抜けて『赤の平原』と思われる場所にやってきた。
ただ、いつもみたく、ルフスギルドの役員さんが立っている訳ではなく、広大な荒野の中を自由に探索していいらしい。逆に広すぎてルフス領に帰れるか不安なくらいだ。まぁ、『赤の岩山』と『赤の森』を目印にすれば帰る方向はわかるので、迷わなそうだが用心に越したことはない。
「じゃあミル、ホーンラビットを探してくれる」
「了解です!」
ミルは耳を立てて両手も耳もとに持っていき、出来るだけ音を拾う。耳をピコピコと動かし、辺りの状況を探っていた。
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